第7話 内処理の依頼


「ああハイハイ、どうせ同じ育成学校を卒業したアンタに隠し事はできないのね。……確かにあるけどさ、〝内処理の依頼〟なら」


「? 〝内処理の依頼〟って、なんですか?」


 不思議そうにヴィリーネが聞いてくる。

 まあこの言葉はギルド側の隠語みたいなものだから、冒険者である彼女が知らないのも無理はない。


「今言ったように、誰も引き受けてくれず埋もれてしまう不人気な依頼のことさ。冒険者なら誰だってリスクと報酬を天秤にかけて、割のいい依頼を受けたがる。逆に割に合わない危険で面倒な依頼は誰も受けない。これはごく自然だよね」


「は、はい……」


「――でも考えてごらん? 冒険者ギルドに依頼が出されてるってことは、依頼主がいるワケだ。なのに誰も依頼を引き受けてくれなかったら……どうなる?」


「それは……依頼主さんが困っちゃいます」


 そういうこと、と俺は答える。


「依頼主がいるのに誰も依頼を受けてくれない――これじゃ依頼主も困るし、冒険者ギルドの信用にも関わってくる。だからギルド側は、こういう依頼を内々に処理してしまうのさ。それでカガリナ、『アバロン』ではどうしてるんだい?」


「ウチではギルドお抱えの冒険者に任せたり、お得意様の高ランクパーティに報酬を上乗せして頼んだりしてるわ」


 まあぶっちゃけ、緊急性の高い依頼以外は依頼主に断りを入れることも多いけど、とカガリナは言い加える。


 とはいえ1度はギルドで引き受けてしまった依頼だ、「やっぱり無理です」なんて依頼主に返せば当然トラブルになる。

 彼女だって、本音を言えば全部処理してしまいたいだろう。

 俺たちとカガリナの利害は一致するはずだ。


「それでも処理し切れない依頼はあるはずだ。で、どんなのが残ってる?」


「……」


「カガリナ、俺たちなら大丈夫だから」


「っ、ああもう! わかったわよ! 死んでも知らないからね!」


 降参、とばかりに彼女はカウンターの下から複数の依頼書を出し、こちらに突き付ける。

 俺はそれを受け取ると、内容にざっと目を通す。

 そして――


「よし、コレを受ける。手続きを頼むよ」


 依頼書を返すと、その中の1枚をトントンと指差した。



 ◇   ◇   ◇



 『アバロン』で無事依頼を受けた俺とヴィリーネは、さっそく地下迷宮ダンジョンへと足を踏み入れていた――のだが……


「あ、あわわわ……ガタガタガタ……」


 ……さっきからずっと、ヴィリーネがこんな調子で震えている。

 まるで毒蛇に睨まれた小動物みたいだ。


「ヴィ、ヴィリーネ、絶対に大丈夫だから、もう少し落ち着いて……」


「き、今日が私の命日なんですぅ~……最高難易度の迷宮なんて、どう考えても無理ですよぉ~……」


 そうかなぁ、俺は絶対に大丈夫だと思ったから依頼を受けたんだけど。


 とはいえ、気の小さい彼女が恐怖するのも仕方ないかもしれない。

 何故なら、依頼の内容というのが〝最高難易度の地下迷宮、その深部に落ちているペンダントを拾ってくる〟というモノだからだ。

 つまりどういうことかと言うと、常識的に考えれば俺たちみたいな2人組が達成可能な依頼じゃないってことである。


 詳細はわからないが、地下迷宮ダンジョンにペンダントを落としたのは元冒険者のお偉いさんらしく、ダンジョン攻略の最中に怪我を負って引退した人物らしい。

 最後のダンジョン攻略で落としたペンダントがどうしても忘れられず、『アバロン』に大金を掛けて依頼したという経緯なのだという。


 相手が相手なだけにカガリナも断り辛かったらしいが、だからといって俺たち2人がこの依頼を受けるのには最後まで反対した。

 「どう考えても自殺行為じゃない! バカなの!? 死ぬの!?」とさんざん怒られたが、それでもこれが一番達成できる可能性の高い依頼だったのだが……


 それに、俺には確証があるのだ。

 ヴィリーネの【第6超感】を生かすには、これ以上最適な依頼もない。

 これは彼女にとって、自分の殻を破れるかどうかの重要なターニングポイントとなるだろう。


 俺は怯えるヴィリーネの肩をポンと叩き、


「ヴィリーネ、この依頼はキミの能力があれば必ず達成できるよ。俺が保証する。だから、キミはキミを信じてくれればいい」


「私が……私を……?」


「そうだ。なーに、ヤバくなったら逃げればいいのさ。どうせ〝内処理の依頼〟なんだし、出来なくても誰も怒らないよ」


 ハハハ、と俺は笑って言う。

 そんな俺を見て少しだけ平常心を取り戻したのか、ヴィリーネはきゅっと固く口を結んで腰の剣を抜き取る。


「は……はい! アイゼン様のためにも……私、やってみます!」


「うん、その意気だ。それじゃあ――頼むよ、ヴィリーネ」


 さっそくの試練、とばかりに目の前に岐路が現れる。

 一直線の通路が左右に分かれており、一見する限りではどちらにも異常は見受けられない。

 だがこういう分岐点にこそ、危険な罠が潜んでいるものなのだ。


 しばし左右の道を睨んだヴィリーネは――


「……行きましょう、アイゼン様。この道は――たぶん、右が正解です」

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