コンビニにて:第20話

子供の頃から私は結婚をしないと公言していた手前、誰にも云えずにいた事がある

それは他人に知られて困る話でもなければ聞いた人が喜んだり怒ったりする事のないどうでも良い話だった

ただ、ずっと結婚をしないと云い続けてきてしまっていたので口に出して話すのが小っ恥ずかしいだけで、特にそれで悩んだりしていた訳でもない


私の身体が子供を宿す準備を始めた頃からだった

順調に初潮を迎え体型にも変化が現れ出して自分の身体に子供を産んで育てる準備が整ってきていると実感し出した時期に、私の事を実の娘の様に可愛がってくれていた叔母が若くして亡くなった

自分の身体は種を遺す事が出来るのに、選択の余地なく子供を産めない雌の人間もいた事を思い出した

それは決して願望などとは程遠い物だったけど、子供を産んでも良いかなくらいには気持ちが傾いていた

それを後押しするかの様に、子供を産めるのに産まない選択をしている事に罪悪感の様な思いも見え隠れしていた


3年ぶりにお母さんに電話をした時に、お母さんが「どうしたの?」と云った真意を考えていた

「元気?」でも「久しぶり!」でも無かった事に私はちょっとだけ寂しさを覚えた

けど、もしもお母さんが「元気?」とか「久しぶり!」と云ったならと想像してみると、それは物凄く違和感のある物で、3年ぶりだろうが何だろうが娘からの電話には「どうしたの?」以外の応答は相応しくなかったとさえ思える様になった


口下手で、故に無口な私は紛れもなくお父さんの娘なんだなと思う

一方、明るくて前向きな性格のお母さんと私とは真逆な人格で、私は本当にお母さんの子供なのだろうかと疑いたくなるくらいだった

それが最近になって、特にお母さんとの短い電話の後にお母さんの事を考えていると私とお母さんとの共通点も見えてきた


私が3年もの間、実家に何の連絡もせずに東京で暮らしている事に、お母さんはきっと私の無事を確信していたんだと思う

だから「元気?」などと訊くのは空々しい

そして間違いなくお母さんは私の事を毎日考えて心配して思い出してくれていたのだと思う

直接会話はなくても、お母さんにとって私と云う存在は全く久しぶりではなかったんだとも思う

毎日顔を合わせていようが3年間も音信不通だろうが、母と娘の関係は絶対に変わる筈がないから

それで昨日も今日も、なんなら今さっきまでも私と一緒にいたかの様な感覚で「どうしたの?」と自然に口から出たのだと思うとしっくりくる


お母さんが食器洗浄機をプレゼントされた時にはさすがにビックリはした

だけど、私に物欲がないが故に気にもしていなかったけど、思えばお母さんが何か物を欲しがっているのを私は見た事がなかった

私に物欲が欠落しているのは、実はお母さんからの遺伝だったのかも知れない

そう考えると色んな出来事が腑に落ちた

そして自分の娘が自分と同じように物欲が欠落していると知ったなら、きっと問題視したに違いない


無地のシャツより高いであろうアニメのキャラクターがプリントされたシャツを買い与えて、それを一度も着る事なくハサミを入れて台無しにしてしまったなら、普通は小っ酷く叱られる筈だ

私がそのキャラクターを切り抜いて人形の様にして遊びたかったのだろうと勘違いしたお母さんはきっと、私にも「人形が欲しい」と云う物欲があるのではないかと秘かに期待をしたのだと思う

あの時のお母さんの表情は何故か嬉しそうだったのを薄らと覚えている


そしてサンタクロースから貰った人形をその日の内に近所の仔にあげてしまった時も、怒られたり叱られたりした訳ではなかった

悲しみと絶望感を混ぜた様な表情をした後、その近所の仔の家にお詫びして人形を返してもらいに出掛けた

お母さんにも物欲がなかったと考えると私はお母さんが物凄く私と近い人間だったんだなと思えてくる


とすると、やっぱりお母さんは物欲の無い私の気持ちを私が幼い頃からずっと理解して心配して見守っていてくれてたんだと気付いた

上京して3年目にして訪れたホームシックの様な感覚に、悲しくも寂しくもないのに何故か涙が出て来そうになった

泣いてしまったら何かに負けてしまう様な気がした


こんな時、東京の大人の女性は格好良く煙草を燻らすのだろう

そう思い立って私は冷蔵庫の上の煙草とライターに手を伸ばした

しわくちゃの煙草の箱の中に残っていた最後の1本を取り出して咥えると、私は空になった煙草の箱を握り潰して床に放り投げた


煙草に火を点けて一口目を吐き出した後、私はお母さんの口調を真似しながら声に出して呟いてみた


「どうしたの?」

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