第11話「あ、あのう。あたし、もういいですか──?」

 影の無い人間のことを、「半欠け」と呼ぶらしい。


 でもって、何を隠そうこのわたし、如月美沙樹もその一員だったりする。一年前、薫子と出逢ったあの日。暴漢に襲われた薫子を助けようとして、わたしは刺し殺されたのだ。


 けど、どういう訳だか死に切れず、「半欠け」としてわたしは今も生きている。何故? という疑問を常に、胸の奥底に抱えながら。



 以上、要点をわたしなりにまとめてみた。要点ってか粗筋? こうしてまとめてみると、何だかまともなお話のように見えるから不思議だ。


 ……まあ、実際は。例によって例の如く、上記の基本設定など欠片も活かされていない、ぐだぐだなエピソードが続いていく訳なのだが──って、言ってて何か空しくなって来たよわたし。まとめた意味無いじゃん。



「普通に考えたらよ? わたしの役回りって悲劇のヒロインそのものな訳よ。だって半分死んでる訳だし、これからどうなるか分からないし。消滅の危機とかだってあるかも知れない。客観的に考えて、こうして落ち着き払ってお茶なんか飲んでる場合じゃないよわたし。あーもう、何でこんなに緊張感が無いんだろー?」


 ずずずずず。言うだけ言って喉が疲れて来たので、わざと音を立ててコーヒーを啜るわたし。何だかとっても暇人ゴーイングマイウェイ。そう、わたしは暇なんだ。だから基本設定とか割とどうでも良いことについて、今更のように振り返ってみたんだった。


「もー。また美沙樹ちゃんはそういうこと言うー。駄目だよ、現在の自分を卑下しちゃあ」


 ちゅー。でもってこちらはメロンソーダを美味しそうに飲む薫子たんと来たもんだ。全くもう、どうしてそんなにいちいち仕草が可愛らしいんだよ君は!


「わたしは、今の美沙樹ちゃんが好きだよー?」

「ふっ、気軽に好き好きって言わないでもらいたいわね? どうせ友達としての『好き』なんでしょ?」

「あたりまえだのくらっかぁ、だよっ」

「古っ!? でもそんなあなたに萌えっ!」


 今日も今日とて喫茶店「Choko De Chip」。社会的にどうでも良い事柄について長時間語り合うのに、これ程うってつけの場所は無いだろう。


「けどさ、冷静に考えてみなよ薫子。もしよ? もしわたしが、明日消えてしまうとして──」

「無い無い。そんなこと絶対無い。美沙樹ちゃんみたいに『濃い』ヒトが、そんな簡単に消えちゃう訳無いじゃない。

 あ、次何飲もー? 確かこのお店ってドリンクバー無かったよね?」

「いやだから、もしもの話だって。仮にわたしが明日消えちゃう運命だったとして、薫子はどうする? 恋人、じゃない、親友として君はどうするかね?」

「あ、店員さーん。イチゴミルクパフェくださーい」


 ……え? もしかして今、軽く流された?


 つーかあんたそれ、飲み物じゃないじゃん。てか、よりによって爽やか系のメロンソーダの次にそんな濃いモノを頼むなんて、命知らずも良い所ね。太っても知らないわよ? まあ、あんたの場合贅肉は全部胸に吸収されるんだろうけどね!?


「………」


 色々と言いたいことはあった。最近わたしに対する薫子の態度が冷たいというか酷く素っ気無いことにも、薄々とは気付いていた。けど、わたしは敢えて何も言わなかった。


 その代わり、と言っては何だけど。たまたま近くを通りかかった、金髪ゴスロリウェイトレスさんのお尻をさわさわしておいた。あーこの感触たまらんわー。自分の触ってもちっとも面白くないけど、何でこんなに他人のを触るのは気持ち良いんだろう? はい、堪能しまちた。


「薫子、あんた。さては、好きなヒトができたでしょう?」

「あの、美沙樹ちゃん? その質問をする前に、謝らなきゃいけないことがあるんじゃないかな? ……と思うんだけど」

「へ──?」


 薫子の言葉に、わたしはふと我に返り。


「はうううう」


 割れたお皿とぶちまけられた料理の下敷きになってうめいている、この店ナンバーワンのウェイトレスさんの姿を目にした。何と言うか、無様だ。無様だけど、スープやら何やらで汚れた制服というモノは、何だかとってもえっちくて好きだ。


 とはいえ。萌えに萌えながらもわたしは、冷静にツッコむことを忘れていなかった。


「何やってんのアンタは!? 倒れる時はお尻を立てて四つん這いに、ってあれ程言ったでしょうが!? 分かってない、何にも分かってないわよアンタ!」

「ええっ、ツッコむトコそこなのっ!? ……とか言ってあげた方が良いのかな、この場合」


 ナイス薫子! でもそのツッコミは、何だかとっても切ないぞ? とか思いながらわたしは、ウェイトレスさんのスカートの中身をまさぐる。ふむふむ、なるほど。


「良かったわね。パンツまでは濡れてなかったわ! でも紐パンは何だかとってもやらしいゾ?」

「あはは、美沙樹ちゃんてば、セクハラで訴えられても知らないよー?」


 今回の被害者が自分ではないことで安心しているのか、微笑みを浮かべる余裕すら見せる薫子。てめーこのやろー調子に乗っていられんのも今の内よー。


「喰らえ白濁液!」

「かうんたー・ぜろ」

「何ぃぃぃぃっ!?」


 汁ぶっかけ地獄の再現とばかりに(こんなこともあろうかと予め注文しておいた)、グラス入りの牛乳をぶちまけるわたしに対し──薫子は倒れたままのウェイトレスさんからぶん取った、お盆を盾に身構えた! 馬鹿な、見透かされていたというのかっ……!?


「ふふん、甘いよ美沙樹ちゃん。わたしに同じ手は二度と通用しないんだから」


 くっ。やはり薫子、侮れない! かたやウェイトレスさんは、わたしの攻撃をモロに喰らいながらも健気に耐え続けているというのにっ!


「悔しいけれど、今日の所はわたしの負けのようね。だけどわたしに二度の敗北はありえない。首を洗って待ってなさい! 次こそ必ず、あなたの顔射写真を──撮るッッ!!!」

「あ、あのう。あたし、もういいですか──?」


 ぐわしぐわし。


「……ひゃうっ!?」

「ま、今日はこの娘が居るしねー。にゃはははは、マリアたん元気にしてまちたかー? あなたのご主人様が帰って参りましてよ、おほほほほ」


 華麗に笑ってウェイトレスさんのお尻を引っぱたくと、痛かったのか彼女は涙声で「にゃー」と鳴いた。


 そう。お尻が弱いこの娘こそ、喫茶店「Choko De Chip」の看板娘さんにしてわたしの下僕第一号、マリアたんなのである! 金髪ゴスロリっ娘萌えのそこのあなた! お一ついかがですか? 安くしときますよっ、ぐへへへへ。


「ご、ご主人様。あたし、もう行かないとーマスターに怒られちゃいますぅ。はわわわ」

「けっ。あんなオヤジが何だっつーの。それとも何? アンタはわたしよりあのおっさんの方が大事な訳? 飼い慣らされてすっかりチ●ポ狂いになっちまったのかよこの雌犬がっ!」


 べちん。力の限りにマリアたんのお尻を叩く、叩く、叩く。痣になったって知るもんか。手形が残るくらい恥ずかしい目に遭わせてやる。


「きゃいんっ!? ご、ごめんなさい! 行かないとお仕置きされちゃうんですぅー」

「お仕置き? されれば良いじゃないの。その敏感な陰部を曝け出して、乱暴に弄ばれるが良いわ。あなたにとってはそれが、至福の悦びなのだから」

「嫌、嫌ですそんなぁっ! あ、あたしは、美沙樹お姉様だから……ご主人様だから、いいのぉっ……!」


 くぅーん。すっかり犬になりきっているのか、切ない鳴き声を上げてわたしに擦り寄って来るマリア。


 うーん。今一つ、面白くない。どうもこの娘、自分の立場というものを良く分かっていないようだ。


「下僕の分際で、何を言っているのかしら? アンタに主人を選ぶ権利なんて無いのよ、こら離れなさい馬鹿!」


 てややー。中国拳法を取り入れた連撃が、容易くマリアを吹っ飛ばす。さすがにこの攻撃はかわせなかったか──いや。


「ああっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!!」


 敢えて、かわさず全て受け止めた、のか? ちぃっ! 真性のマゾっ娘には逆効果だったか! ならばっ。


「罰を与えているのに何を感じているのかしらこの娘はっ! この淫乱っ、淫乱娘っ!」


 どかばきずこがしゃあ! 気合と共にわたしは、防御も回避も不可能な必殺拳、九●龍閃を叩き込む! 全身の急所への同時攻撃、常人ならば、これで九回は死んでいる!


「うへへへへ。ご主人様ぁ」


 が──吹っ飛ばされ続けてなお、それでもマリアは、わたしを求めて這い寄って来る。ずるずる、ずるずる。もう何か半分生ける屍状態だ。怖っ、ちょっと何そのとろんとした目付きはっ! 超怖っ!


「まりあ、こんなんなっちゃいましたぁ。えへへ、ご主人様ぁ……えっちなまりあに、もっともっと、お仕置きしてくらはぁい」


 ああ、本当ならここで、「足を舐めろ」とか言わなきゃいけないんだろうなあ。


「ごめん、マリア。わたしもう、我慢できない」

「ごしゅじんさ──」

「怖過ぎるのよアンタはぁっ!」


 ずぶぁ。恍惚の笑みを浮かべ、涎を垂らすマリアの顔面に。わたしの渾身の踵落としが、見事に極(キ)まったのだった。


「きゅー」


 とてん。奇声を発して倒れるマリア。噴出す鼻血はわたしの蹴りによるダメージか、それとも別の要因によるものなのか。


 こうしてまた一人、稀代の変態が、儚いその命を散らしたのだった。

 ……って、死んでないし。


「あはは。相変わらずの仲良しさんだねぇ?」


 そして残るは、優雅に微笑む薫子たんが唯一人。


「薫子。あんた絶対、そう思ってないでしょ。つーかさ、まださっきの質問に答えて貰ってないんだけど? 誤魔化そうたって、そうはいかないんだから──」

「美沙樹ちゃんが居なくなっちゃったら、わたし寂しくて死んじゃうかも」

「……え?」

「なんて、ね」


 くすくすと。何がそんなに可笑しいのか知らないが、薫子は笑っていた。深い深い、深緑の瞳がわたしを捉える。目を、逸らすことが、できない──。


「だからね、美沙樹ちゃん。もっともっと、わたしを楽しませて?」


 木乃伊取りが木乃伊になる、とは良く言ったものだ。

 このわたしとしたことが、自分でも気付かない内に、すっかり薫子の虜になってしまっていただなん、て。



「あ! もう一つの質問に答えてもらってないわよ! 薫子アンタ、好きなヒト居るでしょ!」

「うん、居るよ」

「誰!? 誰なのその幸せな糞野郎は!? はっ、まさか! 包茎インポ君!?」

「ううん。違うよ?

 最初に言ったじゃない。わたしが好きなのは、美沙樹ちゃんだって」

「……友達として、でしょ?」

「あは。それは秘密ですっ」


 何つーか、もう。

 ……わたし、どうなってもいいや……。



 今日の日記:

 金髪ゴスロリウェイトレス、マリアたん登場の巻。

 いやまあ、その。調教は程々にしときましょう、ってことで一つ(何)


 それでは、明日に続くのだっ(はぁと)

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