第35話 見捨てません、決して


「ライドウが言っていたぞ? お主は他者の隠れた能力を見抜く目を持っていると。それが、お主が追放者たちを無能ではないと断ずる理由なのだろう?」


「それは……はい、確かにその通りなんですが……」


 俺はその問いに対して、ややたどたどしく答える。


 〝隠しスキル〟が見えるのは間違いないのだが、コレットの〝スキル なし〟を見てしまった後だと意味が重く感じてしまう。


 アレは本当に、見えた・・・と言っていいのか――と。


 そんな俺の気まずさを即座に看破したのか、ジェラーク総代は訝し気に顎髭を撫でる。


「ふーむ……? 思いのほか煮え切らぬ返事が返って来たな。これだけの功績を上げて実は嘘だったなどと言っても、ワシは信じてやらんぞ?」


「う、嘘なんかじゃありません! 俺には【鑑定眼】ってスキルがあって、〝隠しスキル〟が見えるのは本当です!」


「では、なにかわだかまりでも抱えていると見える。仮にも総代を務める老骨の目には、そう映るが?」


「い、いや、それは……! ここでお話するようなことでは……!」


「フハハ、この正直者め。悩んでいることは否定せぬのだな。よい、話してみよ。若人の悩み事を聞いてやるのも、老いぼれの役目よ」


 うっ、そこまで言われると話さないワケにはいかないよなぁ……


 本当は、ギルドマスターである俺が自分で解決しないといけない問題なんだけど。


 自らの恥を晒す気持ちだったが、俺はジェラーク総代に現在の悩みを打ち明けた。


 そう――無能力者であるコレットのことを。


「……なるほど、〝隠しスキル〟を持たない追放者が現れて、その者をどうすべきか悩んでいる、ということか」


「はい……人は誰しもが〝隠しスキル〟を持っていて、だからこそステータスだけを理由に追放される世の中はおかしいと主張してきました。でもまさか……〝隠しスキル〟のない冒険者がいるなんて……」


 実際俺にとっては、コレットの存在はショックではあった。


 しかし同時に、強く興味を惹かれたのもまた事実。


「ただ……彼女を見ていると、俺は昔からの疑問を思い出すんです。人は、いったいいつから〝隠しスキル〟を持つようになるんだろうって。たぶん、多くの人が生まれた時から持っているんでしょう。だけど、後天的な〝隠しスキル〟も存在するんじゃないか? そもそも、〝隠しスキル〟とは変化しないモノなのか? ――そんなことを考えてしまうんですよ」


「その言い方を聞くと、お主にとっても〝隠しスキル〟は未知の部分が多いのだな」


「ええ、これまでは調べる方法もありませんでしたから。コレットに会って久々に考えたくらいです。結局……未だ疑問は疑問のままですよ」


 ジェラーク総代はしばし無言になり、思案するように顎髭を撫でながらこちらを見つめる。


 そして沈黙の刻が流れるが――


「アイゼンよ、ハッキリと言ったらどうだ? 『追放者ギルド』に役立たずはいらぬと」


 彼の口から出たのは――そんな言葉だった。


「なん……ですって?」


「お主の目は、優秀なスキルを持つ者を選別できるのだろう? ならば有能な追放者だけを集め、お主の理想とするギルドを創ればよい。そうすればより早く功績を積み上げ、お主の思想を世間に認めさせることができるだろう」


 ――信じ難かった。


 自分の耳がおかしくなったのかと思った。


 数多の冒険者を統率するジェラーク総代、そんな彼の口からそんな冷酷極まりない言葉が出るなんて。


 その瞬間、俺は心の中に言いようのない怒りが湧き上がるのを覚えた。


「そのコレットという冒険者は、お主にとっての岐路になるだろう。価値なき者は見捨て、真に能力のある者だけを集う、それが――」


「見捨てません」


 ジェラーク総代が言い切るよりも早く、俺は答えた。


「見捨てません、決して。この世界に価値のない者なんていない。確かにコレットはステータスも低くて、〝隠しスキル〟もない無能力者かもしれません。でもそれだけで評価するのは、ギルドマスターの正しい姿なんですか?」


「……」


「俺にとって【鑑定眼】は、人の真価を解き放つためのモノであって、無能を追及して迫害するためのモノじゃない。もうコレットは、俺たちにとって大事な仲間なんです。ここであの子を見捨てたら、きっと俺は一生自分を許せない……そう思うんですよ」



「よくぞ言ったッ!」



 バシン!とジェラーク総代は自分の膝を叩く。


「よくぞ言ったぞ、アイゼンよ! やはりお主は期待通りの男だ!」


「え? あ、あれ? あの……」


「いや、試すようなことを言って悪かった。まず先に、お主の本心を聞きたかったのだ。もしここでワシの言葉になびいているようでは、お主は〝追放ブーム〟にあやかっている無能共と同じだからな」


 あ、そうか。


 言われてみれば、彼はステータス至上主義者の言葉を〝隠しスキル〟に入れ替えて言ってるような感じだった。


「た、試されてたんですね……俺……」


「ああ、だがこれでよくわかった。お主は紛れもなく追放者の希望だとな」


 ジェラーク総代はぐっと身を乗り出し、口元を綻ばせながら話し始める。


「ワシは冒険者ギルド連盟の総代として、あらゆる者たちを長年に渡って見てきた。故に、少しばかり助言をしてやれると思う」


「! ぜひお願いします!」




「――〝目で見えるモノが全てとは限らない〟〝されど可能性が視えるのはまなこのみ〟」




「……? それは、どういう……」


「必ずしも才が道を拓いてくれるとは限らん。最も重要なのは意志なのだ。お主が追放者を救いたいという一念で、ここまで来たように。なれば1度、コレットという冒険者の意志を問うてみるがよい。時には、目よりも耳が真実を教えてくれるかもしれんぞ?」


 ジェラーク総代は立ち上がり、杖を突きながら自らの机へ向かう。


「それからお主の【鑑定眼】と、先程言っていた論説は興味深い。特に――〝隠しスキルの変化〟という発想が。その疑問に対して、面白い回答を出せそうな知人がいる」


「え? 本当ですか!?」


「ああ、もう長い付き合いだが、喰えない奴でな……。折を見て尋ねてみるといい」


 彼は苦笑しつつ言うと、俺に1枚の名刺を渡してくれる。


 そこに書いてあった名前に――俺は見覚えがあった。

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