市役所職員がRPGの世界に転生をしてみた結果、何も変わらないということに気がついた。(あくまでパロディものなんで、すみません)

雪うさこ

田口銀太の場合


 昨晩。仕事帰りに、職場近くの「居酒屋赤ちょうちん」へ行ったところまでは覚えている。しかし目が覚めてみると、そこは見たこともない古びた家だった。


「どこだ?」


 そんなことを呟いてみてから、からだを起こす。それから自分の様子を伺うと、どうやらいつもとは違うということが理解できた。


 いつも戦闘服として纏っているワイシャツはどこへ行った?

 スーツは?

 腕時計は? 


 身につけているのは褐色の少しすすけたようなボロボロの服だった。琥珀色のベルトは革製なのだろうか。それもまた使い古されて、くたびれているようだった。


 おれは自分の様子を把握してから、周囲の環境にも視線を向ける。ここは木造の小さい掘建て小屋のような場所だった。

 

 一体、ここはどこなのだろうか? 

 靴を履いて寝ているって外国映画か。

 赤ちょうちんで飲みすぎたのが悪いのか? 

 これはなにかの罰ゲームなのか?


 そんなことを考えながら起き上がり、そして外に出てみることにする。古びた扉を開けた瞬間。おれは言葉を失った。


 なんだここは?


 真っ青な空に、ぷかぷかと浮かぶ白い雲。煉瓦造りの道。おれと似たり寄ったりの、粗末な衣装を纏っている住民たち。そこかしこにある建物は、土づくり、木造、煉瓦作りの小さい家ばかりだった。


 一体、ここはどこだ?


 ここは、おれが住んでいた梅沢うめざわ市ではない。梅沢市は田舎の都市ではあるが、もっと近代的だ。おれの実家は田舎町だが、それだって、こんな場所ではない。なにせ、そこは「日本」と言う言葉が当てはまらない雰囲気が漂っていたからだ。


「おい、そこの村人4」


 ふと肩を掴まれて、振り返ると、口髭を蓄えた勇ましい男が立っていた。


「お、おれ?」


「そうだ。村人4はお前しかいないだろう?」


「いや、おれは……」


 おれは田口たぐち銀太ぎんた。梅沢市役所の教育委員会に勤務していて、昨日は、その同僚たちと飲み会だった。それなのに、この男はおれを「村人4」と呼んだ。


「あのさ。これから勇者が来るわけ。お前、しっかり気合入れておけよ。おれたちの出番はそこだけだから」


「で、出番?」


「そうだよ。勇者ってーのは、一回しか来ない。そこで、話しかけてもらえないと、お前、永久に誰の目にも触れずに墓場行きだぜ」


「は、はあ」


 この男の言っていることがわからない。いや、いつのまにか、脳には事情が流れ込んでくる。


 ここは、ゲームの世界だ。どうやら、おれは「村人4」になっていると言うことだ。そして、これから勇者と呼ばれる主人公がやってくるのだ。村は勇者の登場を今か今かと待ち構えていて、浮足立っている。


 長いゲームの中で、おれたちの出番は刹那——。それを無駄にしないようにしなければならないのだ。


「いいか。お前の台詞、ちゃんと練習しておけよ」


「台詞? 『村から出て東に行くと洞窟がある。そこが、うさんくさいと思うんだよね』……ですね」


「そうだ、腹の底に力入れて、ちゃんと言うんだぞ!」


「わかりました!」


 なぜか、この状況に納得をしている自分に、微塵も疑問を覚えないのはおかしなことなのに、彼の言葉がすんなりと入ってきたのだから仕方がない。おれは、きょろきょろとしてから、自分の持ち場を感覚的に理解し、そこに待機した。


 これは小学校の頃に夢中になった、RPGのゲームの世界なのだ。きっと夢に違いない。おれは、これからやって来る勇者に、次の道標を示す重要な村人役なのだ。しっかりとしなければ——。


 そんな使命感に駆られてそこにいると、口髭の男の言った通りに、勇者の一団がやってきた。


 ——これをこなせば、きっと夢から覚める!


 そう信じてそこにいると、勇者らしき女性が早速、おれに声をかけてきた。


「こんにちは」


 このプレイヤーはどうやら、勇者の性別を女性にしたらしい。ヘソが出ていて正直、目のやり場に困る露出度だ。こんな格好で、モンスターにやられないのだろうか——?

 

 そんな疑問を持ちながら、おれは用意していた言葉を発した。


「村から出て東に行くと洞窟がある。そこが、うさんくさいと思うんだよね」


 ——よし! おれの出番終了。


 おれは心の中でガッツポーズをしたが、彼女たちは、おれの目の前から立ち去る様子がない。——どう言うことだ? おれはこれ以上、コメントを持ち合わせていないのだぞ?


「村から出て東に行くと洞窟がある。そこが、うさんくさいと思うんだよね」


 ——壊れた蓄音機か!


 馬鹿らしいから何度も言わせないでくれ。そう思っていると、ふと勇者が口を開いた。


「お前は誠実そうで、いい目をしている。私たちのパーティに入れてやろう」


「え? ええええ!?」


 だって……おれ、村人で何のスキルもないぞ?

 連れて行ってもただの穀潰しだぞ?

 いいのだろうか?


 そんな疑問を持つが、彼女は関係なし。ふと頭上に『勇者は村人4を仲間にした』と言うテロップが表示されたかと思うと、おれの意思なんて関係なしに、おれの体はいつのまにかパーティの最後尾に移動していた。


「よろしくな。おれ、魔法使い」


 目の前にいる紫色のガウンをきた男に軽く挨拶をされたので会釈で返す。


「大丈夫だ。もう少し進むと、職業を変えられる神殿に行けるから。そこで、遊び人か盗賊にでもなったら?」


「遊び人も盗賊もどっちも嫌です……」


「では出発」


 勇者がそう叫ぶと、パーティ全員が否応なしに彼女のあとを歩き出す。ああ、磁石で引っ張られているみたいに。自分の意志は関係ないってことだね……。

 

 ——田口銀太。RPGの世界に迷い込みました。







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