コンビニにて:第8話

あの日はその冷凍車が納品に来るのがいつもより数分遅かったみたいで私が買い物を終えて店を出る時に冷凍車が到着した

特に慌てたり焦った素振りもなくいつものドライバーさんが降りてきてトラックの後方の大きな荷台の扉を開くのが見えた

「今日もあのドライバーさんの姿が見れた」と軽い安堵があったのは覚えてる


私は何の気なしに助手席側の窓から運転席の中を覗き込もうとした

助手席側の窓には明々としたコンビニの看板が反射して車内が全く見えなかった

車道に出て運転席側から覗き込めば中が見えると思った

私の知る限りドライバーさんは荷物の搬入でトラックの後方と店内とを少なくとも3往復はする筈だ

運転席側に回り込んでちょっと覗くくらい大丈夫だろうと思った


歩道と車道を遮る植え込みと柵を跨いでガードレールの切れ間からトラックの前方を回り込んで運転席側のドアの前まで来てはみたものの、窓の位置が思った以上に高くて車内を覗き込むコトは出来なかった

乗用車なら窓の外から車内なんて一望出来るのに

ハンドルとその脇にあるジュースホルダーしか視界に入ってこなかった

ジュースホルダーには缶コーヒーと煙草が挿してあった


「やっぱり、うるさいですよね?」


振り返ると納品作業中の筈のドライバーさんが、運転席を覗き込んでいた私に気付いてこっちに向かって歩いて来ていた

私に近づきながらこのトラックが冷凍車でエンジンを切ってしまうと商品が溶けてしまうからエンジンを切れないんだと云う説明をして、近隣の皆様に騒音でご迷惑をお掛けしているのは重々承知してるけど、出来る限り速やかに作業を終えて立ち去るから勘弁して欲しいと云う内容の、恐らくマニュアル通りの台詞を吐き

その後少しだけ砕けた口調になって、酔っぱらいやヤクザみたいな輩から絡まれた場合には直ぐにエンジンを切ってそいつが居なくなるのを待ってからエンジンを掛けるんだけどと続けた

「お姉さんよく見かけますから、ご近所さんですよね?話せばご理解いただけるかと思って・・・」


私はエンジン音がうるさいなどと苦情を云うツモリなんてサラサラ無かったし、運転席を覗き込んでいたコトを咎められるのではないかと怯えていたので、騒音の苦情ではないコトを伝えようと慌てて話題を変えてみた


「煙草・・・って美味しいんですか?」


恐らく予想だにしていなかったであろう私の返答にドライバーさんは固まった

トラックの騒音の話をしていたところに藪から棒に煙草って美味しいですか?は我ながら流石に突飛過ぎたなと反省すると同時に、以前コンビニの店内で駄目男くんに絡んでた酔っ払いを凄んで一蹴した時の彼の表情を思い出した

絶対に変なヤツだと思われたに違いない


お互いに次の一手が出せずに数秒間固まってしまった

恐らく数秒の間だったと思うけどその沈黙は長く感じた


「美味しいですよ、けど、煙草を吸っていないならお勧めはしません」


マスクで鼻から下は見えないけど、優しく微笑んでいるのはその眼差しから分かった

中学の頃に格好つけて煙草を吸い始めたものの、気付けば止められなくなっていたと話を続けて、事ある毎に禁煙もしたけど何をしてももう止められなくなってると話して、最後にもう一度念を押すようにまだ煙草を吸った事がないなら吸わない方が良いと云った


私はこれ以上会話を続ける自信もなく直ぐにでも消えたいと思った

私の方も騒音を咎めるツモリは無く、彼もまた運転席を覗き込んでいたコトを怒っているのでなければ、これ以上話をする必要もないだろうと思った


「ありがとう、おやすみなさい」


私はそう切り出しながら彼の前から立ち去ろうとした

「こっちは未明まで仕事でトラックを走らせてるけど、お姉さんはゆっくり休んでください」

彼の台詞の最後までハッキリと耳には入って来ていたけど、私は返事もせずに顔を背けたまんまその場を立ち去ってしまった


3階の自宅まで一目散に駆け上がり直ぐにベッドに潜り込んだ

しばらく心臓がバクバクと鳴っていたけど、ゆっくりと深呼吸を繰り返して呼吸を整えた


未明まで、お仕事頑張ってください

そう呟いて私はゆっくりと瞼を閉じた

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