第25話 千載一遇のチャンス


 アイゼンが『ビウム』の冒険者ギルド連盟本社を訪れた、同日の夜のこと――


「は――はぁ!? アイゼンの坊主たちに、例のアクア・ヒュドラの討伐を任せろだって!?」


 半透明な通唱石つうしょうせきに対し、ライドウは驚愕の声を浴びせる。


 その石に映るのは、1人の初老の男性――そう、ジェラークだ。


『ああそうだ。今日の昼間、本社の前で彼と会った。彼が見出した者たちならば、あの強敵を倒してくれるだろう』


「おいおい、質の悪い冗談だぜ……! アイツがスカウトした追放者は、まだ1人しかいないんだぞ!? いくらなんでも――!」


『……感じたのだよ、天の計らいというモノを。彼は必ずや偉大なギルドマスターとなる。それにワシの勘が正しければ、彼の下にはすぐに仲間が集うはずだ。それもとびきり逸材の、な……』


 嬉しそうに語るジェラークに対し、ライドウは頭を抱える。


 冒険者ギルド連盟の総代が無茶振りをしてくることは今に始まったことではないが、この話はあまりに荒唐無稽に聞こえたからだ。


『なに、彼ならやってくれるさ。ワシはそう信ずる。――言いたいことはそれだけだ。彼らのバックアップを頼むぞ、〝霹靂へきれき大狼おおかみ〟よ』


 そう言い残して、ジェラークは通信を切る。


 それを見たライドウは「ああ、クソ!」と大きく舌打ちした。


 総代たるジェラークが彼を昔の渾名で呼ぶのは、〝期待に応えてくれよ〟という意思表示――というより圧力であるからだ。


「タヌキじじいめ……そんなのアリかよ……。――でもまあ、あの人の勘が外れたことはねぇんだけどさ」



  ◇ ◇ ◇



「アクア・ヒュドラって……それは知ってますけど、Sランクパーティでも苦戦する高位モンスターですよね。昔育成学校で聞いた話じゃ、熟練の冒険者でも敗れるレベルとか。それがなにか?」


「ああ……単刀直入言うぜ。アイゼン、お前の『追放者ギルド』でアクア・ヒュドラを狩る気はねぇか?」


 ――テーブルを囲む俺たちに、沈黙が流れる。


 俺、ヴィリーネ、カガリナはそれぞれライドウさんの言葉の意味を汲み取って、脳内で思考を回し、ポクポクポク……と考え――


「アッハハハハ! やだなぁライドウさん、いつからそんな冗談言うようになったんですか!」


「も~親父ったら、まだお酒も飲んでないのに酔ってるの? 気が早いわよ、アハハ!」


「そうですよぉ~、いくらなんでも、アクア・ヒュドラだなんてぇ~。私、失神しちゃいますよぉ~」


 酒の席のジョークだという結論に至り、3人揃ってケタケタと笑う。


 ――――だが、


「ハハハ! そうだな、クソッタレの冗談みてーな話だ! ……だが、冗談抜きに頼むと言ったら――どうするよ、『追放者ギルド』のギルドマスター?」


 ――ライドウさんの目が、真剣そのものになった。


 バンダナの奥の瞳を見た俺たちから、一瞬の内に笑いが消える。


「う……嘘ですよね? まだ出来たばかりの新興ギルドに、あのアクア・ヒュドラと戦えだなんて……!」


「どういうワケか、少し前から低難易度の洞窟ダンジョンにアクア・ヒュドラが住み着いちまってな。DランクやCランクの冒険者パーティが次々襲われてえらいことになってる。そこで冒険者ギルド連盟は緊急討伐依頼を発布した。報酬は金貨千枚、早い者勝ち。難しい依頼であることに違いないが、俺はお前さんを1人のギルドマスターと見込んだ上で任せたい」


 ――バンッ!とカガリナがテーブルを叩き、震えながら立ち上がる。


「ちょっと親父ッ! いよいよ頭がおかしくなったワケ!? そんなの、アイゼンたちを殺すようなもんじゃない!」


「そうとも限らねぇぜ? 実際、『追放者ギルド』には優秀な団員がいるしな」


 チラリ、とライドウさんはヴィリーネの方を見た。


「は……はひゅぅぅぅ~~~……」


 宣告の通り、ヴィリーネは失神する。


 そして椅子に座ったまま、バタン!と床へ倒れた。


 かわいそうに……プレッシャーに耐えられなかったんだな……


 あとでちゃんとフォローを入れてあげよう……


 ライドウさんはテーブルの上で指を組みなおし、


「噂じゃあ、ヴォルクもお抱えのSランクパーティにアクア・ヒュドラ討伐の準備をさせてるらしい。確かアイ……なんとかってパーティだったか? とにかく途方もなく危険な依頼だが、コイツを倒せば界隈で一気に名が売れるだろう。同時に追放者の認識を覆す、千載一遇のチャンスだ」


「い、いや……いくらなんでも、無理ですよ……! 俺は戦力になんてならないし、ヴィリーネ1人じゃ――っ!」




「へえ、それじゃあ2人ならどうかしら? 変り者のギルドマスターさん」




 ――そんな女の子の声が、俺たちの会話に割って入る。


 そして建物の入り口で、銀色の尻尾がしゃらんと揺れた。

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