第2話 恩恵なき転生

かくして私の人生終わってしまいました。ちゃんちゃん。


で締め括れたなら良かったのか、締められず良かったのか。


とまれ判断に困ることだが、なんと暴漢に射殺された私は死してなお自我があった。


私は敬虔な仏教徒という訳じゃない。実家はどちらかと言えばキリスト教だし、それでもクリスマスだけじゃなく初詣だってやる、典型的な宗教ごちゃ混ぜお祭り大好き日本人だ。


だから輪廻転生に関しても、徳を積むとかそんなもの関係なしに「来世はビル・ゲイツかラリー・ペイジの子供になりたい」くらいにしか思ってなかったくらいだ。


私と妹は仲良く射殺され、脳漿をぶちまけた。ところが鉛弾が頭を貫いたその瞬間、気がつけば世界が変わっていた。


目覚めると私は天蓋付きのキングサイズベッドで横になっている。


狭苦しいエレベーターで死んだ草壁千早ではなく、エカテリーナ・バラシオンとして迎える朝。


それは千早にとっては突然の、そして驚くべき朝であった。何せ人間は死んだら天国へ行くものと信じていた千早は「おらは死んじまったけど、飯は旨いしねーちゃんは綺麗だ」なんてうそぶきながら暮らすものだとばかり。


しかし実際に死んで目が覚めれば、そこは千早として暮らしていた世界とは何もかもが違う。


地球と呼称されているところだけが共通点で、他の部分——大陸の形や数、そして存在する国家、民族、宗教、文明までもが千早の知る世界と大きく異なっている。


どうしてそんなことが千早に分かるのか。枯女として日々を過ごした千早では知り得ない世界だ。


しかし不思議なことに千早にはもう一つの記憶、この世界に生まれ育ち16歳の今を生きているエカテリーナとしての人生経験があった。


いや逆だろう。この世界の住人として暮らしてきたカーチャの頭の中に、突然別の世界の記憶が——それも極めて幸せと言い難い——頭の中に入り込んで来たのだから。


カーチャはこの世界のことをよく知っている。この世に生まれ、この世の常識で育ったカーチャにとって、異世界日本国での生活の記憶こそ、まさに異質なもの。


けれどもカーチャにとっても千早にとっても、どちらの人生も自我を持ち自分の人生として歩んで来たものだ。


千早からしてみれば、死んだその瞬間から次の人生が用意されていただけ。


カーチャからしてみれば、ある日突然前世の記憶が蘇っただけ。


確かに急な覚醒は驚きをもたらす。今現在、現世の主体はエカテリーナ・バラシオンである。引き継いだ記憶はこの世では到底得られないくらい貴重であり、奇妙な記憶だ。


だけど、それは思い出しただけと言うべきか。前世の記憶が蘇ったからと言って、自分自身がまるで大きく変わることもない。前世の記憶も、後世の記憶もどちらも私の記憶。


私はエカテリーナであり、千早でもある。


二つの記憶。育って来た境遇や言語の違いこそあれど、人格とも言うべき自己同一性は寸分違わず同じ。つまり私は胸を張って言える。


私は私。他の誰でもないと。


さて、射殺然りと人生何が起きるか分からないものであることはよく分かったが、カーチャとしてはともかく、千早としては興味深いことこの上ない。


なにせ異世界転生を果たした身の上だ。


私も西暦世界にいた頃はインターネット上に公開されている沢山のネット小説を好んで読んでいた。


中でも溢れんばかりに多く執筆されていた異世界転生モノに関しては、思うところもあれど純粋にエンタメとして楽しんでいた。


特に好きだったのは悪役令嬢というジャンル。


異世界転生モノの中では割とメジャーな方だが、人生破滅ルート確定しているキャラクターに転生した主人公が、自分の運命を切り開くためにあの手この手で努力し報われる様は、枯れ果てたOL人生を歩んでいた私の現実逃避先として最高だった。


悪役令嬢以外にも色々読んで楽しんでいたが、異世界転生は新しい人生の謳歌だったり、スキルに恵まれるだとか、チートで無双するとかも醍醐味の一つだろう。


そしてネット小説のように転生した私にも何か力があるか探ってみる。


手を前に突き出して「ステータス」と言ってみる。まずは自分の能力やスキルを把握するのが大切なことだろう。私はパワー型なのか、それともサポートスキル系なのか。


しかし視界にステータスを示すウィンドウが出ることはない。それは当然。現実はゲームじゃないのだから。ただそこにいるのは、手を伸ばしてキメ顔をしている私。


私だって分かってる。千早にとっては異世界だけど、カーチャにとってはこの世界が現実なのだから。出来ること出来ないことは理解の範疇。


それどころか、16年の人生において自分が何が得意で何が不得意かも承知している。残念ながら特にこれといったチート的な能力はない。


前世の私からみた後世の私は、前世に比べて運動が得意らしいことくらいなもので、前世も後世もそんなに差がない。


夢にまでみた異世界転生だというのにチートズル出来ないなんて、転生した意味あるのだろうか。


女神だとか悪魔だとか存在Xの加護も恩寵もないだなんて、正直この先が思いやられる。


せめて前世の知識を使った知識チートが出来れば良かったが、これもまた望み薄。


異世界転生小説にありがちなふわふわとした中世観のヨーロッパもどきだったなら、学校で習った科学の基礎知識とかでも異世界人をあっと言わせられたのかもしれない。


だが残念なことに、この世界の文明レベルは西暦世界の21世紀に比べたら劣るかもしれないが、分野によって偏りはあるものの20世紀初頭から中頃くらいには発展している。


世には前世の妹のような天才科学者、哲学者などがいて、それこそ歴史と共に科学も発展している。


頭にブリタニカとかWikipediaの全てが入っていれば別だけど、私の知る知識の殆どはもう体系化されていて、大抵は既存の技術にあるのではないか。


せめてWindowsとエクセルがあれば分かりやすく見やすいグラフの作り方とか、パワーポイントがあればどれほど頑固な営業部長であろうと説得させられる資料の作り方を人々に教えられるのだろうけど、それをチートと呼ぶのどうだろう。流石にパソコンはまだない。


とどのつまり、私の前世の知識はあんまり役に立たなそうだ。幾つかの分野では趣味の知識を活かせるかもしれないけれど、それだってどうだろうか。この世界にいる分野の専門家に尋ねた方が賢明だろう。


要するに私の転生的優位性は皆無。非常に遺憾ではあるものの、この世界でも頑張って生きて行くしかないらしい。


運が良いことにこの世界の私はまだ若いから、それだけが利点なのかも。


私だって10代の頃はチヤホヤされていた……なんて過去の、それも前世の栄光を思い出しては浸ろうとする己の惨めさに泣きたくなる。


今は今で前世は前世。分かっていても割り切れない思いがここにある。


人種や髪の色こそ違えど顔の作りがなんとなく前世の雰囲気そのまんまの自分の容姿を思い出し、少なくともこの後世世界では前世の二の舞だけは避けようと、そんな決意をさせられる。

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