第37話 崩落

「…………えーっと、どういう状況ですか?」


目を開けると、直ぐ傍にアイシャさんの顔があった。

頭の裏に温かい感触がある事を考えると、恐らく膝枕されているのだろう。


「目覚められましたか?」


何故こんな状況に?

一瞬そう思ったが、直ぐに事態を思い出す。

俺はミノタウロスの自爆の直撃を受けたんだった。


「アイシャさん、怪我はないですか?」


気恥ずかし状況なので、膝から頭を起こして尋ねる。

俺が庇ったとはいえ、気絶直後に感じた熱と衝撃波は凄まじい物だった。

流石に彼女も無傷とは行かないだろう。


「バーンが庇ってくれたお陰でこの通り、無事です」


アイシャさんが両手を広げて見せる。

彼女の着ているチャイナドレスの様な服――特殊な魔法が付与されている――に少し焦げ跡がありはするが、彼女自身に大きな怪我は無さそうだった。


「よかった」


盾になった甲斐があるという物だ。

怪我人を救助に来て、アイシャさんまで大怪我してしまったのではシャレにならないからな。


「……」


「ん?」


彼女がじっと顔を見つめてくる。

俺の顔に何かついているのだろうか?


「どうかしたんですか?」


「なぜ自爆あれを受けて、ぴんぴんしているのか……それが気になっただけです。まだ何か隠し玉がある様ですけど、余計な詮索は止めておきましょう。命を助けて貰ったわけですしね」


まあそりゃ疑うよな。

当然の事だが、異界竜を倒して得たスキルをアイシャさん達には伝えていない。

リーンにもそれは口止めしてある。

下手に伝えて、そこから異界竜との事がバレてはシャレにならないからだ。


不可抗力だったとはいえ、俺はあんな化け物を解き放ってしまっている。

バレればどんな責任追及をされるか分かった物では無い。

勿論全く責任を感じていない訳ではないのだが、全ての責任を取れとか言われても困るので、悪いけど隠し通させて貰う。


「それよりも……」


アイシャさんが周囲に視線を這わせた。

俺もそれにつられて、辺りの様子を確認する。


「酷いなこりゃ」


ミノタウロスの自爆の影響で、洞窟内部が崩落してしまっていた。

そのせいで来た道と進む先が閉ざされしまい、俺とアイシャさんは完全に閉じ込められている状態だった。


この場にシャンディさんがいないのも、その為だろう。

彼女はかなり離れた場所に避難していたから。


「シャンディさん、大丈夫ですかね?」


「シャンディなら大丈夫です。マジックアイテムで生体反応を確認したら、動いていましたから」


「へぇ……便利な物があるもんですね」


「身を潜めているレンとクランを見つける用だったのですけど、妙な所で役に立ってしまいました」


彼女の表情が少し崩れる。

それに釣られて俺も笑ってしまった。


「それと、少し離れた所に人間と思しき反応も映りました。レンとクランで間違いないでしょう」


「二人とも無事で良かったですね」


「ええ、ですが――」


アイシャさんは再び崩落した場所へと目を向ける。

どの程度の厚みかは知らないが、掘り進むのは骨が折れそうだ。


まあ考えていても仕方がない。

俺は起き上がり、通路を埋める土砂の前に行く。

そしてを腕に着けていた盾を外し、スコップ代わりに差し込んだ。


「待ってください!」


すると何故かアイシャさんに止められてしまう。


「ミノタウロスの自爆で、この辺り一帯の地盤がダメージを受けています。迂闊に掘り進めば、今いる私達の空間まで崩落で埋まってしまう危険が」


「……そりゃ参ったな」


天井を見ると、大きな亀裂が走っていた。

確かにアイシャさんの言う通り、何も考えず掘り進めたのでは更なる崩落の危険性が大きそうだ。

迂闊に動けないこの現状、ミイラ取りがミイラになるとは正にこの事だろう。


とは言え、ここでじっとしている訳にも行かない。

クランって人の状況も心配だが、何より酸素の問題がある。

そこそこ広い空間ではあるが、流石にそう何時間も持たないだろう。


「どうしましょう?」


「私も流石にダンジョンの崩落は想定していなかったので……」


どうやら備えは無さそうだ。

まあミノタウロスが自爆するなんて事、分かるはずないからな。

仕方がないと言えば仕方がない。


「個人的には、バーンのスキルに期待したいのですが……」


他に隠しているスキルで、現状に有用な物は無いかと期待しているのだろう。

残念ながら、そんな物は持ち合わせていなかった。


所持しているスキルは状態異常無効、1回だけダメージ無効、永久コンボ、それに空気の4つだ。

空気以外はどれも巨力なスキルではあるが、閉じ込められているこの状況で役に立つ様な物はない。


俺はアイシャさんの言葉に黙って首を横に振って答えた。


「そうですか……本当に参りましたね」


彼女は考え込む様に眉間に皺をよせ、親指の爪を噛む。

俺も何かいい案は無いかと思案するが……まあ、別に優れた頭脳を持っている訳でもないので何も出てきそうになかった。

レベルアップは身体能力を劇的に引き上げてくれはしたが、残念ながら知能面に関しては何の影響も無い様だ。


「ん?」


一応それでも思い浮かばない物かと考え込んでいると、胸元がもぞもぞしだした。

何事かと思って視線を向けると、突然ミスリルの胸当ての中心部分が吹き飛び、円形の穴が開く。


その穴からは――


「パパー」


バンシーが満面の笑みで姿を現した。

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