第23話 彼女の貢献があったと思わないのか?


 ――俺の首筋に、クレイの直剣がピタリとあてがわれる。


 彼があと少しでも剣を振れば、俺の首は胴体と分かたれるだろう。


 クレイの行動に、マイカを始めとした他メンバーも驚愕して目を剥く。


 冒険者ギルドの中で抜刀は、基本的に御法度。


 加えて刃傷沙汰になどなれば、それこそ冒険者として終わる。


「ち、ちょっとクレイ……!」


「……この俺を謗るのは、100歩譲って許せるとしよう。だが――ヴォルク様を貶すのだけは許せん!」


 マイカの制止も聞かず、激情に瞳を燃やすクレイ。


 どうやら、彼はヴォルクのことをとても慕っているらしい。


「……1つ聞きたい。マイカちゃんとサイラスって重装士タンク、この2人がパーティに加入したのはいつだ?」


「そんなもの答える義理はない! どこまでもコケにしやがって……!」


「ああもうっ、落ち着きなさいってクレイ! サイラスは最初期からいる古株で、アタシが加入したのは2年前。まだパーティがBランクだった頃よ……」


 怒るクレイに代わり、逆に冷静さを取り戻してしまったマイカが説明してくれる。


「なら、マイカちゃんが加入してからSランクになったんだな。そこまでの道のりに、彼女の貢献があったと思わないのか?」


「Sランクまで上り詰めて、ヴォルク様に認めてもらえたのも、俺たちに実力があったからだ! 知ったような口をきくな!」


 ……ダメだな、もはや我を忘れてしまっている。


 会話すらままならない。


 そしてクレイの直剣が俺の首に触れ、僅かに血が流れた時――


「……クレイ、私の素敵な人」


 穏やかな声で、ヒルダが彼を呼んだ。


 彼女の声を聞いた瞬間、クレイはハッと我に返る。


「ダメよ、こんな場所で剣なんて抜いたら。私、怖いわ……」


「あ……う……す、すまないヒルダ。俺としたことが、頭に血が上ったようだ」


 反省したように、剣を鞘へと納めるクレイ。


 なるほど、彼女がクレイをコントロールしているのか。


 流石は死霊使いネクロマンサー、その口から発せられる言葉には妖力染みた響きがある。


 こんなところでSランクパーティリーダーの地位を失うことの愚かさを、ヒルダはよく理解しているらしい。


 クレイよりも冷静で知的な人物のようだ。


 こちらとしては助かったが――同時に、恐ろしい女だとも思う。


 ヒルダはクレイの腕に抱きつき、


「もう行きましょう、クレイ。この後もお仕事があるんだから」


「そ、そうだな。道草など食っている場合ではなかった」


 クレイは改めてカッコつけると、俺とマイカをビッと指差す。


「フン、ステータスの低い弱者を雇いたければ、勝手にしろ。そして金輪際、俺の前に姿を見せるな。もしその顔を見れば……俺の剣が鞘に収まっているかわからんからな」


 そう言い残すと、クレイは『アイギス』のメンバーを連れて建物から出て行った。


 残される俺とマイカ。


 マイカは胸を撫で下ろし、


「はぁ~~~……まったく、どうなることかと思ったわよ……」


「アハハ、ギルドで剣を抜くとか、中々大胆だよねぇ。ビビったよ」


「まるで他人事みたいに言うな! ホントどういう神経してんの、アンタ……」


「別に普通の神経してると思うけど。ただまあ、あれくらいズバっと言えないとギルドマスターは務まらないと思って」


 実際、そこそこ肝が据わってないとギルドマスターは務まらないと思うし、そういう意味では普通だと思うんだけどなぁ。


 はぁ~、と2度目のため息を漏らすマイカ。


 しかし数秒後にはクスッと笑い、


「なんか変り者みたいだけど……いい奴ね、アンタ。さっきのは気持ちよかったわ。アタシのことを擁護してくれて、ありがとう。ちょっと胸がスッとしちゃった」


「それはどうも。それでマイカちゃん、ウチのギルドに来てくれる気になった?」


 ここぞとばかりに勧誘に入る俺。


 積極性は大事、育成学校の教科書にもそう書いてある。


「マイカでいいわ。ちゃん、なんて柄じゃないもの」


「ならマイカ、『冒険者ギルド』で存分に実力を発揮しないか? ウチにはキミが必要だ」


「……」


 俺の誘いに、すんなんりと首を振ってくれないマイカ。


 おや? 流れ的に加入してくれる感じだと思ったのだが……


 なにか、まだ彼女の中にしこりがあるのだろうか。


「もしかして……キミが自分の能力を隠していたことと、関係ある?」


「うっ、鋭いわね……。流石、ギルドマスターを名乗るだけはあるってトコかしら……?」


 どうやら図星らしい。


 『アイギス』のメンバーと言い争っていた時も、能力を隠そうとしていた。


「どうしてそんなに隠そうとするのさ? えっと、キミのスキルは確か【かんなぎの――」


「はわー!? ストップ! シャラップ! ちょっと黙って!」


 ガバっと僕の口を押さえてくるマイカ。


 お、なんだか韻を踏んだ感じだったな。


 もしかしたら彼女はそっちの才能もあるかもしれないぞ。


 なんて思う俺を余所に、彼女は凄い剣幕でこちらを見てくる。


「な、なんで知ってるのよ……! 村を出てから、まだ誰にも話してないのに……!」


「ムゴゴ……お、俺には【鑑定眼】って能力があって、他人の〝隠しスキル〟を見抜く力があるんだよ……それで見たんだ……」


 俺はマイカを離れさせると呼吸を整え、


「勝手に〝隠しスキル〟を見たことは謝るよ。ついさっき見たばかりで誰にも言ってないし、これは秘密にしておく。……たぶん、なにか深い事情があるんでしょ?」


「そ、それは……」


「隠したいなら、今は話さなくていいよ。代わりに、俺の話を聞いてもらえないかな」


 彼女が能力を秘密にしたいのはかまわない。


 でも、俺の目指す『追放者ギルド』とはどんなギルドなのか――その理念だけは、彼女に聞いてもらいたいのだ。


「俺の『追放者ギルド』は、名前通り追放者を募集してるんだ。本当は実力があるのに、ステータスが低いってだけでパーティを追放される冒険者が大勢いる。俺はそれが納得いかない。だから追放者の新しい居場所を作って、役立たずなんかじゃないって世間に示したいんだよ」


「追放者の……居場所……?」


「ステータスが低い冒険者は、その多くが特殊な〝隠しスキル〟を持ってる。でも、ほとんど人は自分の能力に気付けない。だから、追放者がその真価を発揮できる場所――その創設を俺は目指してる」


 これは、まだ理想に過ぎない。


 でも確かに、その第1歩は踏み出されたんだ。


 だから笑われようと、胸を張って言う。


 俺は、追放者による追放者のためのギルドを創るんだ、と。


「正直に言うと、ギルドはまだ創設したばかりなんだけどさ。団員は俺を含めてまだ2人。だから、マイカには3人目の団員になってほしい。頼む」


 彼女に対し、俺は頭を下げる。


 ――沈黙するマイカ。


 けれど、


「……団員が2人しかいない新興ギルドとか、とんでもない弱小にスカウトされちゃったわね、アタシってば」


「それはまあ……これから大きくするから……」


「でも――アンタの語る理想は面白い。それに立派だわ。効率ばかり追い求めたクレイなんかより、ずっとね」


 かなり時代錯誤ではあるけど、とマイカは微笑む。


「それじゃあ――!」


「待って、アンタの思想には共感できるけど、加入するかは……少し考える時間がほしいの。アタシの能力は……その……」


「わかってる、秘密にしたいんだろ? 俺も他人には絶対話さない。約束する。だからもし『追放者ギルド』に入るつもりになったら、抱えていることを打ち明けてほしい。俺は待ってるからさ」


「なによそれ、ギルドマスターの責務ってヤツ?」


「まあ、そんなところさ。団員の秘密の1つも背負えないで、ボスは名乗れないからね」


 俺は踵を返し、出口へと身体を向ける。


「……今夜には、俺は『ビウム』を出る。もし一晩考えて加入してくれる気になったら、『デイトナ』って街に来てくれ。そこの冒険者ギルド『アバロン』の受付嬢に話を通せば、俺と引き合わせてくれるはずだよ。それじゃ――また会おう」


 そう言い残し、俺は建物を出た。


 本音を言えばこの場で彼女を仲間にしたかったけど――彼女にも心の整理をしてほしい。


 それに確信があるんだ。


 彼女は、マイカ・トライアンフはきっと『追放者ギルド』に入ってくれる。


 そして、かけがえのない存在になってくれるはずだ、と。


 そう思いながら、俺はヴィリーネとの待ち合わせ場所へと歩を進めた。

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