第14話 意外な特技

「《インフェルノ》」


 勢いよく駆け出したリオンは、ゴブリンたちが集まっている場所目掛けて、大玉の火球を放った。


「グルアアアアアアァッ!」


 リオンの魔法は直撃し、ゴブリンは獣のような悲鳴を上げていた。


(先制攻撃は成功のよう……ん?)


 そう思ったが、炎に包まれているゴブリンになにやら違和感を覚えていた。


「あれ? あのゴブリン……なんだかでかくないか?」


 魔法を喰らったゴブリンは先ほど倒したものより倍以上に大きかった。

 しかも、そのゴブリンを見ていると、リオンはある既視感も覚えるようになっていた。


「う、うそ……なんで?」


「……アリシア?」


「大変です! リ、リオンさん……あれはホブゴブリンです!」


 ゴブリンの正体に気付いたアリシアは、すぐさまリオンに向かって叫ぶように言った。


「ああ、やっぱり……。なんか見覚えがあると思ったんだよな」


「依頼書にはホブゴブリンがいるなんて書かれていなかったのに……」


「なにボーっとしてんだよ! 無駄口なら後にして構えておけ。どうやら向こうはあの程度じゃ倒れてくれないみたいだからな」


 リオンが放ったインフェルノによってホブゴブリンは火だるま状態になっていたが、床や外壁に身体をぶつけることですっかり鎮火してしまった。

 ホブゴブリンも、熱さに悲鳴を上げているだけでまだまだ動ける様子だった。


(それなりに魔力を込めて撃ったのにな……。たんに威力が足らなかっただけか……それとも、魔法に耐性でもあるのか?)


 冷静に状況を分析しながらリオンは次の一手を考える。


「……よし、もう少し接近してみるか?」


 いったん距離を詰めることにしたリオンは、接近戦にも備えて腰に携えた刀に手を伸ばそうとするが、周囲の状況を見てその手を止める。


(ここで刀はやめておくか。一応、振れる程度の広さはあるが、戦いになったらおそらく壁にぶつかる可能性もあるからな……。まあ、いざとなったらこれでいけばいいか)


 一度、自分の拳を見つめながらリオンは、前へと駆けだした。


「次は数で勝負するか。……ガスト――っ!?」


 魔法を唱えようとした瞬間、大きなホブゴブリンの身体の後ろから魔力の弾丸が数発飛んできた。


(マ、マズい!?)


 詠唱途中の上、少しばかり油断していたせいでほんの一瞬気付くのが遅れてしまった。

 ここから障壁を張ることもできず、あの数では避けることも難しい。


 甘んじて受けることにしようと、リオンが諦めようとしたとき、


「リオンさん! そのまま行ってください!」


「っ!?」


 突如、後ろから聞こえてきたアリシアの声にリオンは思わず振り返りそうになる。

 そんな中、魔力弾はリオンに襲い掛かるように飛来し、直撃かと思いきや、


「《シールド》!」


「なっ!?」


 リオンの前に透明な壁が出現し、魔力弾から守ってくれた。

 突然起きた出来事に、驚きの顔を見せながらも好機と思い、こちらも魔法を放った。


「《ガスト・ショット》!」


 前方に風の弾を複数出現させ、それを弾丸のようにホブゴブリンへと飛ばした。


「ガアアアァァッ!」


 どこからともなく取り出した棍棒を振り回し、風の弾丸に対抗する。


「グルルッ!? ガアッ!」


 何発かは弾き飛ばしたが、やはりすべて捌ききれず、ホブゴブリンに直撃した。


 またダメージを与えられたことに本来なら喜ぶところなのだが、先ほど信じられないものを見てしまい、リオンはそれどころではなかった。


「オ、オイ、アリシア! なんだ今のは?」


「え? な、なにがですか?」


「お前さっき、どうやって俺の前にシールド出したんだ?」


「ええ、普通に出しましたが……?」


「い、いや……普通そんなことできないんだぞ」


 シールドといった防御魔法のほとんどは、術者本人の前やそれ以外の対象者の前などそのため出現場所が固定されている。アリシアのように任意の場所に出現させることはできないはず。

 しかし、アリシアはそれを当たり前のように狙って出現していた。


 リオンすらできない防御魔法の使い方についてアリシアを問いただそうとするが、


「そんなことより、いまは向こうに集中してください」


 ゴブリン討伐に集中するよう促されてしまい、聞ける雰囲気ではなくなった。

 リオンは、知りたい衝動を抑えつつ、ゴブリンのほうに再び体を向ける。


 すると、ホブゴブリンの後ろから二体のゴブリンが現れた。

 一体は普通のゴブリンと同じだが、首元にスカーフを巻いており、弓矢を装備している。もう一体も大きさは普通のゴブリンと同じだが、魔法使いのローブを身に纏い、杖を所持していた。


「あれは……ゴブリンアーチャーにゴブリンメイジか?」


「リオンさん、ゴブリンメイジには気を付けてください。個体によっては多種多様な魔法を扱うので、ホブゴブリンよりも厄介かもしれません」


「なるほどな……。最初の攻撃であのゴブリンを倒せなかったのは、あいつのせいか」


 そう納得していると、ゴブリンメイジがホブゴブリンに対して魔法をかけ始めていた。

 ホブゴブリンの身体が発光したかと思いきや、先ほどリオンの魔法によって受けた傷がみるみるうちに塞がっていく。


「あいつ、回復魔法まで使えるのかよ」


 以前、暮らしていた森の中で遭遇したゴブリンメイジも回復魔法を使っていたが、それはその森が特殊なだけで普通は使えないとタカを括っていたため驚きを隠せずにいた。


「まずは、後ろの厄介な奴らから倒した方がいいな」


 このまま向こうの好きにさせてしまっては、相手の有利にしてしまうと考え、リオンは後ろの二体に狙いを絞る。


「《ガスト・ショット》」


 もう一度、風の弾丸を出現させ、今度はホブゴブリンの背後にいる二体に集中して放った。


「グルアアアッ!」


 ゴブリンメイジが雄叫びを上げながら広範囲にかけて味方を守るバリアを張り、リオンの魔法が防がれてしまった。


「防がれたか……。アリシア! となると、あれで!」


 なにかを決心したリオンは、前へと走り出し、さらに距離を詰めていく。

 それに対して、ゴブリンアーチャーとゴブリンメイジの遠距離攻撃組がそれを阻止しようと、攻撃してくる。


「させません!」


 アリシアはリオンの前に障壁を張り、こちらもゴブリンたちの攻撃を防いでいく。


(この障壁、俺が移動しても付いてくるのか。……これなら戦闘も楽になる)


 アリシアの盾にまた感心しながらリオンは攻撃に出る。


「お前ら邪魔だ! 《魂爆》!」


 ゴブリンたちに向けてそう言った直後、


「ギャアッ!」


「グアッ!」


 後ろにいる二体のゴブリンの前で小さな爆発が発生し、ゴブリンたちが悲鳴を上げている。


「まずは二体」


 爆発に気を取られている内に三度、『ガスト・ショット』を放ち、二体のゴブリンを始末した。

 ホブゴブリンは、突然起きたことにひるんでいる様子を見せているが、リオンには関係のないこと。


 一気に距離を詰め、接近戦に入る。


「グルアアアッ!」


 ようやく接近しているリオンに気付いたホブゴブリンは、慌てて棍棒を振り回し、リオンに攻撃する。


「フンッ!」


 ホブゴブリンから繰り出される攻撃を見切りながら躱していく。

 そして、横に捻るように蹴りだされた回し蹴りがホブゴブリンの腕に直撃し、その痛みで思わず振り回していた棍棒から手を放してしまった。


「オラァ!」


 ガラ空きとなったホブゴブリンの身体に間髪入れず、拳を連打する。

 ホブゴブリンは、苦痛の表情を見せるが、それほど効いていないのか、まだまだ耐えられる様子だった。


(もう少し力を入れたほうがよかったかな……。まあ、いいか。……これで終わりだからな)


 するとリオンは、攻撃の手を止め、少しだけホブゴブリンから距離を空ける。

 その後、すべての力を右腕に込めるような動きを取るよ、


「終わりだ……。《ソウル・バイト》」


 槍の突きのように拳をホブゴブリンの心臓部分に突き刺す。


「ガアッ!?」


 ホブゴブリンは短い悲鳴を上げ、自分の胸元に視線を落とすと、リオンの腕がホブゴブリンの体を貫通していた。

 ホブゴブリンを突き刺し、向こう側に貫通したリオンの手にはホブゴブリンの心臓が握られていた。


「……っ!」


 リオンは、ホブゴブリンからもぎ取った心臓を容赦なく握りつぶし、ゆっくりと腕を引き戻す。

 引き戻された腕には血がべっとりと付いており、支えを失ったホブゴブリンが膝から崩れ落ちた。


 最後の勝負はほんの数分で終わり、見事リオンたちはゴブリンに勝利した。


「さてと、討伐証明のためにゴブリンたちから部位を切り取って帰るか」


「……ハッ、そ、そうですね。……あ、でもそれ以外の部分も素材として換金してくれるので死体は持ち帰った方がいいかもしれませんね」


「……それもそうだな。それじゃあこいつらは仕舞っとくか」


 そう言って、ゴブリンの死体を影の収納空間へと入れていく。


「ここのは全部終わりだな。残りのゴブリンも回収しつつギルドに戻るか……アリシア」


「はい!」


 元気に返事をしたアリシアとともにリオンたちは、ゴブリンの死体を回収しながら洞窟から出ていく。

 その道中、リオンは先ほどの戦闘で気になっていたことをアリシアに投げかける。


「そういえばアリシア? さっきの障壁なんだが……」


「……はい?」


「ああいうのって誰でもできることなのか?」


 リオンが知らなかっただけで、実は防御魔法を飛ばすことは誰にでもできることなのかもしれない。

 そんな考えを持ちながら質問すると、アリシアから予想とは違う答えが返ってきた。


「……どうでしょうか? 他の人のなんか見たこともありませんし、初めて人前で使ったので……。私自身、こうしたほうが戦いやすくなると思って術式に手を加えてみたのでだれにもできるかどうかと言われても……」


「……? つまり、誰かに教えてもらうわけでもなく、自分で思いついてさっきみたいなことができるようになったのか?」


「そうですね。攻撃が全然ダメだったのでせめてそれ以外を極めようと思ったら、いつのまにかさっきみたいに障壁を移動させることができるようになりました」


「……」


 平然と言ってのけるアリシアにリオンは呆気に取られていた。

 既存の魔法術式に手を加えることは、簡単そうに見えて実は難しい。

 リオンも経験があり、失敗したこともあるためその難しさは痛いほどわかる。


 そんなやり取りをしていると、前方に明かりが見えてくる。

 どうやら出口が見えてきたようだ。


「あっ! リオンさん、見てください。出口ですよ」


「ああ、そうだな。……っ!?」


 出口へと向かう途中、リオンが放った魔力探知から複数の反応が現れた。


「アリシア、待て! 出口の外になにかいるぞ」


「……え?」


 魔力探知に引っかかったのは計十名。

 いずれもこの洞窟周辺を取り囲むような配置だった。


「誰かが待ち伏せしているようだな……」


「で、でも……ダンジョンでもあるまいし、この洞窟にはゴブリン以外、なにもありませんでしたよ」


「もしかしたら狙いは俺らかもしれないな……」


「……分かりました。念のためリオンさんに強化魔法を掛けておきますね」


 一瞬で状況を把握したアリシアは、これから来るであろう戦いに向けて準備する。

 そして、準備ができたところでリオンたちは意を決して洞窟から出ることにした。

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