第11話 花梨と信じられないもの

「もぉー! 聞いて下さいよ、先輩方!!」


 花梨がご立腹である。

 相手が腹を立てていたらば、男だろうが女だろうがおっことぬし様だろうが、まずは話を聞くのが俺の流儀。

 仕事は一時中断である。

 職務怠慢?

 バカ野郎。可愛い後輩がお怒りなのに、それより重要な仕事なんてあるか。



「どうした、どうした? 扉開けるなり穏やかじゃねぇな」

「だねーっ。花梨ちゃん、何かあったの?」


 俺は速やかに紅茶を淹れる。

 紅茶にはリラックス効果があると聞き及ぶ。

 ならば、怒れる彼女に飲ませない理由がない。

 きっと、相手がおっことぬし様でもない限り気を静めてくれるだろう。


「信じられないんです! うちのパパ! あたしの制服、勝手にクリーニングに出したんですよ!?」

「お、おう」

 ダメだ、これは。おっことぬし様のパターンだよ。


 と言うか、良いお父さんじゃないか。

 俺んちなんか、てめぇでクリーニング屋に持って行かないと、キノコが生えてもそのまま放置されるよ。確実に。


「もぉー! 桐島先輩、分かってないです! パパ、勝手に部屋に入ったんですよ!? あたしに無断で! あたしがお風呂に入ってるスキに!!」

「そりゃあいかん! うん、いかんな!!」


 多分、まずいのだろう。

 年頃の女子ってのは難しいから、勝手に部屋に入っちゃいかんのだろう。

 何がどうなってまずいのかは分からんが、それを口にするのが愚策だとは分かる。


「それはちょっと困るよねーっ。ソーシャルディスタンスって大事だもんっ!」

 毬萌よ。

 お前がそれを言っちゃう?

 俺とのソーシャルディスタンスがほぼゼロ距離のお前が?


 お前、俺の部屋に断りなしに入るどころか、下手すると俺が家に帰った時点で俺の部屋にいることもあるじゃん。

 ちょっとそれは、聞き流せないな、俺ぁ。


「やっぱり、毬萌先輩なら分かってくれると思ってました!」

「うんっ! 分かるよーっ! すっごく分かるっ!!」

「あり得ないんですよ、うちのパパ! 平気であたしの物に触るんです!!」

「えっ!? それってまずいのか!?」


 しまった。思わず口に出しちまった。

 当然のように、花梨の怒りの導火線が伸びてきて、点火される。

 既に一度爆発しているのに、この上爆発したらどうなるのか。

 考えるだけでも恐ろしい。


「なしです! なし! 正直、体に触られるのも嫌です!!」

「ま、マジでか。……俺も気を付けるよ」

 すると花梨は、一瞬ハッとした表情になって、慌てて首を横に振る。

「いえいえ、桐島先輩なら良いんです! 全然平気なので、気軽に触って下さい!」



 無茶を言うんじゃないよ! 女子に気軽に触れるかい!!



 なに? 毬萌には普通に触ってるじゃないかって?

 毬萌は良いんだよ。アレは、女子である前に毬萌だもん。


 とりあえず、「おう。機会があったらな」と適当な返事をすると、「はい! お待ちしてます!」とニッコリ笑顔の花梨さん。

 どうやら怒りはどこにか飛んで行ったらしい。

 などと思っていたら。


「ホントに信じられないんです! この前だって、あたしが食べてたお菓子、横から勝手に摘まむんですよ!? もう食べられないじゃないですか!!」

 あ、それもダメなんだ。

 再び怒り心頭の花梨さん。

 飛んで行ったのはブーメランだった模様。


「お父さんと同じお皿はちょっとヤダねー」

 嘘つくなよ、毬萌!

 お前、この間の晩飯の時、漬物一口食べて「みゃーっ……」とか言ったと思ったら、それをそのままおじさんの前にスライドさせてたじゃん!

 むしろ、率先してたじゃねぇか!


「ですよね! ホントに、信じられないんです!!」

 その後も花梨はパパ上の信じられないところを列挙していき、その数は30を優に超えた。

 俺は、会った事もない花梨のパパ上に同情した。


「はぁー! 愚痴ってすみませんでした! ちょっとだけスッキリしました!!」

「そりゃ良かった! マジで!!」

 同性として、これ以上花梨のパパの悪口を聞いていると泣いちゃうところだった。

 つまり、花梨は目下、反抗期のようである。

 優等生な彼女の見せる意外な子供っぽい姿は、なんだか少し可愛らしかった。



「お二人は信じられないものって最近ありました?」

「そうだなー。おう、ジャンルは違うけど、昨日野球中継見ててな。贔屓のチームが5点リードで九回だったから風呂行ったんだよ。で、上がってきたら何故か負けてた。ありゃあ、目を疑ったなぁ」


「桐島先輩、野球が好きなんですか? もしかして、プレイする方も凄いとか!?」

「あー。おう。うん。まあ、そこそこ、ね? 嗜む程度には」

 日本語ってすごい。

 嘘をついていないのに、嘘がつける!

 その日本語がおかしい? だからすごいんじゃないか!


「コウちゃんはね、運動させたらダメなんだよっ! 中学校の時は、体力テスト、免除されてたもんねっ!」

 いかにも、俺は中三の時、あまりにも体力テストの記録が悲惨だったため、「このままではイジメに発展する」と考えた教師に途中リタイアを勧められた事がある。



 ただ、それを今言う必要あったかな!?



「あ、あはは……。ま、毬萌先輩は、何か信じられないもの、ありますか?」

 苦笑いからの話題の切り替え。

 やっぱり優等生は、触れてはならぬものへの対処が上手だね。


「んー。そうだねーっ」

 少しだけ考えた毬萌は、歯を見せながらこう言った。



「政治家とメディアと、女子のプリクラかなっ! あと、女子の自撮り写真も!!」



「「あー……」」


 急に天才っぽい切り返しをされると、人は気の抜けた声しか出ないらしい。



 つまり、アレだな?

 女子の言う事も軽々しく信じるなと、そういう事でよろしいか?

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