街の景色とドリームロール

春嵐

第1話

 流れ着いたこの街。


 どうやってここへ来たかも、あんまり覚えてなかった。


 ただ、流れるように生きてきた。

 そして、一度だけ、流れに逆らって、今ここにいる。


「おなかすいたなあ」


 そういえば、お昼食べてないや。


 駅前を歩く。そこそこ大きな街みたいだけど、うろ覚えの社会の記憶にはなかった。政令指定都市ではない。たぶん。うろ覚えだけど。


 横断歩道の先にある、コンビニ。


 あそこで何か買って食べようかな。


 自動ドア。開く。


「いらっしゃいませ。ようこそコンビニエンスドリームロールへ」


 ドリームロール。聞いたことのない、変な名前。フランチャイズとかじゃないのかな。


 美味しそうなお菓子が、たくさん並んでいる。コンビニというより、スイーツショップなのかも。


 甘そうなお菓子をいくつか選んで、レジに持っていった。


「あ、お客さん、おなかすいてますね?」


 すいてますよ。コンビニで物買ってんですから。


「空腹が大きいときに甘いものはおすすめしません」


「そうですか」


 知るか。


「山さん」


 奥から、人が出てきた。山と言われるほど、大きいわけではない。ただ、雰囲気が、大きい。


「おにぎり、作ってもらえる?」


「何個ですか?」


「お客さん、何個たべます?」


「え、僕?」


 参ったな。変なお店に当たってしまった。監視カメラとかは無かったんだけど。


「そういうのいいんで。会計を」


「二個だな」


「四個です店長」


「うっそ」


 面倒になったので、会計をそのままにして店を出ようとした。


「あっ、ちょ、待って待って」


 レジ先から、袖を掴まれる。


「ちょっとだけ待って。ね。おにぎり。すぐできますから」


 店長と言われた女性。精一杯身を乗り出して、手を伸ばしている。未成年なんじゃないかというぐらいに、小さい。


 袖を振り払って、店の外に向かう。


 自動ドア。開かない。


 派手に、ぶつかってしまった。顔と額が、いたい。


「ははは。行かせんぞぉ」


 やばいお店に入ったかもしれない。


「山さん早くっ」


 警察に電話しようか。


 でも、電話したら。それはそれで、自分の身元を明かさないといけない。


「はい。できましたよ。とりあえず一個」


 山さんと呼ばれた男性が、お盆にひとつだけおにぎりを置いて持ってきた。


 おいしそうな、お米の匂い。


「えっ」


 今まで、お米の匂いを、気にしたことがなかった。お米って、こんなに美味しそうな香りするんだっけか。


「どうぞ」


 お盆が、差し出される。


 受け取って、手に持った。不思議な柔らかさ。握りつぶしてしまいそうな、そおっと大事に扱わないといけないような、そんな感触。


 口に、持っていって。


 食べる。


 涙が、出てきた。


 今まで、食べたことのない味。ただ、お米だけが、凝縮されて、ここにある。


「おいしい」


「えっ泣くほど?」


「ありがとうございます。喉に詰まらせるといけないので、お茶もどうぞ」


 山さんと呼ばれた男性。近くにあったお茶のペットボトルを、こちらに渡してくる。


 それで、気付いた。


「あっ、もしかして、お代」


「お代はわたしがいただきますよ」


 若い女性。こちらに、にじりよってくる。


「店長です。お代は、あなたの近況です」


「近況?」


「なんでこの街に来たか、どうしてここにいるのか」


 あっというまに、おにぎりがなくなってしまった。さっきまでおにぎりをさわっていた指を、舐める。指まで、おいしい。


「待っててください。あと三つ。食べますよね」


「はい。あの、お代はほんとに」


「喋るだけでいいですよ。そこの店長に」


「ありがと。山さん。もう上がっていいよ」


「久々の昼勤務だったんで、俺も話聞いていっていいですか」


「いい?」


 店長。こちらを見る。


「ええ。まあ」


 おにぎりを食べられるなら。なんでもいいか。それに、自分の身の上なんて。


「あ、ひとつだけ。僕がここでする話を、他の人にしたり、しないでもらえると」


「いいよいいよ。しないしない」


 だめか。ぜったい喋るな、この店長。


 奥から新たなおにぎりを持ってきた山さんという店員は、喋らないだろう。雰囲気が、そんな感じする。


 まあ、いいか。すぐこの街を出ればいいだけだ。


「今まで」


 おにぎりを食べながら、ゆっくりと、喋った。


「流されて、生きてきたんです。親の言うまま、学校の言うまま、仕事先の言うまま」


 おにぎり。2個目。鮭が入っていた。


「それが自分の、人生だと思ってました。なにひとつとして、自分で決めることのない人生」


 鮭の甘みと塩加減が、口いっぱいに広がる。


「おいしい」


 店長と山さん。こちらが食べ終わるのを、じっと、待っている。


「それで。顔も知らない女性と、結婚することになったんです。企業と親のコネで」


 三つ目。


 味を確認するまえに。なくなった。あまりに美味しすぎて、美味しいということしか、記憶に残らなかった。


「あ、あの。今のは」


「梅です。果肉を小さく切って、ごはんと混ぜました」


 梅。美味しいということしか、もはや分からない。美味しすぎて、味が分からないなんて。


「なんか、違うなって。急に、そう思って」


 最後のおにぎり。


 今度は、味わって食べよう。ゆっくり、口に運ぶ。


「え」


「山さん何入れたの?」


「サブレ」


 うそだ。


 柔らかいなかに、さくっとした食感。甘くない。


 味わって食べようと思ったのに。


 なくなった。


 さくさくの食感と、お米の甘さが、全身をまだ、駆け抜けている。永遠に、この状態を続けていたい。


「よかった。美味しかったみたいです店長」


「サブレ入れるのは、うん、びびる。さすが山さん」


 味が。消えていく。儚さと、優しい気分が、同時に込み上げてくる。


「あ、あれ。どこまで話しましたっけ」


「レールに敷かれた人生、あと見知らぬ女性との結婚が急にいやになったところまで」


 けっこう話したな。


「それで、家を飛び出して、今ここに至ります」


「えっ話の終わりも急なんだけど」


「えっ、説明不足でしたか?」


 喋れることなんて、これぐらいしかないんだけど。


「山さん」


「あなた、行方不明になったっていう、どこぞの一流企業の御曹司ですね」


「あっ」


 しまった。素性がばれてたか。立ち上がってドアの方に走る。


「逃げなくていいです。っていうか」


 自動ドア。開かない。


 派手に、ぶつかった。


「ドア開かないですから」


 顔と額がいたい。二回目。


「あなた意外とばかですね」


「そうみたいです。自分もここにきて初めて知りました。おにぎり食べて泣くぐらいですから」


「いや、山さんのおにぎりは、泣くよ。泣くほどうまいよ」


「店長のスイーツほどじゃないでしょう」


「僕は。逃げたいんです。とにかく。決められたものから。結婚とか、そういうのも、きっかけのひとつだっただけです、たぶん」


「へえ。それで一ヶ月も逃げられるんだから、すごい才能だ」


「普通に逃げてるだけです」


「今や警察が全国津々浦々を探し回ってるし、テレビとかでも報道されてるのに」


「知ってたんですね、やっぱり。僕のこと」


「いや、顔は知ってても、中身は知らないからねえ」


「うちの店長は、こういう人なんだ」


「観念します。どうぞ。どこへでも連れていってください」


「え?」


 店長。

 きょとんとした顔。


「話を聞きたかっただけ、だけど。私は」


「俺から、いいですか?」


「どうぞ」


 山さん。惹き込まれるような、眼。


「恋愛経験は?」


「恋愛経験」


「女性と付き合った経験です」


「無いです。大企業の御曹司なんで、なんか変な虫が付かないようにって、男子校でした。仕事場も全然」


「そうですか」


 自動ドア。開く音。


「店長。連れて来ました。あれ、山さんまだいる」


 女性が、ふたり。店に入ってくる。


「美田ちゃん、ナイスタイミング」


 その開いた自動ドアに、突っ込んだ。


 やっぱり、ぶつかる。三回目。


「この人が、ですか?」


「うん。そうなのよ美田ちゃん。この人が」


「いたた」


「逃げようとするからよ」


 差し出された誰かの手。握った。


「うわっべたべたする」


「あっごめんなさい。おにぎりを頂いてて」


「おにぎり?」


 美田ちゃんと呼ばれた女性ではない。

 名前が分からないほうの、女性。やさしく、笑う。


「はじめまして。お名前は、言わないでも、いいですか?」


「え?」


 目の前の女性。

 やさしく、こちらを見つめる。


「さ、私たちは行きましょう」


 店長。山さん。美田ちゃんと呼ばれた女性。


「ちょ、待って」


 三人とも、立ち上がった。


「ごゆっくりどうぞ。お菓子も置いとくから。自由に食べてね」


「クローズの札は出しときました」


 店の奥の方に、歩き去っていく。


「美田ちゃん、この前の彫刻はどうだった?」


「小ささが微妙かもしれないです。もうちょっと、大きいほうが」


「大きいやつか」


「それより、新しい風景画描いたので、見てってください」


「おっ。そいつは楽しみだ。美田風景画の新作」


 扉が閉じる音。


 見知らぬ女性と、ふたりきり。

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