真理の異世界まったりライフ~自活出来るまで行ったり来たり、チートなのは、現代の道具達でした~

モカコ ナイト

重なる三人の物語

黒幕達のプロローグ

歪んだ男女のぷろろーぐ

 漆黒が世界を覆い尽くし、光さえも届かぬ闇の奥底に、その城はあった。幾つもの突き出た塔が立ち並び、何処が主の居で有るかも周囲からは容易に想像も付かぬ構造になっている。


 何処までも駄々広く聳えるその城は、言わずと知れた魔界の魔王城。


 今宵は、空に輝く赤い月も成りを潜め、人間界から届く白銀の月も、その光を届けはしない。完全なる闇に閉ざされた特別な夜。



 闇を纏うもの、魔に属するものにとっての宴の日。地上より連れ去った生け人間達の奇声と悲鳴が木霊し狂乱の宴に色を添えていた。



 そんな中一人、他の誰とも違う動きをする者が。

 優雅にバルコニーに出て、中庭の馬鹿騒ぎを物憂げに眺めている女性が。


 漆黒に波打つ髪、深紅の鮮血を思わせる赤い瞳。その瞳が潤み、漆黒の空を見上げた。


「こちらにおいででしたか。我が花嫁よ」


 背後から掛けられた声は、ここ数日で耳に馴染んできた男の声。低く、ザラリとした耳に響く声は、聞き心地が良いかと聞かれれば否と答えるだろう。

 赤黒い髪色に、赤銅色の目は何処か狡猾さを伺わせる鋭い目付き。細身だが引き締まった体と、顔は武官より文官を思わせる雰囲気で、紺の礼服に身を包んでいた。


「アドルス。来たの……。それとまだ、私はわ」


 答える声も、自然と拒絶を示すものに成りがちだ。『花嫁』と呼ばれて全身に虫酸が走る。


「ふふふっ……。我が花嫁はご機嫌斜めかな?あと一月もすれば、俺達は夫婦ですよ。いい加減に諦めたら如何です?」


 側に並び立ち、肩に落ちた髪を一房掬い上げるとそこに口付けを落とした。

 チラリ、その鋭い目が未来の『花嫁』の姿を捉える。

 そこに映るのは、心底自分を嫌う色で、嫌いな男にこのさき従属せねばならぬと嘆く、この高貴な女を組み敷く……。卑下た未来図に男は早く、その甘美を味わいたいと望んでいた。


「その目……ゾクゾクしますね。その目が涙に濡れ、いずれ俺を睨み見上げるんですよ?その時が。待ち遠しいものだ……」

 恍惚とした目で、勝手な未来絵図に酔いしれる。想像の中にある私を見ているのだと言う、その目が気持ち悪かった。

 アドルスが言いたいことは。わかっている。わかっているつもりだ。魔族の、王族のそれも王女で有るこの私を褥の床に沈めて、全てを奪い去りたいのだろう。心底毛嫌いし、それを隠そうともしない相手に凌辱の限りを尽くされ、涙きはらした顔でも想像したと言うのか……。何て、趣味の悪い事を……!!

 それも、わざわざ声に出す辺り、本当に嫌な男だと、女は思った。


「クククッ……。そう睨まないで下さいよ。今は、想像と言葉だけで我慢しているのに、歯止めが効かなくなってしまいます」


 耳元に顔を寄せ、何事か囁くかと思えば、なんとまぁ。


「本当に、嫌な男ね。嫌がると分かっていて、嫌がることを言うのだから……んぅっ……」


 小さな抗議の声は、アドルスの口に塞がれて、それ以上紡がれることは出来ない。

 逃れたくても、抱きすくめられ背中と後頭部に腕を回され固定されているのだ。

 男の情欲のまま、成す術なくされるがままの状態で。


 何で、こんな嫌な男に嫁ぐことになったのか。心底女はこの状況に嫌気が差していた。

 仕方がない。これは、生まれる前から定められていた決定事項なのだから。


 女にも男にも拒否権など無いのだ。この決定は、魔王陛下の采配によるものだから。


「はぁっ……はぁっ……んっ……んあぁっ……」


 口の隙間から入り込んだ男の舌が、女の口を貪り引き出された舌からは、粘着な唾液が伸びていた。


「くすっ……。今日は、この辺りにしておきましょうか?続きは初夜の楽しみに……。そうそう、結婚指輪は期待してくださいね?美しい『聖女の魂』で彩りを添えた指輪を用意しますから」


 アドルスらしく趣味の悪い指輪を用意するつもりらしい。

 何とも……付ける身にもなってはくれないのか。

 どこぞの国の『聖女』となった娘の、絶望に染まった魂を宿す結婚指環など、事有る毎に娘の嘆き声が聞こえそうで、聞いただけでも嫌で堪らない。



 アドルスの去ったあと、女はツカツカと自室に戻り「湯あみをする!!」と、キツく侍女に言い付け触れられた髪も、貪られた口も唇も、卑しい目付きで見られた体も、気が済むまで洗い続けた。


 今からでも、どうにかこの婚姻がご破算に成らないか。


「はぁー…………」

 女は、限りなく確率の低い未来にただただ諦めの、溜め息を吐くしか出来ずにいた。




 ※※※




 深い深い森の中。昨夜から降り続いた雨と昼夜の気温差に、モクモクと霧が湧いて出ていた。

 視界は薄ぼんやりとはっきりとはせず、先は明瞭にはならない。


 小さな小屋からやや離れた場所に、十字にくくられた木が大地に突き刺さり、そこに誰かが眠るのだと認識できた。


 その墓に、まとわり付く様な黒い靄を纏う淡い光の小さな球。恐らく、この場に埋まる者の縁の者。十中八九、本人の物だろうけど。


 そんな、輪廻にも還りそびれた魂に一人の男が近付いて来た。


「このままここで、燻るつもりか?もう一旗上げたいと言うなら、面白い道具を貸してやってもいぞ」


 男の放つ言葉は、何処までも上からもたらされる声音で、相手を気遣うそれではない。自分が第一と考える者の話し方で、信頼性は極めて薄いもの。

 光の球は、その男に警戒の色を濃くし動きを十字のてっぺんで止めていた。


「クックックッ……。そう警戒するな。お前と俺の利害は一致している。俺が欲しいのは、ある娘の魂。お前が欲しいのは……?」


 男に促され、十字に止まる魂は答える。


『………………自由』


 そう、この魂。生前はこの森もさして大きくなく、一人ではなかった。けれど側にいた者はいつしかこの地を去り、一人取り残され孤独を抱えていた。孤独のまま死に絶え、大分後になって、訪ねて来た知人が埋葬をしてくれたのだ。

 それからその知人も死に絶え、誰もこの地を訪れるものはいない。

 一人孤独を抱えたまま、天にも昇れずこの地に留まっていたのだ。


『貴方の目的は?』


 自分など単純なものだ。かつて、美貌を持て囃され、見目の良い男達にかしずかれたあの時の優越感を、高揚感を忘れられずにいるだけなのだから。


「聖女の魂。もしくは、そうと成りうる娘の魂だな。結婚を控えているんだ。花嫁に贈る結婚指輪に、『聖なる光を宿せし』何て条件でな。魔族なのに可笑しなものだろ?だからまぁ、聖女の魂でも閉じ込めて光らせればいいかなと」


 ニヤニヤと嗤う男の歪んだ顔は、悪魔そのもの。結婚を望むぐらい愛する者へ贈るのに、聖女の魂を閉じ込めるなんて、趣味が悪すぎると思いはした。だけど相手は魔族なのだから、そのぐらいが普通なのかもと、それ以上は口に出しはしなかった。


『そうなの。だけど、どうやってそれを手にするつもり?』


 男が取り出したのは、指環、耳飾り、首飾りの三つの装飾品。

「これらはそれぞれ、一度だけ使うことが出来る特別な道具だ。だから良く考えて、使う相手を選ぶんだ。良いな?」


 一度だけしか使えない。それなら、確かに良く考えて使わなくてはならないわね。


 光の珠から、生前の人間の姿になった魂は、透ける姿で男の前に降り立っていた。

『分かったわ。私は自由を、貴方は聖女の魂を手にする。私は、貴方の話に乗るわ。何をしたら良いの?』


 二人の利害は一致している。話を袖に振ることなど、女の魂はする気など無かった。こんなチャンス、早々あることじゃ無いのだから。

 女の答えに、男も満足の、笑みを浮かべる。

「いい心がけた。では早速、説明を始めようか…………」



 男のもたらした道具は、女に新たに生者として生きる道を指し示した。光輝く世界で生きる、幸せな幸せな私だけが幸せな未来をだ。



『ウフフフ…………』


 女は笑う。この先に在るで有ろう幸福な日々を思い描き。



「クックックッ…………」


 男も嗤う。生まれる前から定められ、懸想し続けた婚約者を漸く手中に収め、好き勝手に貪り尽くす未来を思って。



 二人の歪んだ計画は、ここから始まりを見せるのだった。







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