第14話

 ボク、鯉須町こいすちょう鷲哉わかなはこの事件とも呼べる混乱の渦に巻き込まれていることを、どこか心地良く感じていた。


 そしてその渦の中心である愛泉手あいみてを見て思わず息を呑んでしまった。


 愛泉手は美しくなっていた。


 さっきまでの恥ずかしがって気後れしていた女子中学生ではなく、そこにいたのは戦う覚悟を内に秘め、強さと気高さを持った戦士の顔だった。

 何者も寄せ付けぬようなガラスのような鋭さと、母のような慈愛を持った柔らかい暖かさを持ち合わせる。


 こんな短時間で人は変わるのか。


 愛泉手が変わったのか、ボクの見方が変わったのか、それともその両方なのか。


 ボクはショックを受けたまま、ただただ彼女の横顔に見とれていた。


 使い古された表現で言うなら、それは『サナギから蝶になるように』といった感じだ。


 ボクは幼いころ、昆虫の変態を知ってなんだか納得がいかなかった。

 イモムシからサナギに変わるのはまだわかる。

 想像の範囲内の変化だし、子供心にも納得はできた。

 でも、サナギから蝶になるのは、何度聞いても納得がいかなかった。

 あの形から、あの形への変化。

 それはちょっとおかしいんじゃないか。


 変わっているところが多いとかのレベルじゃなく、そもそも似てるところがまるでないじゃないか。


 それは年をとって学術的な知識がついたあとも、心の奥に沈殿した澱のように残っていた。


 だが、サナギは蝶になるのだ。


 今、目の前でそれを見て、長年のしかかっていたわだかまりが霧散した。


 そして、きっとそれは彼女一人だけの力でもなかったはずだ。


 彼女を認めた意見、彼女に対する敬意、それがフィードバックされ彼女は更に強くなった。


 人間が肉体的に成長するには体力を消耗する。

 そして精神的に成長するには気力を消耗する。

 この気力は、人から応援されることによって回復するものだ。


 そうは言っても、全力で気力を使い果たすほどの精神的な挑戦なんてものを人はしたがらない。

 しかし、それを実行でき、なおかつ周囲からのエールが備わった時、人は爆発的な成長をする。


 一瞬目を離すと、別の生き物になっているかのような変化をする。


 『男子三日会わざれば刮目して見よ』なんて言葉は男子に限ったことじゃない。


 何かのきっかけにより、圧倒的な強さを獲得するスポーツ選手や、一気にブレイクしてパフォーマンスもオーラもとんでもなく進化するアイドルなんかもそうだろう。


 『サナギから蝶になる』その使い古された言葉を目の当たりにした時、人は奇跡に出会ったような感動を覚える。


 ボクは愛泉手の美しさに戸惑い、そして敬意を感じていた。

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