秘密の告白に内在する、ある種の暴力性のようなもの

 初めてのお客さんの相手をする美容師さんのお話。
 現代ドラマです。時間にすればせいぜい小一時間程度、美容室の店内を舞台にした、客と美容師との小さな対話劇。人によって解釈に差が出そうというか、その解釈を言語化するのが難しくて、つまりどう言えばいいのか皆目見当もつきません。何度書いても語弊しかない感想になって、正直このままではどうにもならないのでもう諦めてそのまま書くのですけれど、これは日常と非日常の物語だと思いました。あるいは、侵食されるテリトリーのお話。
 どうにも誤解を招きそうというか、例えば物語の類型として「日常の中の非日常」なんて語があるのですが、でもそれとは少し違います。この類型がさすところの〝非日常〟はSFやファンタジー要素、つまり非現実という意味合いを含んでいることが多いと思うのですが、この作品の場合はあくまで〝ただ日常ではない〟という意味です。現実に起こりうる非日常。具体的には『殺人』というのがそれにあたります。
 初対面のちょっとやりにくいお客さんの、その突然ぶっちゃけてきた衝撃の告白。「自分は殺人者である」という自供。そこに対する主人公の反応というか、困惑や恐怖には大変共感できて、そしてこの主人公に共感させる構造こそがこの物語の本体というか、なにより大好きなところです。
 物語としてドラマ性を含んでいるのは、この『お客さん』の殺人という経験。しかしそれを彼自身の独白によって綴るのではなく、ただたまたま聞かされる羽目になった赤の他人のモノローグとして語る形式。
 その赤の他人であるところの主人公の、おそらくはいつも過ごしているであろう平和な日常。そこに突然叩きつけられた非日常、殺人という遠い世界の出来事はしかし、その客にとってはそのまま日常——とまでは言わないものの、でも日常生活の末に辿り着いたであろう現実であって、そしてその彼と主人公が同じ空間に同じ時間、同じ人間として相対していること。つまりこれは自分の保持していた日常が、他者の持ち込んだ非日常によって侵犯されるお話です。
 いつもの店を『物理的なテリトリー』とするなら、この『日常』というもの、現実の出来事に引いた「起こる/起こらない」の線引きはすなわち、精神的な領土のようなもの。朝イチで来店した不審な客は、そのまま主人公の認識の平穏を破壊する侵略者であって、畢竟そこに生ずることになる恐怖や困惑が、でも果たしてどのような結末を迎えたか?
 もうネタバレというか、ここまで描いた以上普通に核心を書いてしまいますが、結局何事もなく脅威は去ります。彼自身に別に侵略の意図はなく、なにより客である以上は用が済めば退店するのは普通のこと。日常は守られ、結局「何がなんだかわからなくて」という感想を抱いた主人公の、でも気づけば目からこぼれ落ちていた涙。自分では言語化できないながらも、でも彼女の中に確かに生じた涙の原因たる〝何か〟。それが何であるかはきっとひとことでは言えないというか、それゆえ「わからない」となるのでしょうけれど。でもその中身をつい考えてしまう、とても芯の太い物語でした。人によって受け取るものが違いそうな、つまりは思いのほか多くのものが語られているお話。考えさせてくれる物語はいい物語だと思います。