16. 冒険ごっこ

 脱線したり戻ったりを繰り返しつつ、作戦がまとまり始めた頃には既に十時を回っていた。漸く本調子が戻って来た感じがする――ベレスフォードも、俺も。立て続けに予想外のアクシデントが起こったせいで少しばかりナーバスになっていたが、あれしきの事でへこたれる俺達じゃない。俺達の思いは今や一つになっている――「今に見てろよ」。

 まず、ベレスフォードが例のチップを改造する。次に俺がオーダーメイドのロボットを注文し、業者にチップを送って組み立てる際に埋め込ませる。後はそのロボットを、何らかの理由を騙ってジャック・ベレスフォードに搬送させ、一体どんなニュースが世間を賑わせる事になるのかを楽しみに待つ。以上が、今晩の会議で決定した事だ。

ただ、この作戦は、ベレスフォードがチップを改造し終えるまで次の段階に進むことが出来ない。だから、ロボットを注文するのに必要な廃墟の回線が完全に死んでしまう前に、チップを完成させられるかどうかが肝になって来る。しかしベレスフォードは、自分の勝利を確信しているかのように、心配はいらないと言い切った。こいつがそう言うのなら、それは間違い無い事だ。数年間一緒に暮らしてきたから、それを実現させるだけの能力がある事はよく知っている。どのみち、俺達は作戦を成功させるし、させなければならない。

 イーライはチップを改造する為に、俺はとりあえず寝る為に、再びそれぞれの部屋へ戻った。

部屋のある五階へ向かうキュイハン製のエレベーターに乗っている間、唐突に心が沸き立つのを感じた――明日から、この自由の塊のような家とお別れするかもしれないというのに。そうだ、俺はこれを味わうために、ベレスフォードと暮らすことを決めたんだ。

 こんな気分は、昔――俺がまだガキだった頃以来だ。こんな風に心が躍って仕方が無かった事が、何度かある。俺と、あと二人くらい友達がいた。確か、一人は俺より年下で、もう一人は年上だった。何て名前だっけ……。俺を入れた三人で、しょっちゅう「冒険ごっこ」に勤しんだものだった。具体的な事はほとんど失念しているが、とにかく「楽しかった」という気持ちだけが記憶に強く刻まれている。……待てよ。最近、これとよく似た話を誰かから聞いたような――。

 これは――ネイビーの昔話そのまんまじゃないか。あの時のなんて事は無さそうだったおしゃべりが、何故こうも強く俺の頭の中にへばり付いている?

 そこまで思考を巡らせた頃には、俺は既に寝間着に着替えて、ベッドに横になっていた。部屋の明かりが、俺が就寝したと思い込んで自動でトーンを落としていく。俺の意識も就寝に備えて溶けつつあるが、脳は猛スピードで回転している。もう少しで何かが、繋がりそうで繋がらなかった何かが、漸く俺の中で一つになりそうな気がする。冒険ごっこ。いつも三人で、その内一人は、灰色の瞳を持っていた。……それは、サングラスを外したネイビーと同じ。ガキの俺にはよく分からなかった、「家の事情」。あいつのファミリーネームのせいで、あいつはいつでも苦しそうにしていた。


『ぼく、家に帰りたくないよ。また、お父さんに叱られるから』

 非情にも暮れていく夕焼けの中を、それぞれの家へ繋がる分岐点に着いてしまうまで、わざとゆっくりとした足取りで歩いていく。

『大丈夫だよ。それを我慢したら、また明日、僕達と会えるから』

 俺ではない、そこにいるもう一人の誰かが、優しく励ますように言った。辺りの風景が見慣れた街並みに切り替わっていく。別れの時が近い。

『ぼく、ジョンと、イーライと、一緒に暮らしたい。ずっと一緒にいたい」

 とうとう、三人の道が違える分岐点まで来てしまった。辺りが燃えるような赤に包まれる中、エドはしくしく泣いている。嗚咽交じりに何度も同じ言葉を繰り返していた。

『キュイハンの名前なんか――大っきらいだ』

そうだった。お前の名前は、エドモンド・キュイハン。

その後、俺の意識は闇の中へ落ちていくばかりだった。

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