第11話 疑問

 警察に捕らえられた四人の男は完全黙秘を貫き、放火事件の背景については何もわからずじまいだ。拳銃所持と暴行傷害容疑で指名手配された宇田川の行方もようとして知れなかった。その宇田川が未だ捕まっていないことに隊員たちはそこはかとない不安を覚える。

 そんな中アルゲンマスクを高度精細試験装置(HDTE)で精査する作業が進行していた。


 そして試験開始から三日後。


 檜山、浅川、そして伊能姉弟は静まり返った事務室兼控室兼応接間兼通信室でじりじりしながら検査の結果を待っていた。いつもなら各々本や雑誌や新聞でも読んだり、パソコンやスマホを弄ったりもするのだろうが、そんな気分にもなれない。


 そこへ冴木所長、溝呂木チーフ、大島の三人がこの部屋へ入ってくる。


 檜山が飛び上がるかのようにして、椅子から立ち上がる。皆もそれに遅れてさっと立ち上がる。


「何かありましたか!」


 三人は軽く頷いた。


「うん、まあこの結果なんだがね……」


 どこか浮かない顔をした冴木が、数字やアルファベットがびっしり印字された四、五枚の紙をテーブルに広げる。


「これは?」


「うん。調べてみた結果なんだが、確かにこれはまずいかも知れないね」


「と、言いますと」


「もう、先生勿体つけてないで早く教えてください」


 急かすような檜山と浅川に、今一つさえない表情で冴木は説明をする。


「アルゲンマスクを着用していた場合中皮腫を発症する恐れがある」


「石綿と同じやつですか!」


「うん。だがね」


「何か問題が?」


 冴木の言葉の後を溝呂木が継いだ。


「通常の着用を十三年は続けていないと起きないんだ」


「このアルゲンマスクが発売されたのは二年前。今のスーザウィルス禍が収まるまでにあと三年から九年はかかるとWHOは公表している。つまり……」


 珍しく顎に手を当て頭を巡らす檜山。


「つまり、中皮腫の発症者が出る前にスーザ禍は収束し、アルゲンマスクの利用も下火になる…… よって中皮腫の患者は発生しない。あっても限定的になる、ということですか」


「そんな……」


 釈然としない表情の浅川を見て冴木は話を続ける。


「ああ、いや、ただスーザ禍が沈静化した後もアルゲンマスクは流通するだろうし、それに今のこの状況がWHOの発表より長引くことだって充分あり得るからね。溝呂木君」


「はい」


 冴木所長は白衣を脱ぎスーツを羽織る。テーブルに置いた試験結果を手にし封筒に入れる。


「車を回してくれ。厚労省の飯沢と環境省の野崎君のところに行こう。やはりこういうのは急いだほうがいい」


「了解しました」


「檜山君、さすがに連中ももう観念しただろうが、念のため充分注意しておいてくれたまえ」


「はいっ」

「わかりました」

「任せて下さい」


 檜山、浅川、伊能修央みちおの三人が元気に返事をした。


 三人に笑顔で応えると冴木所長は溝呂木が運転するオッター号で霞が関へ向かった。

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