第11話

「はい!」


 住ノすみのえ軒士のきしが手を挙げた。


 この話し合いで住之江は要所要所で意見を言い、良くも悪くもかき回していた。

 それまで真面目なイメージを抱いている者もいただろう。


 彼のスパイシーな発言を認識していた者にとってすら、予想外の獅子奮迅っぷりだった。


 もはや『無味無臭のカレー』ではなく『無味無臭の激辛カレー』といった感じだ。


 間違いなく、この話し合いにおけるキーパーソンで、少なくともボクはこの話し合いが行われる以前より好感を持っていた。


「住ノ江さん。意見を言うには起立してください」


 山菓やまががそう言うと住ノ江は、友達とゲームをしている時、瀕死の自キャラの目の前で元気な友達のキャラが回復アイテムを取っていったような切ない表情で言った。


「それは……できません」

「なんでですか」

「起立はできませんが意見は持っています」


 住ノ江は着席したまま食い下がる。


「ルールに則った話し合いができないのなら、意見として認めるわけにはいきません」

「できないものはできないんだ」


 そう言って住ノ江は机にしがみつく。


「それでしたらできない理由を述べてください。足が不自由であるなど、大多数が同意を得られることであれば問題はありません。しかし理由がない場合は認めるわけにはいきません」


 極めて冷静に山菓はそう言い放った。


 なんだか嫌な予感がした。

 先ほどの格富田かくとだではないが、情を欠いた正論は時に人を傷つける。

 裁判官を目指し、議論を取り仕切る立場だからこそ公平であるべきだと思っているのかもしれないが、ある程度は融通を利かせたほうが窮屈にならなくてすむんじゃないか。


 そう思っていたら住ノ江は机を一瞬持ち上げて激しい音をさせた。


「起立はしてる!」


 その主張の後に何とも言えない間が流れる。


「……? してませんが」

「もういい!」


 沈黙を破る山菓の言葉に、住ノ江は悔しさをぶつけるように言い捨てた。


「山菓。ボクは認めてもいいと思う。あいつの意見は聞いてみたい」


 ボクは、なんとなく住ノ江の言いたいことがわかり、笑いそうになったが、それを抑えて山菓に言った。


「そうだそうだ」


 男子生徒の半数くらいがしきりと頷いている。


 山菓は怪訝そうな顔でこっちを睨んできた。


一体、なんと説得したらいいだろうか。

 正しさで人を追い詰めることは、必ずしも正しい行いとは言えない。

 もっと言ってしまえば、そんなわざわざ追求するような理由じゃない、くだらないことが原因なのだから。


「住ノ江は、ある意味、起立しているようなもんだ」

「それは、精神的にということですか」


 山菓はそう聞いてきた。


「精神的にも肉体的にもだよ。まぁ、男らしいというか。男だけというか。男の中の男的な意味で」


 徐々に教室中に、この話題の真相に気づく者もいて、それがヒソヒソと伝播していった。


「あっ! ……サイテー」

「え、うそ。え? え? 本当に?」

「俺も、いつあの立場になるかもわからないな」

「立場だけにな!」


 教室内で口々に感想が漏れ、一部の鈍い生徒だけが取り残されていった。


「静粛にしてください。住ノ江さん、どういうことですか?」


 山菓がそう聞いたが、住ノ江は爆弾の仕掛けられた便器に腰掛けてしまったかのように黙って首を横に振るだけだった。


「なんなの! 私には理解できません」


 山菓が憤るようにそう吐き捨てた。


 確かに住ノ江の言動はしょうもないものだった。


 しかし、無意味ではなかった。


 住ノ江が代表して明かした、あからさまな欲望の前に、女子生徒たちは結託しはじめたのだ。


 いままで、愛泉手あいみては女子生徒から同性として異端であると目の敵にされていた。

 しかしここにきて、男の欲望にさらされる可哀想な女子の代表でもあるというイメージが喚起された。


「愛泉手さん可哀想」

「ホント、男って最低」


 女子生徒の中に、男への軽蔑の分だけ愛泉手への応援の気持ちが増える。


 愛泉手の裸を見せたいという主張は、少なくとも男の欲望に支配されるわけではなく、自分の意志で立ち向かうという姿勢にも見られた。


 女子生徒の中で愛泉手に対して肯定的な意見が漏れ始める。


 すなわち、愛泉手支持者が女子生徒の中に現れた。

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