第45話 打って出る


「楽しかったわよぉ、アイゼンちゃん。お陰で色々なことが調べられたわぁ」


 『アリアンロッド』の建物、その正面玄関前。


 俺を見送ろうと、満面の笑みでメラースさんがヒラヒラと手を振る。


 ――俺が『アリアンロッド』を尋ねて、早数日。


 生粋の魔術師である彼女から、今日の今日まで実に様々な検査・実験を施された俺は、げっそりと疲れ果てていた。


 いやホント……こういうのはもう勘弁願いたい。


 検査と言えば聞こえはいいが、実際には実験動物にでもされている気分だった。


 不味い薬とかたくさん飲まされたしさぁ……


 目なんてもう乾燥しちゃって……


「はぁ……相談に乗ってもらえたのは感謝してますが、検査はもうこれっきりにしてくださいよ……モルモットにでもなっている気分でした」


「そう言わないの。データはかなり採れたし、さっそく解析に入ってみるわぁ。もしわかったことがあれば、すぐに連絡してあげる」


「お願いします。俺も、【鑑定眼】に関してはもっと色々知りたいですから」


 実際、興味がないと言えば嘘になる。


 メラースさんが言ったように経験値によって〝隠しスキル〟が進化するならば、それは俺も例外ではない可能性があるからだ。


 ともあれ、今はすぐに『デイトナ』に帰って経験値のことをコレットに話してあげたい。


 どちらかと言えば、今の俺の頭はそっちでいっぱいだった。


「それじゃ、また会いましょうアイゼンちゃん。ウチのギルドとしても、『追放者ギルド』と繋がっておくのは――」


「……メラース様、お話し中失礼致します」


 俺たちが別れを惜しんでいると、双子の受付嬢の片割れが話に割り込んでくる。


 そして、メラースさんに小声で耳打ちした。


 どうやら、急を要する案件らしい。


「――っ! それは、間違いないのかしら!?」


「はい、確認が取れております。ジェラーク総代から至急手練れを集めるようにとお達しが」


 さっきまでとは打って変わって、深刻そうな顔をするメラースさん。


 そして無言のまま金色の煙管を咥え、火を入れて煙を吸う。


「……アイゼンちゃん、これはあなたにも直接関係あることだから話すけど――心してお聞き」



   ◇ ◇ ◇



「――親父! 『追放者ギルド』の皆を連れてきたわよ!」


 カガリナが『アバロン』の扉をバンッと開き、中へ入るなり叫ぶ。


 建物の中には既に何人もの冒険者たちが集まっており、会議を開いている最中だった。


 その中心には、『アバロン』のギルドマスターであるライドウの姿が。


「……おう、来たか。おい、アイゼンの坊主はどうした? 姿が見えねえが」


「アイゼン様なら、今は『ナーシセス』に。代わりに私たちがお話を伺います」


 『追放者ギルド』のメンバーを引き連れて、ヴィリーネが答える。


 アイゼン不在の状況ということで、マイカの提案により彼女が臨時の代表を務めることになった。


 以前にアクア・ヒュドラを直接倒した経験もあってか、それともアイゼンのいないギルドを支えたいという想いからか、今のヴィリーネはぐっと洗練された顔つきをしている。


「……そうかい。話はおおよそカガリナから聞いてるかもしれねぇが、この『デイトナ』に巨大な化物が向かってきてる。調査隊からの情報によれば、そいつは骨だけのバカでかいドラゴンのような形をしてるそうだ」


「骨のドラゴン……で、でもドラゴンが骨だけになって動くことなんて……」


「ああ、通常はあり得ない。これまで死霊使いネクロマンサーがドラゴンの操作に成功した事例もないしな。信じたくはないが……『ビウム』の司書官の話によれば、太古の竜エンシェント・ドラゴンが復活した可能性が高いらしい」


太古の竜エンシェント・ドラゴンですって……!? ち、ちょっと冗談でしょ!?」


 驚きの声を上げたのはマイカだった。


 彼女は太古の竜エンシェント・ドラゴンという存在を知っているらしい。


「それって大昔に存在したとかいう、不死身で生ける厄災とも呼ばれた――っ!」


「ああ、神そのものとすら形容されてたらしいな。もし本当に不死身なら、骨だけになって動いても不思議じゃねえ」


「そ、そんな規格外のモンスター相手にできるの!? アクア・ヒュドラを倒すのとはワケが違うわ!」


「だから、それを今議論してた。兎にも角にも、俺たちが取るべき方針は2つ。街を捨てて逃げるか――それとも街を守るために戦うか、まずはこの2択だ」


「ここは一旦逃げるべきだろ! 『ビウム』から増援が来るまで戦力を温蔵しよう!」


「だがそれじゃ『デイトナ』の街が地図から消えることになる! それに、今からじゃ住人の避難が間に合わない!」


 ライドウの周りを囲っていた冒険者たちの意見は一斉に別れる。


 実際、これはライドウ自身も簡単に決断を下せない内容だった。


 相手がもし本当に太古の竜エンシェント・ドラゴンであったなら、その伝承が本当であったら、大勢の冒険者が犠牲になるのは明白。


 それどころか、撃退できるのかさえ怪しい。


 街を捨てた退却か――


 それとも犠牲を覚悟で打って出るか――


 彼らが決断を迫られた時、



「……やりましょう。戦うんです」



 その一言を発したのは、ヴィリーネだった。


「この街は……私たちの、皆の街です。『デイトナ』に愛着のある方も少なくないでしょう。それに、ここが生まれ故郷だって方も……。ならそんな場所を守るのも、この街に居を構える私たち冒険者の役目なんじゃないでしょうか……? きっとアイゼン様なら、そう仰るはずです」


「「「……」」」


 ヴィリーネの言葉に、多くの冒険者が沈黙する。


 彼女の言う通り、『デイトナ』という街に愛着を持つ者は少なくなかった。


 そしてこの街が故郷だという者も――――そう、例えばカガリナのような。


「……ウチも賛成っス。戦うべきっスよ」


 そのすぐ後、コレットも言葉を発する。


「ウチみたいな弱小になにができるか、どこまでやれるかなんてわかりませんケド……この街を見捨てたら、きっと後悔すると思うんス。ウチは、ウチはやっぱり、冒険者として後悔なんてしたくない」


「コレットさん……!」


「ヒャハハ……いっちょまえに言うようになったじゃねぇか」


 サルヴィオはコレットの頭に手を乗せ、わしゃわしゃと髪を撫でる。



「聞いたかぁ、テメエら!? 俺様たち『追放者ギルド』は打って出る! どうせ連盟はガッポリと報酬を用意してくれんだ、俺様たちがまとめてかっさらっちまうからよぉ! 意気地のねぇ奴らは指咥えて見てやがれ、ヒャハハハァッ!」



「な、なんだと! 独り占めなんて認めねぇぞ!」


「そうだ、俺たちにも分け前を寄越しやがれ!」


「ドラゴンの骨なんて、どうせ叩けば折れるんだろうが! ここが稼ぎ所だぜ!」


「おうよ! 『デイトナ』の冒険者の底力、見せたらぁ!」


 場にいた冒険者たちは、次々と参戦を表明。


 こういう時、なんと言えば冒険者という輩は動いてくれるのか、サルヴィオは経験上よく知っていた。


 そんな彼らを見ていたライドウは、フッと笑う。



「――――よし、決まりだ」


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