コンビニにて

弥生

コンビニにて:第1話

東京に出て来てもう3年

変わり映えしない毎日がいつの間にか千日と云う月日を刻んでいた

特に夢があって上京したワケでもなく

ただ、継げる家業もなく大学に進学する頭もなく

ましてや専攻して学びたい道も見当たらなかったから


選り好みしなければ東京にだっていくらでも働き口なんてある

将来設計も出来ないダメな仔だと蔑まれようが微塵も痒くもない

年功序列・終身雇用制度・社会保険・賞与・有給休暇・福利厚生

高望みした結果が就職浪人

明日死ぬかも分からない己の老後に保険を掛けた所で何んの保証もないのに

無理して身の丈に合わない就職先にしがみついて時間に追われて気付けば天寿に追い込まれている

そんな人生を選ぶ方がよっぽど愚かだと思う


ひもじい思いをしない程度に食べるものがあって

表に出るのに充分な衣服と、それに毎日眠れる寝床があれば余計な物は要らない

贅沢は人の心を縛り付ける

それを失う事への恐怖心、延々と満たされる事なく膨らむ欲求


東京は地価が高い、つまり家賃が高い

その東京に住む事はある種のステータスのようだ

多くの若者が東京に夢を描き期待を抱きながら上京してくる

自分の稼ぎでは足りない分を親に仕送りしてもらってまで無理して高級なマンションに暮らす

偏ったイメージで想い描いた理想を追わなければ安い部屋もあるのに


現に私が住むワンルームマンションは職場の隣にある月極駐車場よりも安い

築年数は不明となっていたけど一応鉄筋コンクリートの7階建てだ

縦に細長い造りで、1フロア毎に1室しかない

つまりお隣さんがいない

7階建てなのにエレベーターがないのは玉に瑕だけど、私の借りている3階までの高さを毎日階段で登り降りするのは程好い運動だと思っている


建物の外部に設置されている非常階段のような鉄製のこの階段は他の階の住人と鉢合わせになった場合に擦れ違うのがやっとだと云う狭さだ

幸いにもこのボロい階段が鉄で出来ているため、誰かが登り降りしている時は部屋の中までその足音が聞こえる

そんな時は多少急いでいても玄関で靴を履いたまま耳を澄ましてその住人が部屋に入るまで息を潜めて待つようにしている


同じマンションに住んでいながらにして、この狭い階段で鉢合わせになってしまい擦れ違う際に、お互いに身体を横に向けてカニ歩きのようにして擦れ違うワケだけど

「失礼します」の一言もなければ挨拶すらない

大抵の場合は顔も伏せて目を反らしながら擦れ違う

東京と云う街はそう云う所だ


私は物欲がないオカゲで満たされていると感じている

時間的にも経済的にも不自由だと感じた事もこの3年間で殆んどなかったけど


ベッドと小さなクローゼットしかない狭いワンルームマンションでふと新たな欲求が芽生えてきた


そろそろ誰かと会話をしてみたい

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