姫の家出

アデラ

 魔人の都にはほとんどの魔人が住んでいる。その数9,000匹。


 魔人と人の混血である亜人も都には住んでおり、5,000人くらいいる。


 それとは別に奴隷としての人間が25,000人暮らしている。


 人は機械類を製造、メンテナンスをしたり、食用としての人を管理したり、魔人の都の清掃をしたり、様々な役割を担っていた。



 ある日、一人の人間の女性が魔王ラファールの子を身ごもった。


 ラファールには子どもはたくさんいたが、人間との間にできた子はいなかった。


 寒い夜に、その子は生まれた。


 名前はアデラと名付けられた。亜人にしては小さな女の子だった。



 それから、15年。アデラも15歳になっていた。


 人の価値観で見てもアデラは美しく、神々しくさえあった。長い金髪に透き通るような肌、赤い眼に形の良い鼻梁、魔人の誰もがアデラに求婚するほどだった。


 アデラは身長が152㎝と小さいが、先天的な風魔法の使い手で、念じるだけで空を飛ぶことができ、また、嵐を呼び込むような強大な魔法も使えた。


 魔王ラファールは、アデラのことを気に入って、特別室を作らせ、そこはいつも各地から取り寄せた果物で満たされていた。


 また、アデラが生まれた時、護身用の使い魔をプレゼントした。その使い魔は猫のかたちをして、背中に翼が生えており、人の言葉が喋れる。アデラの睡眠時に外敵を寄せ付けないように氷の結界を張ることもできる。


 アデラによってシロと名付けられたその使い魔はどこに行くにも一緒であった。


 「アデラ様、あなたは16歳になった時に、ラファール様へと嫁ぐことが決まっているのです」シロはいつもそんなことを口にしていた。


 「いやよ、シロ、お父様と結婚だなんて」


 「アデラ様、それはこの世の定めです、逆らうことはできません」シロは羽をパタパタさせながら話す。


 「私、絶対にその前にここから出て行くんだ」


 「そのようなことは言わないでください、もしそんなことがあったらシロは八つ裂きにされてしまいます」


 「シロも一緒に来ればいいでしょ」


 「この世界のどこにも逃げ場所などありません」


 「なければ作ればいいのよ」


 「アデラ様・・・」


 魔人の都ではアデラの役割はなかった。ただ、奴隷の人間が運んでくる果実を食べるだけであった。アデラにも人の肉は提供されたが、アデラは母親のことを思うと人の肉は食べられなかった。


 ある日、父であり魔人の王であるラファールがアデラを王宮へ呼びつけた。魔人は言葉がない代わりに使い魔を通じて意思を伝達する。


 ラファールの数多い使い魔の一匹がアデラの下に訪れたのだ。


 それまでも、アデラは何回も脱出を試みたが、母親のことを考えるとなかなか、できなかった。母親はアデラを生んだことがきっかけとなり、体に重い障害を負っていた。


 その、母親も3か月前に他界した。


 そして、今回の呼び出し。王宮へ行ったらもう普通の暮らしには戻れないだろう。


 アデラは決意した。


 シロにそのことを話すと、散々迷ってパタパタと飛び回った挙句、「アデラ様についていきます」ということになった。


 魔人の都はかなり広い、出て行っても行く当てなどなかった。それでも、アデラは自身の風魔法で空高く飛んだ。そして、そのまま北へ北へと進んだ。


 背中には大好物の果物が大量に入ったリュックがある。この後どこで食料を調達できるかも分からない。少しだけ心細くなった。何もかも満ち足りた生活を自分から投げ出したのだ。


 それでも、悪くはないと思えた。それくらい、空は気持ちよかった。

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