第20話 霊障相談所

 ここはアトラスの冒険者ギルド。

 一階は酒場と併設されており、その奥の一画に先日、冒険者になったばかりのリオンとアリシアの姿があった。

 二人は、食事をとっているわけでもなく、なにかを待っているかのように二人仲良く横に並んで座っていた。


「ハア……来ねえな……」


「……あの、リオンさん? 本当にあれで来るんですか?」


「さあ、どうだろうな。どうせいまは試しにやっているだけだし、そう気張らなくていいんだぞ」


「そうは言っても……」


 リオンの言葉に納得いかないアリシアは、ため息をこぼしながら掲示板に貼ってある紙に目をやる。

 掲示板には、多くの依頼書が貼られているが、もう時刻は昼過ぎ。

 受注のためにほとんどの依頼書がはがされている中、いまだ残っている依頼書が残っていた。


 それには、こう書かれている。


『レイス、またはアンデッド関連でお悩みの方は冒険者リオンのもとまで。依頼料に関しては要相談。依頼の大小関わらず誠心誠意、解決してみせます』


 などという短文ながらも言いたいことがハッキリとした文面が掲示板に張られている。


 実はこの張り紙は、リオンがギルドに申請して貼ってもらったもの。

 きっかけは、初めてギルドに訪れたときに治癒術士がギルドの一画を借りて治療院の出張所みたいなものを開いていたところを見て思いついたのだった。


 それに倣って、リオンもアンデッド関連の相談所を開いてみた。

 元々、冒険者としてまだ稼ぎが少ないので副業感覚で開いたものであり、死霊術師としてこれなら自信をもって処理できるという理由でこのような相談所を設けていた。

 しかし、新人冒険者のもとに依頼が来るはずもなく、朝からあの張り紙が張りだされてからというもの閑古鳥が鳴り続け、暇を持て余していた。


「そもそも、あんな限られた条件の中で本当に依頼をしに来る人なんているんでしょうか?」


「それは大丈夫じゃないか。アトラスの近くには遺跡がたくさんあるから、そういうところには大抵、レイスやアンデッド系の魔物がうようよいるだろう。現にギルドが出している依頼にもそれ系の討伐依頼があるから待ってれば多分来るだろうよ」


「い、いつのまに……。リオンさんの言い分は分かりますが、私たちみたいな新人冒険者のところにわざわざ依頼をしに来る人なんて本当にいるんでしょうか? せめて宣伝くらいは……」


「そうだな……。依頼さえ来てくれればあとは口コミでなんとかなるんだけどな……」


 そんな中、ふとリオンは前世でもこんなことがあったなと思い出していた。

 生まれつき幽霊が視えるせいでいろいろと辛いことがあったが、大人になるにつれてこの能力を金儲けに使ってやろうと考えるようになり、霊媒師としての道を歩むようになった。


 そのときも事務所をかまえてみたものの客などさっぱり来ないので、いまの状況と酷似しており、思わず笑ってしまいそうになる。


「リオンさん、なにがおかしいんですか?」


 思い出し笑いをしているのがアリシアにバレたらしく、機嫌が悪そうに顔をしかめている。


「悪い悪い。でも、安心しろ。俺に考えがある」


「本当ですか……?」


「ああ、俺の予想じゃあそろそろお客さんが来るみたいだぜ」


「……はあ」


 リオンの妄言に言い返す気力すらないアリシアは、静かにため息をこぼしていた。

 しかししばらくすると、


「オウオウ、少しいいか? 兄ちゃんたち?」


「……え?」


 リオンの予言通り、訪ねてくる者が現れた。

 大柄で無精ひげを生やした少々ガラの悪い男だが、リオンたちにとっては初めての依頼人だった。


「ようこそ、リオン霊障相談所へ。本日はどういったご用件でしょうか?」


 リオンは、前世で培った営業スマイルを男に見せながら接客を始める。


「……なにもねえよ。ただの冷やかしだ」


「っ! あ、あなたね……」


 堂々と冷やかし宣言をした男は、持っていた酒をグイッと喉に流し込む。

 そんな男の態度に珍しくアリシアが怒りをあらわにしていた。


「アリシア、落ち着け」


「だってリオンさん! こんなの見過ごせないじゃないですか!」


「いいや、これも俺の予想通りだ」


「……え?」


 リオンの意味深な発言に頭を傾げるアリシアをよそに、リオンはガラの悪い男に再び営業スマイルを向ける。


「冷やかしとはどういうことでしょうか? わたくしたちはなにもおふざけでこのようなものを開いているわけではないので、できればお帰りいただけないでしょうか?」


「バーカ! 昼間っから飲んでいるときにこんなオモシロそうなものがあるんだぜ。冷やかしてくださいって言っているようなものだろう」


 男はそこで言葉をいったん止め、再度酒を飲んでから話を続ける。


「いいか、冒険者の先輩として忠告しておく。オマエらみたいな駆け出しにだれが依頼してくるものか。身の程を知りやがれ。……だいたいなんだ? この紙は?」


 そう言いながら男は、掲示板に貼ってあった張り紙をリオンたちに見せつけた。


「こんなもんでオマエみたいなところに依頼するバカなんていねえだろう。そんなことしているヒマがあるんならそこの姉ちゃん」


「……え? 私……ですか?」


「そこのバカにかまってねえでオレと一緒に酒でも飲まねえか?」


「お、お断りします!」


 酔っ払いと化した男にアリシアが困り果てている間、リオンは静観したまま悪巧みを考えていた。


(このままじゃあ収拾がつかなそうだし、そろそろいいかな。こいつには悪いが、俺たちのために広告塔になってもらうとするか)


「申し訳ありませんが、うちの助手にちょっかいかけないでもらえますか?」


「ハア? なに言ってやがる」


「まあまあ、落ち着いてください。それほど俺の実力に不安があるなら実際に診てみますか? いまなら無料でしますよ」


「ハッ! 興味ねえな」


「そうですね、さっきから気になっていましたがどうやらあなたには悪霊が憑りついていますね」


「……ハ?」


「……リ、リオンさん?」


 リオンの言葉に冷やかしに来た男はもちろん、アリシアも同じように目を丸くしていた。


「ちなみにウソではありませんよ。あなたの後ろに霊が憑りついている姿が私には視えます。それはもう、ピッタリと」


 男の後ろを指差しながらリオンはそう宣告する。

 突然のことに、さすがの男も怖気づいたのか、徐々に青ざめた顔色へと変化していく。


「デ、デタラメ言ってんじゃねえよ! そ、そんなの信じるもんか!」


「いいえ、私には視えます。黒く禍々しいオーラを漂わせながらあなたに憑りついていますよ。もしかしたら最近、体が重くなったり、幻聴が聞こえたりしませんか?」


「そ、そんなこと……いや、幻聴はともかく体がダルいときはあるが……そ、それでもそいつと関係あるわけねえだろう。たんに体調が悪いだけかもしれねえし!」


「なるほど……あくまでも認めないつもりですね」


 リオンは落胆したようにため息をつきながら影の中から一冊の本を取り出す。


(……あれ? あの本はもしかして……)


 どう考えても見覚えのある本が目に入り、アリシアは小首を傾げた。

 リオンは、その本をパラパラとめくりながら男に再度問いかける。


「本当にそうでしょうか? よく考えてみてください。もしかしたら知らず知らずのうちに死者の魂を傷付けるような行いをしたのかもしれません。早く対処しないと体調不良だけでは済まないかもしれませんよ」


「テ、テメエ! そう言ってオレをダマそうとしたって……ヒイッ!?」


 話の途中で突然男は、小さな悲鳴を上げた。

 そして、ばっと後ろを振り返りながらだれかいないか確認するような動作を取り始めた。


「……もしかしたらついに幻聴が聞こえましたか? 私でよければ除霊をしましょうか?」


「ふ、ふざけんじゃねえ! こ、こんなものただの気のせいだ……。ち、ちなみにだが……除霊っていうのはすぐに終わるのか?」


(……かかった)


 予想通りの展開に思わずリオンの口角が上に上がった。


「私の力であれば数分ほどで終わりますよ。……ですが、あなたに憑りついている霊は少々厄介なので料金も高くなりますが、構いませんよね?」


「な、なに言ってやがる!? さっきタダでやるって言ってただろう!」


「あれは診るだけのことを無料と言っただけで除霊に関しては当然、料金が発生しますよ」


「あ、足元を見やがって……だいたいこうなったのも全部テメエのせいだろ!」


「言いがかりはよしてくださいよ。駆け出しの俺が先輩であるお客様に対して、そんなことできるはずがないじゃないですか? それともお客様は、駆け出しの俺に足元をすくわれるほどの実力差があるとでもおっしゃりたいのですか?」


「……くっ! もういい! テメエに頼まなくてもこの街には教会があるんだ! 残念だったな!」


 そう言い残して男は、憤慨したままギルドを出てしまった。

 男の姿が見えなくなったところでアリシアは、呆れたようにため息をこぼしながらリオンに問い詰める。


「リオンさん……なにかしましたね?」


「さあ、なんのことやら」


「とぼけないでください。そんな本を取り出して、なにかしたって言っているようなものですよ」


 リオンが手にしているのは、つい先日、リオンから見せてもらった死者の魂を封印している魔道書。

 それをわざわざ取り出したのを見てアリシアは嫌な予感しかしていなかった。


「まあ正直に言うと、この本にいる魂を解放させてあの男に憑りつかせたんだよ」


「それじゃあ、さっきのは全部自作自演ってことですか?」


「予想通りちょうどいいカモが現れたんで少しばかり利用させてもらっただけだよ」


 悪びれもせずに言ってのけるリオンに、アリシアは呆れてものも言えずにいた。


「……でも、どうするんですか? あの人、教会に行ってしまったんですよ。教会に行けば聖職者プリーストもいることですし、せっかく憑りつかせた魂も浄化させられてしまうかもしれませんよ」


「……大丈夫だろう。この街の聖職者がどれほどの力があるか分からんが、あいつに憑りつかせたのはかなり強力な悪霊だ。そう簡単に除霊はできないと思うぜ」


「……リオンさんって、ホント性格悪いですよね」


「自分でも自覚している。……まあ、なにはともあれ、明日になれば分かることだ。今日はこの辺にして低報酬の依頼でも受けるとするか」


「……そうですね。いまは少しでも稼がないといけませんしね」


 リオンの言葉をきっかけに霊障相談所はお開きとなった。

 明日の結果を楽しみにしながらリオンたちは、掲示板へと足を運ぶのであった。

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