24. 俺の家

 イーライはまず、俺に改造を終えた例のチップを寄越した。本人曰く、「そんなに変な風にいじったりしてないから時間はかからなかった」らしいが、それでもこいつの仕事の速さには驚かされる。

 そして本題。エドの助言を受けてからの、最終段階の作戦だ。まず、持っている中で一番フォーマルな服を身に着けて、店へ行く。そこで、一番安い受付嬢を注文し、チップを組み込んでほしい事を伝える。それから、それを大胆にもジャックの勤めるキュイハン社へ送ってもらう。もし店員に俺の素性を尋ねられたら、「自分はキュイハン社に勤める人間であり、受付に置いているロボットが壊れてしまったから、急ぎで注文しに来た」という旨を伝える。その嘘に信憑性を持たす為の、きっちりした服なのだ。

 そして後は、その受付嬢型ロボットに、チップに詰め込んだ指令を遂行してもらう、という訳だ。

「チップには何をやってもらうんだ?」

「そのまんまさ。キュイハン社のメインコンピューターに接続し、ちょっとばかりその仕組みをかき回してもらうんだよ」

「……まさに俺達がやられた事の仕返しだな」

 俺はチップをポケットに忍ばせてから、部屋を出ようとした。

「ジョン」

「何?」

「……戻って来いよ。絶対に」

「ああ、言われるまでもねえよ」

 例え、誰に何を言われようとも、ここが俺の家なんだから。


***


 二秒だけ店の前で息を整えてから、俺はロケットの如く走り出した。商店街を飛び出て、元来た道を辿っていく。おかしい。ロボットが一向に追ってこない。そろそろ指名手配され始めている頃だと思ったのだが、俺の杞憂だったのか、それとも俺の速さに付いて来れていないだけなのか。ともかく、今はありがたい事に変わりはない。

 足の感覚が麻痺しているようだ。いや、それだけじゃない。手も体も頭も、全ての機能が停止した気分だ。今の俺は最早ロボット――住み慣れたあの家へ、イーライの待つ家へ帰る為だけに、俺の全てが動いているような感覚だ。

 目抜き通りを走り抜け、いつだったか、ネイビー――エドとコーヒーを飲んだ喫茶店を通り過ぎ、地区の栄えた部分を後にする。

廃墟がようやく見えて来た時、俺の視界はほとんど霞んでいた。疲れからか、不安からもうすぐ解放されるであろう安心からか、それは分からない。しかし、神様は俺をそう簡単に家へ帰すつもりは無いらしい。駐車場跡に、まだロボット軍団がいたからだ。しかもここを出た時よりも数が多くなっている。道理で俺を追って来ない訳だ。先回りをしていたのだから。どうやら奴らは、俺が思っていたよりも、幾分かは賢いらしい。近付くにつれて、それらが口々に『違反』だの『政府へ通報する』だのと喚いているのが聞こえて来る。ロボット共はきっちりと一致団結し、俺の為に道を開けるつもりはさらさら無いようだ。対して俺は武器も持ってないし、こいつらをどかす術は無い。……ならば、強行突破するまでだ。

 少し後ずさりをして距離を取ってから、助走をつけて軍団へ突っ込んだ。自分達の邪魔をする犯罪者を捕まえようと躍起になって、ロボットが警告音を発しながら次から次へと進路に押し入って来るが、俺はそれらを蹴飛ばして、構わず走り続けた。イーライが待ってるから。

 不意に体が軽くなる。背後を振り返ると、自分の体がロボットの塊よりも外にいた。軍団から抜け出せた!一瞬呆気に取られたものの、大股で玄関へ駆け込み、のたのたとこちらへ向かって来るロボットたちを目にしながら、無我夢中で玄関の扉を閉めた。

「ジョン!」

 いつの間にか、イーライが玄関まで下りてきていたらしい。俺を押し倒さんばかりの勢いで飛びついて来たかと思うと、俺の肩をがっしり掴んで前後に揺らし、しきりに「良かった、良かった」と繰り返している。

「良くないんだなそれが、外にゃ政府のロボットがうじゃうじゃいるぜ」

「知ってるさ。今はそんな事、それほど重要じゃない」

 やけに声が上ずっているような気がする。……もしかしてこいつ、泣いてるのか?

「なあ、とりあえず、部屋に戻ろうや。こんな所じゃ、落ち着いてお喋りも出来やしない」

 イーライはこっくりと頷いて、共に疲れ切った足取りで三階の部屋へ戻った。

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