第23話
休み時間が終わり
ボク、
「それではこれから決をとりますが……」
山菓がそう言うと、住ノ
そう、あれほど起立するのを抵抗していた住ノ江が、あっさりと立ち上がったのだ。
住ノ江は今までとは違う、穏やかな表情でみんなに語りかけた。
「君たち、こんなくだらない言い争いは終わりにしようじゃないか」
その一言で教室内は一気にざわつく。
「そのために決を採るつもりですが、何か意見があるのですか?」
山菓がそう尋ねると住ノ江は目を細め、さわやかな笑顔で答える。
「こうして僕たちが言い争っている今も、世界では紛争が起こっている。飢えて苦しんでいる子供たちもいる。そんな中でやれおっぱいだなんだと子どもじみたことを言ってどうする。もっと我々学生は学生らしく他に目を向けることがあるんじゃないか」
住ノ江の発言は最もであるが、なぜこのタイミングで、しかもなぜあの住ノ江が、ということで誰もが戸惑っていた。
「どうしたんだ住ノ江、まるで賢者……」
ボクはそこまで口にしてハッと言葉を止めた。
教室の中で何人かは、ボクの言葉に目を見開いて反応した。
「あっ! あいつ……やりやがったな!」
「なんてやつだ、抜け駆けだ」
「スッキリしやがって、まるで菩薩の表情だ」
「なんか彼って知的じゃない? ステキ」
「ガツガツしてる男たちが獣に見えるわ」
「違う、あいつこそが獣なのだ!」
教室内では、住ノ江を糾弾する声と、褒め称えるような女子の声、嫉妬に狂って真実を暴き立てようとする声が交錯する。
「静粛にしてください。一体何なんですか!」
山菓が声を上げる。
しかし、山菓にきちんと説明する訳にはいかない。
それは男としての最低限の仁義でもある。住ノ江のしたことは確かに最低ではあったが、それを追求して貶めることはどうしてもできなかった。
ただ、状況の分からないまま困っている山菓の方が、ヒソヒソと話し合い、嫌悪の悲鳴を上げている女子よりもなんとなく好感度が持てた。
中学生としては知っていてもおかしくないけど、できれば知らないでいて欲しいという男の身勝手な理想だ。
隣を見ると、愛泉手は真っ赤になって俯いていた。
これは完全にわかってるな、と思ったけど、その対象となったであろう本人としてはどんな心境なのかまではわからなかった。
住ノ江のことは、どうでもいい存在として葬り去られ、メモ帳を一枚ずつ剥がして配られ、無記名で賛成か反対かに投票することになった。
そしていよいよ開票が始まった。
山菓が箱のなかの投票用紙を一枚ずつ読み上げていく。
ボクは黒板に正の字を板書した。
「反対」
「反対」
二票連続で反対票が開かれボクがTの字を書く。
開いていた左手に暖かく柔らかい感触が感じられた。
見ると、愛泉手がボクの手を握っている。
「棄権」
「反対」
棄権という票も現れたか。
でもきっとこれは、どっちでもいいという無関心ではないだろう、賛成にするか反対するか決めかねた上の苦渋の選択だったと信じている。
その信頼に値するものがクラスの空気には共有されていた。
愛泉手の握る手は固く力が入っていた。
もし、ダメでも無駄ではない。
最良の結果でなくても、挑戦したことに意味はあった。
悔やむ要素なんて何一つ無い。
そう思っていたけど、やっぱり、やっぱり賛成が勝って欲しかった。
「賛成」
思わず愛泉手の顔を見る。
愛泉手も顔を上げて明るい表情を作った。
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
黒板に書いていく正の字がゲシュタルト崩壊するほど、賛成は続いていた。
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