異世界生活1―Ⅲ

「今、魔法とか言いました?」


 確かにここは異世界らしいし、天井に開いた虚空から出現する何て離れ業を目の前の男は実演していたのだから。

 ミイラの死体にしか見えないレティシアさんは、生きている。呪いだの聖女だの瘴気だのが有るなら当然、魔法もあって然るべき。


 だけど、そもそも私に使えるの!?


「はい、言いましたよ。あ、因みに魔法は、わかりますか?」

「イメージなら何となく……。炎出すとか、水の噴射とかそんなイメージぐらいだけど…。私のいた世界は、魔法なんて無いからそもそも使えないんだけど」


「その辺りなら心配は要りませんよ。真理様の魔力レベルは抜きん出ておりますから」


「はいぃっ?えっ?でも、魔法の魔の字も知らないし、魔力も欠片だって感じませんけど……」


「ははっ、当然ですよ。魔力とはそもそも水のように体内を流動し流れるものです。しかしながら、魔法的要素を持ち得ない世界のお生まれである真理様の魔力は、言わば硬い塊のまま眠っているのです。ですからそれを柔らかく溶かし出し、体内に巡らせていかなくてはなりません」


「……で、具体的にはどうすればいいの?」


 魔力は有る。だけど堅い塊だからとか柔らかくして溶かし出す何て言われてもね。

 全く想像もつかないし、理解できないんだけど。


「イメージをしてみてください。例えば、こんな風に……。水よ、螺旋に駆け巡り抱えた不浄を吐き出せ。清らかな水面に還り清浄なる水へと甦れ!」


 ライフの言葉に合わせて、バケツの中の黒く濁りきった水は螺旋を描いて駆け上がる。途中で細かな飛沫と汚れた埃に別れて埃はゴミ袋へ。再びバケツに戻っていく水は、綺麗な透明をしていた。


「な……。水が……」

「綺麗になったでしょう?これなら何度でも使えるし、魔法の練習にもなりますよ」


 確かに、水が汚れたら掃除をストップ何て事は無くなるし、これが魔法の練習にもなるなら一石二丁……水の交換に往復と言うのも無くなるから一石三丁なのかな?



 その後、バケツの水が黒く汚れたので水魔法の応用とやらを試してみた。

 体の中、大体心臓の位置に魔法の源は存在するのだとか。そこに意識を向け、ライフがやっていたような水の動きを想像する。


「………………」


 バケツの中は、静かなもので特に変化は起こらない。

 更に、集中する。魔力の塊を溶かし出して、体の中を駆け巡るイメージと、水が流動的に螺旋を描く様をイメージする。


 …………チャプンッ!


 水面が僅かに揺らぎ出す。


 揺らめき、動き、湧き上がり宙へと螺旋を描いていく。

 そして不純物は、ごみ袋へ。綺麗な透明の水は再びバケツへ……。



 パシャンッ!!



「…………ああっ!!」


 半分くらいの水が、宙へと昇りバケツへと戻り始めたところで、某かの効果が切れたように床へと黒い水が落下した。


 床が水浸し…………。


 楽をしようとして、余計な仕事を増やす結果に終わった。

 魔法……すんなりいくとは思ってないけど、やっぱり初心者には難しいよね。

 イメージの固定と持続。それに合わせて魔力の流れるイメージも、か……。


 雑巾で拭き取り、バケツに戻った水は嵩を減らし、その後も何度かやってみたけど、何度も水を溢す結果に終わった。



 なんとか水は綺麗にはなった。水は、大分減らしちゃったけどね。

 夕方まで部屋の中を掃除し続け、レティシアさんの部屋は粗方片付いた。


「私は、一度これで帰りますね」


 声は掛けたけどレティシアさんの返事はない。まさか、死んだのかしら?

 顔色を覗こうにも、相手は黒いミイラ……?


 あれ?黒くない。二度目のお粥を食べた時は、ホラー的な黒さだったのに、相変わらずミイラだけど、黒さが落ちて少しだけ白っぽい肌になっている。


「肉体の改善がされつつありますね。まだ、当面眠り続けると思いますから、レティシア様の事はまた明日で大丈夫でしょう」


 明日に備えた買い出しも有るし、今日のところはここまでかな?


 私は自室に戻り、元の世界へと帰っていった。




 PM16:18


 夕飯には早く、まだ時間もある。明日は屋敷の外の瘴気草の草刈りから始めるから、その為の道具を買いに本日何度目かのホームセンターへ。


 草苅鎌二本と軍手(二双)アームカバー、虫除けネットつきの帽子に長靴、バケツにごみ袋を購入した。


 三千円越えとか中々な出費が続き、早々にどちらの世界でもなんだけど、こちらの世界での稼ぎを確立しないとなと、ぼんやり考えていた。

 車に荷物は押し込みスーパーに立ち寄ると、会社の先輩矢田さんに遭遇した。

 矢田朱里さん。私より三つ年上の二十九歳。同じ営業部で主任の立場になる。バリバリのキャリアウーマンて言うやつね。


「た、堂城さん!?……ちょっといい?」

 真理を見るなり、顔は強ばり手を引いて棚の間に連れ込まれた。日用品の通路なので、人通りはあまり無い。

「えっ?矢田さん?どうしたんですか!?」


 その後、一旦荷物を床に置いた矢田さんは、真理の肩を掴むとこう切り出した。

「……ね、あんた達どうなってるの??桜掴君との仲よ!!……ほら、受け付けにいる浅井さんて!」

 浅井さん……。聞いた瞬間、頭の中が真っ白になる。


 ああダメ。折角ちょっと傷に蓋が出来た気がしたのに、簡単にそれは外れて真新しい傷を抉り出す。

 痛い、心が、シクシク痛み出す。堪えてないと、涙が出てきてしまいそうで……。


「……浅井さんが、どうかしたの?」


 矢田さんに返した声は、自分でも驚くぐらい乾いた声だった。


「今日………桜掴くん、浅井さんと腕を組んで出社していたのよ!!それもなんか……」


 矢田さんは、それ以上は口に出し辛かったみたいで、私の顔色を窺っていた。何が言いたいのか、察しは付くわよ。


「恋人みたいに……でしょうね」


「知っていたの!?」

 決定的な言葉を真理が口にした事に矢田は驚きを隠せなかった。


 あ~あ。どうせ知られるなら、有休消化して、会社辞めた後にして欲しかったな。でも、そこまで知られてるならこれも直ぐにわかるの早いんだろうな。


「結婚……駄目になっちゃった」


 ポツリ、溢した言葉に矢田は再び驚愕する。


「何で!?」

 何故なのか、想像も付かない。矢田から見て真理と良治の二人は仲が良く、不安要素なんてこれっぽっちも見られなかった。むしろ結婚後も甘々な新婚生活が想像出来る位だったから。


「浅井さん、良治の子供を妊娠したんだって。だから……」


 そこまで言えば矢田さんにも、もう分かるだろう。


『男として責任を取る』


 とか、ふざけたことを抜かして、結婚まで秒読みの真理を捨てたのだから。


「なっ……!?何ですって!!何で……」


 ワンフロアとは言え、同じ会社。そして受け付けに立つ浅井なら部署が違っても真理と良治の関係は知っていたはずだ。それなのに……。


 スーパーの夕方は、割りと混む。一日の勤務を終えた人が、独り身でも家族持ちでも集中するから。メイン通路もだけど、日曜雑貨コーナーにも人が来ないわけではなく、他人の会話も聞こえないようで聞こえてしまうこともある。

 婚約解消何て、現代でも早々あるわけではない。一生に一度、有るか無いかの一大イベントにコケた人間の会話など、好奇以外の何の目で見られるのだろう?


「ここで、立ち話するような内容じゃないわね。ね、これから堂城さんの家に行っても良い?」


 確かに、婚約解消の理由やら経緯なんて、そこらで立ち話するような内容じゃない。

 ともすれば、いつ涙腺の堤防が崩壊するとも、奇声を上げて叫ばないとも限らないのだから。


「はい。良いですよ」


 二人とも買い物を済ませ、真理の車に乗り込む。


「何か、随分と買い込んでいるのね……」


 後部座席には、先程ホームセンターで買い込んだ草苅セットが。

 傷心の身の買い物としては、些か異様にも見えるもので。


「ボランティアでもしようかと……」


「そっか……」


 町中で良く見かけるのは、公園とか空き地とか草刈りしてる人が、こんな格好をしているのが多い。

 だから矢田は、傷心の真理が早くも立ち直りを図りに行動を起こしたのか位にしか捉えなかった。



 真理のアパートに場所は移る。ソファの前のローテーブルには、買い込んだ缶酎ハイとつまみが無造作に置かれている。


「何時からって、聞いたの?」

 いったい、何時からの関係なのか、我が事でもないのに、矢田の口の中は嫌な乾きを覚えた。真理の顔色を窺いながら、恐る恐る切り出した。


「一年前……両親の葬儀で帰省してるときだって……」


「なにそれ!最っ低じゃない!!一番弱ってるときに、何してるのよ!あの男は!!」


 真理の答えを聞いた瞬間、我が事でもないのに怒りが込み上げてきた。

 矢田は、真理が入社した二十二歳から教育係としてずっと面倒を見てきた。それこそ社会人としての立ち振舞いから仕事のノウハウを一から教え込んできたのだ。

 その真理が、部署内で頭角を表し一、二を争う成績を納めるようになって、選択次第では昇進うえも目指せる位だったのに。それをあの男が『結婚』と言う枷に繋いで辞めさせたって言うのに、これはどう言うことなのよ!!


「女の一生を、何だと思っているのよ!!」


 辛いのは真理だが、心底怒りを顕にしているのは矢田で。真理は、そんな矢田の様子にほんの少しうれしいと感じていた。


 その後も矢田は、今朝から見かけた桜掴と浅井との様子を事細かく真理に聞かせ、『ふざけるなー!!』『女を舐めんなよ!!』真理以上に、盛り上がっていた。


 結局、買ってきた酎ハイは飲みきって、真理の家にストックしてある焼酎をジュース割りにして飲んで、いつの間にか二人とも撃沈していた。







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