第39話 緋色と三日月色の真実

『え、事件の前後で変わったこと? ……そうだな~。特にないかもなー。え? 何か無くなった物がないのかって? …………あ、そういえば大根が半分無くなってたとか? え、でもこれ関係あるの? 絶対なさそうだけど』

『5件目の犯行の日、周が中野駅で見つかったわ。本人は何も知らないとか言ってたけど、まあ、どうだかね~』

 声が、流れていく。

『あのナイフ、調べてみたらアメリカ軍御用達の物と同じモデルだった。だとすると、ナイフの取っ手が取れていたのは事故じゃなくて意図的なものなかな? ああ、それと5件目の遺体は、1から4件目とは違って、臓器にいくつもの傷があった。犯人は今までみたいに落ち着いて行動できなかったのかもな。あ、もしかしたらそれを隠すためにあんなにバラバラにしたのかもな。ふふふ、この湯川の目は誤魔化せないぜ』

『もしかしたら、何回か犯人にとっても予想外なことが起きていたんじゃないかな』

 流れていく。流れていく。

『ああ、ビンゴだ。お前の予想通り、あの病院には、裏口があった』

『犯人は二重人格の可能性がある、そうだろう?』


『第一、烏丸宗吾には立派なアリバイがあるだろう。とすればやっぱりあの中国マフィアかヒモニートか白谷刑事を付けていった何者かじゃないのか。厳戒態勢の新宿で2回も人殺すことができたような奴だぜ? ばれないようにつけていくことぐらい簡単だろ』

 いや違う、それはあり得ない。俺の推理があっていたとしたらそれは……。


『じゃあ、誰が今回の事件を引き起こした? 周以外の全員に鉄壁のアリバイがあるだろう? 烏丸宗吾か? 奴だとしたら20秒で新宿から中野まで移動したっていうのか? それはすごいな! 100メートル、9秒台所の話じゃないな』

 本が飛び回り、推理は演繹的に広がっていく。その踊りは伝播し次に繋がる。彼が今回の犯人に言えることはまず間違いなく、1~3件目までの犯行は完璧だったこと。逆に失敗だったことはナイフに着ける指紋の相手を確認しなかったこと、そして、5件目の殺人の存在自体だ。

『どうなんだ? 20秒で中野まで行けるのか、そもそも犯行は可能なのか? どうなんだ』

「あーあ。頭が固いな。これだからお前おれはダメなんだ。病室でのあれを忘れたか?」

 彼はもう一人の自分を嘲笑う。だけれども、それがどんなに無駄なことか、師匠に言われ続けた彼にはよく分かっていた。

「こんなんだったら人格投影の結果を押し通して、犯人は傭兵なんて馬鹿げた考えを出すんじゃなかったな。もっと他にいるだろうに」




 文字が遺伝子の二重螺旋構造のように環状に回転しだし、まとめられていく。


 そして、黄金色に輝く、鍵が作り出された。彼女に、師匠に近づくための鍵。



「さてと。白谷刑事にどう伝えたものかな」

 そう言って、彼は鍵を回した。

 

 ……懐かしいあの部屋は記憶の中へと消え去り、その代わり、解決は手元へと手繰り寄せられた。






 そして、時は路地裏での相対へと舞い戻る。

「ほんっとうに、めんどくさく悪あがきしやがって。冷静に考えればあんただってすぐわかったはずなんだけどな」

 彼は、目の前にいる贋作を見据える。


「でも、もう解決した。烏丸宗吾」

 目の前の烏丸宗吾犯人にそう呼びかけた。


 だが、そう呼びかけただけで事態は終わりではない。当然、目の前の犯人は正真正銘の最後の悪あがきへと打って出る。

「は、はあ? 何を言っているんだ。僕が怜理を殺したっていうのか? 僕はあの日、オンラインの学会に出てたんだぞ!! 怜理を……怜理を殺せるはずがないだろ!!?」

「いや、最後の事件に関しては犯人はお前じゃないだろ?」


 彼は冷静を崩さず、畳みかける。



「怜理さんを殺害したのは120番病室の昏睡状態の患者だ。強い睡眠薬で眠らされて昏睡状態に見せかけられたあの患者だ」



「なにを根拠にそんなバカげたことを……」

「根拠ならあるぞ。俺は貴方が呼び出しを食らった後で、昏睡状態かどうか確かめるテストをした」

 手を伸ばし、烏丸宗吾へと向ける。そのまま顔に伸ばした手を当てた。

「昏睡状態にあると思われる患者の手を取り、顔に落とすだけ。もしそのまま顔に当たれば昏睡状態にあるが、それ以外の場所に落ちたらただ眠っているだけだ。あなたも医者ならそれぐらいわかるだろう? なぜ嘘をついた?」

「いや、それは……」

「貴方は5件目の事件があった日、オンラインの学会を20秒だけ抜け、その患者を起こしに行き、病院のから外に出させた。後は全て、犯人が病院に帰ってきて全てが終わったら警察だらけの家に帰ればいい。妻を亡くした夫の演技を添えながら。今までより徹底的に切り刻まれていたのは、それを隠すためだ。そして周にメールを送って犯人に仕立て上げようとした」

 なおも彼は犯人を追い詰める。こうやって気取った風でもなく、ただ淡々と犯人を追い詰めるのは、彼の師匠のやり方だ。このやり方の方が犯人の心に恐怖を刻み付け、余計な労力を加えずに犯人を捕まえることができる。一部の人間を除けば、だが。

「1~2件目は証拠も何もなかった。初めてだとしたら素晴らしい。でも4件目の後に見つかった指紋の付いたナイフ、警察をその指紋に釘付けにしようとして、捜査を攪乱する狙いでしょう? なかなかいい手です。捜査線上に貴方の名前が浮かんだとしても指紋が一致しなければ、扱いはグレーで済む。ナイフの柄を取って検査中に触らせることも可能でしょう」

「……」

「でも、残念なことに相手は、窃盗? 強盗? まあなんでもいいや。とりあえず、前科を持った人間だった。よって指紋の主は分かってしまうわけです。その指紋の主はアリバイがあり、しかも近所、世田谷区梅丘の病院に行っていた。あなたには犯行当時、絶対的なアリバイがあったから詳しくは聞かれなかったのでしょうが、あなたもその病院に行っていましたよね? あなたの診察室の昔の予定表を見たらばっちりと書かれていましたよ」

 話し続けたことによる酸欠か、それとも犯人を追い詰めている高揚か、目の前が白く明滅する。彼はいったん呼吸を整えた。目の前の烏丸宗吾は下を向いて押し黙ったままでその表情は見えない。



 ように見えた。

 ふと烏丸宗吾は彼を真正面から睨みつける。その表情は、だんだん見知らぬ誰かに支配されていくように、変わっていった

「じゃあ、俺は返り血を浴びたまま、帰っていったていうのか? 血なまぐささがついた服のまま、家に帰ったと? 笑わせるな! そんなバカみたいな話、あるわけがないだろう。まさか、一度洗濯しましたとか言うんじゃないだろうな? ええっ!?」

「いやいや、そんなこと当に分かり切っていますよ」

 彼は後ろのリュックサックからある物を取り出した。

 そして、それを見た烏丸宗吾の顔に明確に焦りが見え始めた。

「大根? だと」

「ええ、大根です。知ってました? あ、このトリック使った人に知ってました?

ていうのはおかしいですけど、実は大根に含まれるジアスターゼという酵素は、血液などのシミを分解する効果があります。あなたはこれを使ったんでしょう?」

「……」

「曲がりなりにもあなたは医者だ。血液が自分にかかる量は最小限に抑えることができる。後はこれを使えばおしまいです。ま、現場で大根をすりおろすなんてシュールな光景ですけどね」

 彼は改めて烏丸宗吾の顔を真正面から見据える。と同時に背筋にゾクゾクっと冷たいものを感じた。

 烏丸宗吾の表情はもはや柔和な好青年ではなく、ホワイトチャペルの連続殺人事件の犯人と言われても納得できるほど、狂気に染まっていた。この状態の男が相手だと、自分の身の安全を守るために何を話すにしてもかなりの勇気がいる。


 ……だが、彼にはその勇気を振り絞ってでも聞きたいことがあったのだ。この事件の根幹に関わる、とても重要なこと。

 それは……。


「あの120番病室のあの患者、正体は6年前の連続殺人事件の犯人、その臓器を移植されていた患者なのではないのですか?」


 彼はそう固唾をのみながら言い切った。














(作者より)

ここのところ受験勉強やらなんやらで忙しく、皆様の作品にお邪魔する頻度が減ってしまい、大変申し訳ございませんm(__)m


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