第35話

 戦闘には加勢できないバクヒロが彼女たちのためにできることはないのか。

 それを考え続けているが、次の戦いは待ってはくれない。


 新しい戦闘エリアに関する情報をできる限り頭に叩き込むが、恐らく役にはたたないだろう。

 戦場は常に変化し続ける。

 彼女たちのその場その場での機転に賭けるしかないのだ。


 戦場に降り立って変身したフローラルキティン・ルージュとブランだが、スーパーヴィランの登場がない。


 基本的にヒーローはヴィランに対する抑止力であるので、ヴィランがいないことにはすることがないのだ。


 暇を持て余した二人に、周りの観客たちが近寄って声をかけ写真を撮り始めた。

 戦闘エリアに乱雑に立ち入る観客たちにバクヒロは苛ついてしまうが、どうすることもできない。


 先代のフローラルキティンの時は、ここまでスーパーヒーロー・ウォッチャーではない一般人が集まることはなかった。

 まだ新鮮味があるせいかも知れないが、できることならこの人気をもっと育てたい。


 バクヒロがそう思っていると、異質な怒鳴り声が聞こえた。


「うるさい! スーパーヒロインは神聖なものだ、気を散らすような言動はするな!」


 その声に集まっていた観客たちがざわついて距離を取る。


 そこにいたのはよく見かける巨大なレンズをつけたカメラを抱えた二人組だった。

 小太りと極端に痩せている二人、その頭髪はいつ洗ったのかわからないほど脂と埃にまみれ、眼鏡の奥の瞳は周囲を威圧するような怒りに満ちたものだった。


 彼らの言っていることはわからなくもない。

 バクヒロもどちらかと言えばあっち側だった。


 自分がひっそりと応援していた存在が、ぽっと出てきた大して思い入れのない人たちに語られると、やりきれなくなる気持ちもわかる。


 観客のゴタゴタに対してフローラルキティンが手を下すのはまずい。

 かと言ってバクヒロになにかできる気もしないが、声をかけようと駆け出した。


 その時。


「それ以上、チミたちの好きにはさせないぞー」


 目の前に現れたのは派手なコスチュームのスーパーヴィラン、ビンビントリッキィだった。


 バクヒロが辿り着く前に、ビンビントリッキィの姿を見た観客たちは一斉に逃げ始めた。


「遅い!」


 フローラルキティン・ルージュが怒鳴りつけた。


「これも作戦だ。巌流島の戦いを知ってるか?」

「当たり前じゃない! アントニオ猪木とマサ斎藤のやつでしょ」

「いいえ。宮本武蔵と佐々木小次郎ですわ」

「誰それ。どこ所属のレスラー?」


 ルージュが答えるとブランが素早く訂正した。


「おもしれーお姉ちゃんたちだ。二人の相手は俺様が一人でつとめさせてもらおう。遠慮しないで二人がかりで一辺にかかってくるがいい」


 ビンビントリッキィは大袈裟な動作で胸を叩いて言った。


「むっかつく! そういう言い方したらアタシたちがズルしてるみたいじゃない」

「気にせず堂々と、二人がかりで、この俺様たった一人に! 隙を突いたりしながら来い、たとえ不利な戦いだろうと文句は言わず俺様は正面から受けて立つぜ」

「もういい、アタシ一人で行く!」

「冷静になりなさい。あんな安い挑発に乗っては思う壺ですわ!

 ツボにはまりまくりですわ!」


 ブランがルージュの腕をとって止める。

 ルージュは、その手を見ると、空いたもう片方の手でブランの手をつねり上げた。


「痛っ! なにするんです!」

「アタシはね、冷静になんてならないの。いつだって後先考えないで全力で戦うわ」

「そんなんじゃ、勝てませんわ! 決して勝てはしないのですわ!」

「かまわない。あなたがいるもの。アイツに絶望を思い知らせてあげる」


 まるで悪の幹部のように、ルージュは挑発するように指を揺らめかせる。


「もう仲間割れはおしまいか? 残念だなぁ、俺様はチミたちを買ってたのに。チミたちの仲の悪さは刺激的だったよ。他人を信じない、なによりも自分の目的を優先する、そのストレートな思いはどこにでもいるような凡百のヒーローとは一線を画していた。仲良しこよしの馴れ合いコンビなんて勘弁してくれ。友達作りやサークル活動の延長なら学校でやってればいい、そう思うだろ?」


 ビンビントリッキィはバカにするような表情で身体をくねらせながらブランに問いかけた。


「ええ、全くその通りです。私はこんな傲慢な人大嫌いですわ」


 ブランがビンビンとリッキィの言葉に同調する。


「なによっ!? せっかくちょっと認めてあげたのに! それはこっちのセリフだっての。いつも心の中で見下してるくせに真面目ぶって、外面だけいいだけのくせして」


 ルージュは振り向くとブランに食って掛かる。


「いいぞ、それだ。やればできるじゃないか。面白い見世物だ」

「だけどそんな性格の悪い相手でも、パートナーとしては最高なんですわ! ふっはっはっはっ。力を合わせて戦う、私たちは二人でフローラルキティンなのですから! ですから! ご一緒に」

「私も!?」

「はい、ご一緒に!」


「「ですから!」」


 ブランとルージュは声を合わせて言い放った。

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