魔女世界へようこそ

デッドコピーたこはち

第1話 世界創造と最古の魔女

 神は初めに自らに似せた九人の娘を創った。次に、ベッドと天蓋を創り、娘たちをその中に住まわせた。


 幼い娘たちはベットの上で寝転び、仲良く遊んだ。神はそれを良しとした。

 娘たちはしばらくはそうやって平和に暮らしていたが、やがてそれに飽きてしまった。

「おとうさま。天蓋をもっと高くして欲しいの」

 一番目の娘が神に向かって言った。一番目の娘は、九人の姉妹の中で、最も短気で、最も苛烈だった。

 神は天蓋を高くしてやった。九人の娘たちはベットの上ではねたりとんだりして、仲良く遊んだ。神はそれを良しとした。


 娘たちはしばらくはそうやって平和に暮らしていたが、やがてそれも飽きてしまった。

「おとうさま。ベッドをもっと広くして欲しいの」

 二番目の娘が神に向かって言った。二番目の娘は、九人の姉妹の中で、二番目に短気で、最も移り気だった。

 神はベッドを広くしてやった。九人の娘たちはベットの上でかけっこをして、仲良く遊んだ。神はそれを良しとした。

 娘たちはしばらくはそうやって平和に暮らしていたが、やがてそれに飽きてしまった。しかし、娘たちは次にどのように神へ頼み事をしたらいいか、思いつかなかった。

 九人の娘たちは話し合いをした。

「わたしがおとうさまにお願いをします」

 九番目の娘が立ち上がって言った。他の娘たちは驚いた。九番目の娘はとても控えめで、自分からなにかしようと働きかけたことは今までなかったからだ。娘たちは九番目の娘に拍手を送った。

 

 九番目の娘は他の娘たちが陰から見守る中で、神に向かって立った。

「おとうさま。わたしこのベッドから出たいわ」

 九番目の娘が神に向かって言った。九番目の娘は、九人の姉妹の中で、最も思慮深く、最も穏やかだった。

「お前たち、ここから出ようなど考えてはいけない。このベッドの外にはなにもありはしないのだから」

 神は諌めた。九番目の娘はそれでも諦めなかった。

「それではおとうさま。わたしたちにもおとうさまのように万物を創る力をください。ベッドの中を、わたしたちが創造物で満たせるようになれば、もう退屈することなどなくなるでしょう」

 九番目の娘は言った。

「ならぬ!お前たちはまだ幼い」

「おとうさま。そうはおっしゃいますが、わたしたちはちっとも大きくなりません。おとうさまがそのようにお創りになったのではないですか」

 九番目の娘は自分たちが神のように大きくならないように創られていたことを見抜いていた。神は慄いた。

 最も短気で、最も苛烈な一番目の娘は陰から飛び出した。

「よくもわたしたちを弄んでくれたな!おとうさまとて許せぬ!」

 一番目の娘は神の顔目がけて飛びかかり、その鼻先に噛みついた。神は痛みに顔をしかめ、一番目の娘をはたき落とした。

 一番目の娘はベッドへ叩きつけられた。そのとき、一番目の娘は口の中に入った神の血を飲み込んだ。

 すると、その全身に力が漲ってきた。一番目の娘は神の万物を創る力の一部が自分にもたらされたことを感じた。

「わたしもなにか創れるようになったぞ!」

 一番目の娘は叫んだ。

「ならばなにか創ってみれば良い。その力は私の足先にも及ばない」

 神はそう言って嗤った。

 一番目の娘は自分の髪を一房千切り、それで『死』を創った。一番目の娘は『死』を神に向かって投げつけた。

 神は死んだ。神の四肢はバラバラになり、ベッドに降り注いだ。


「こいつを喰うと、なにか創れるようになるぞ」

 一番目の娘がそう言うと、他の娘たちもおそるおそる神の死骸を食べ始めた。

 娘たちが神の死骸を喰い始めると、その身体はみるみるうちに大きくなって、すぐに大人になった。神は娘たちが大人になる力を自らに隠していたのである。


「私は『死』を創った。私はこれから『死の魔女』と名乗るようにしよう」

 一番目の娘は死の魔女になった。

「お姉さまが『死』を創ったなら、私は『生』を創りましょう」

 二番目の娘は生の魔女になった。生の魔女が指を振ると、神の死骸の食べ残しがさまざまな生き物になった。生の魔女は、魚を創り、トカゲを創り、鳥を創り、獣を創り、自分たちに似せて人間を創った。

「またベッドが狭くなってきた。私は『天』を創ろう」

 三番目の娘は天の魔女になった。天の魔女が両手を上に伸ばすと、天蓋を押しのけて天ができた。

「まだベッドが狭い。私は『地』を創ろう」

 四番目の娘は地の魔女になった。地の魔女が両手を下に伸ばすと、ベッドを押しのけて地ができた。

「魚が生きていく場所がないではないか。私は海を創ろう」

 五番目の娘は海の魔女になった。海の魔女は魚たちの為に海を創った。

 そうして、六番目の娘は夜の魔女になって夜を創り、七番目の娘は昼の魔女になって昼を創った。


 八番目の娘はまだ小さいままで、魔女にもならなかった。神の死骸を口にしなかったからである。

「お姉さま。お父様を殺して、喰うなんてひどいわ!」

 八番目の娘は一番目の娘を責めた。八番目の娘は二番目に思慮深く、一番目に優しかった。

「お父様は私たちを弄んでいたのだぞ」

 生の魔女が言った。

「それでもひどい!」

 八番目の娘は叫んだ。死の魔女は逆上した。自分の髪を一房千切って『死』を創り、八番目の娘に投げつけた。

 八番目の娘は死んだ。八番目の娘の四肢はバラバラになり、地に降り注いだ。

 それを見て、死の魔女は我に返った。

「なんてことを……」

 死の魔女はバラバラになった八番目の娘の四肢をかき集めて嘆いた。

「生の魔女よ。妹を生き返らせてくれ」

 死の魔女は八番目の娘の四肢を生の魔女に差し出しながら言った。

「できません。お姉さま。私は新しく命を生み出すことはできても、失われた命を元通りにすることは無理なのです」

 生の魔女は申し訳なさそうに言った。神の力は創造だった。作り直しではないのだ。

 死の魔女は泣いた。涙が枯れるまで泣いた。死の魔女の涙が海に流れ込み、海はしょっぱくなった。死の魔女は自らの行為を深く恥じ、もう二度と妹たちを殺すまいと固く誓った。海に深く潜り、世界の底で眠りについた。


「あなたはなにを創るのですか」

 夜の魔女が九番目の娘に問うた。九番目の娘は神の死骸を食べて大人になっていたが、まだなにもつくっていなかった。

「私はもう少しお姉さまの創ったこの世界を見て、足りないものを創ろうと思います」

 九番目の娘は答えた。

「そうですか。私たちの中で一番賢いあなたですから、きっと一番いいものを創れるでしょう」

 夜の魔女はそう言って笑った。

 娘たちは自らのすべきことを見出すために、世界中に散っていった。


 こうして、この世界は最古の七人の魔女によってつくられた。最古の魔女たちは弟子を取り、創造の力を分け与えた。その末裔が、今に言う魔女や魔法使いのことである。


 

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