第2話


 ♠



「どーしたんだアル」



「いや、どーしたも、こーしたもって⋯⋯」



 オレは空を見上げた。

 青空に向かって高く登った煙りは、十メートル程の高見に達した所で、風のなかに溶け込んで消えてしまった。

 まさか、本当に屋外なのか!?

 いや、まさかな。

 オレがここに来たのが午後六時頃だったから、いまは七時ぐらいになってる。

 真夏ならまだしも、いまはもう九月だ。

 外は真っ暗になってる時間だ。

 それなのに太陽は真上にある。

 つまり室内のVR施設って事だ。



 ははぁ~ん、分かったぞ。 



 さては、この火もVRなんだな。

 オレは手を火にかざしてみた。


「あっちい」


「何をやってんだアル」

「あっつい、何、これ本当の火みたいじゃん」

「本物の火に決まってるでしょ、バカ」

「いや、だってVRかと」

「VR?」

「そうVR」

「VRってなんだ?」

 VRってなんだって言われてもな~。


「あ~、いや、なんて言ったら良いのか。仮想現実というか、眼で見えてるけど、それは現実じゃなくて。作られた映像であって、肌に感じる風も作られた風で⋯⋯。あ~、もう難しいな。つまり、この世界を形作ってる装置やら演出やらの元になってるものさ」


 って、なんでバイトのオレが、たぶん正社員のこいつに説明してんの?

 もしかして、これも試験か?

「オマエの言ってる事は半分も分からん。──つまり魔法の事を言ってるのか?」

「そう、魔法。魔法の火かと思ったんだよ」

「オマエ、見てたろ」

 そう言ってレッドが短剣と、短剣に擦り付けた棒状のモノを見せた。

「メタルマッチか?」

「メタルマッチ? これはフリントだよ」


 フリント?


 フリントってなんだ!?

 聞き覚えはあるんたよなフリント。

 フリント、フリント、フリントロック、フリントストーン⋯⋯。




 火打ち石フリント!!




 原始人かよレッド。

「フリントで着けた火だから、魔法は使ってない」

 さも当然のようにレッドが言った。

 なんだか馬鹿にしたような物言いに、ムカッとしたので、ちょっと意地悪な質問をしてみた。

「つまり、その気になれば、魔法で火を着けることもできるのか?」

「落ち葉に火を着けるのに、わざわざ魔法を使うバカはいないだろう」

「それは何故?」

「これがあるかさら」

 手にぶら下げたメタルマッチを、ぶらぶらと左右に振りながらオレに見せた。


「いや、だからな。火を着けるなら魔法を使った方が楽じゃんか。なのに、なんでマッチなんか使うのか⋯⋯」

 って、なんだよ、その眼。

 レッドがジトッとしたでオレを見てる。

「そんな訳ないだろ」

 ため息をひとつ挟んで、レッドが続けた。

「オマエは魔法のことが、本当に、何も分かってないのな」

「なんだよ」

「魔法を使うには、それなりの準備がいるだろ。プレキャストしたり⋯⋯」


「プレキャストって?」


「そこからか!? そこからなのかアル」

 は~っとこめかみに手をやったレッドが、改めるようにオレを見た。

「魔法を使うには呪文がいる」

「それは知ってる」

「実のところ呪文ってのは、スっゴく長いんだ。威力の高い魔法ほど、長い呪文を必要とする」

「それで!?」

 いまちいピンと来ないな。


「それをいちいち現場で唱える訳にもいかないだろ。だから事前に九割がた唱えておくのをプレキャストっていうんだ。実際に使うとき術者は最後の一文を唱えて、寸止め状態になってた魔法を解放する。落ち葉に火を着ける程度のことに、わざわざ用意した魔法を使うか? もったいないだろう」


 肩を竦めたレッドを見て。

 なるほど。

 って、納得しかけたけど、ゲームでそんな面倒くさい話があるか?

 ここの人たちって、本当になんというか面倒くさい。


「もっと、こう簡単な方法はないのか?」

「簡単な方法!? どんな?」

「例えばレベルアップとか、スキルの取得しゅとくとか、ステータスの向上とか、ジョブチェンジとかでさ。簡単に魔法を使えるようになったり」

 キョトンとした表情かおをしてるよ。


「さっきから何を言ってんだアル? オマエの言ってることは、なに一つ理解できないぞ」

「あ~、も~、面倒くせえな~。つまりオレに使える魔法はないのか?」

「使ってるじゃないか」

「はあっ!?」

「使ってるじゃないか、現にいま」

「なにを?」

「変身魔法だよ、それこそ最大級の魔法だろう」

「いや、オレのこれは魔法とかじゃなくてな」

「そーゆーのは良くないな。無自覚な自慢ほど、相手を傷つけるものはないんだ」

「いや、そーじゃなくて」

「なにやってんのレッド?」

 と、背後から声を掛けられた。


 ゾワッと首筋の産毛が逆立つのを感じた。

 こーいっちゃなんだがオレは人の気配に敏感だ。

 そのオレが、全く気配を感じる事ができなかった。

 声は、少女の声だ。

 だが気配は、気配は、やはり無い。

 全く気配を感じないのに、存在感だけはヒシヒシと伝わってくる。


 なんなんだ、これ!?


 なんなんだ、いったい!?



 いったいコイツは何者なんだ?



 振り向いたオレは、思わず悲鳴を上げた。



 ♠



 第三話につづく。



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