第6話 村

「結局、どっちだったんだ?」


俺は目を覚まし、立ち上がる。

情けない事に落下の際の恐怖で意識を失ってしまい、インバイルドによるダメージ無効で痛みが発生したかどうか確認できなかった。


「ま、生きてるんならいいか」


痛みの有無は今度余裕がある時にでも確認するとしよう。

インバイルドには24時間のクールタイムがある為、残念ながら今すぐ張り直しをする事が出来なかった。


俺はごつごつした岩場を下って行く。

暫く進むと森に突き当たる。


正直、あまり森を進むのは気乗りがしない。

魔物とかいそうだし。

見晴らしの利く場所なら兎も角、死角から不意打ちで急にやられてしまったのでは永久コンボも役には立たないからな。


「まあでも、行くしかないか……」


周囲を見回しても、森が延々続いているだけだ。

俺は他の道を探すのを早々に諦めた。

せめて水と食料があれば時間をかけて根気よく探すのだが、それがない以上、此処でちんたらしていたら脱水症状や飢えで真面に動けなくなってしまう可能性がある。


俺は恐る恐る森へと分け入る。


警戒していたのと裏腹に、森は静かで魔物の気配などは特に感じなかった。

暫く進むと川に出くわす。

それは幅3メートル位の、それ程大きくはない川だった。

俺は川に走り寄り、迷わずそこに口をつけてごくごくと水を飲んだ。


普通なら腹を壊す可能性も考えられたが、俺には全ての状態異常を防ぐパーフェクトレジストがある。

そのお陰でそういった事を気にする必要は無いのだ。


喉を潤すと、今度は腹が減って来った。

見ると、川には掌サイズの魚が泳いでいる。

出来れそれをば取りたい所だが、その為の道具などはない。

普通ならまず捕まえるのは無理だろう

だけど今なら、何となくだが捕まえられる気がする。


そう思った俺は、靴や靴下、それにズボンを脱いで川の中に入ってゆっくりと魚へと近づく。

魚は俺に気づかないのか、その場を動こうとはしなかった。

ひょっとしたら、これは村人のスキル【空気】のお陰なのかもしれない。


「オラ!」


袖を捲った手を、勢いよく突っ込み魚を掴み取る。

フィッシュオンだ!


「さて、後は火だけど……俺に起こせるかな?」


最悪、生のままで喰う事も覚悟しなければならないだろう。

異常耐性があるから大丈夫とは言え、出来ればそれは避けたい所だ。

安全とは言え、流石に気持ち悪いし。


「お!」


小川の近くで乾いてそうな枝と落ち葉を拾い、板状の木の上に落ち葉を敷き詰める。

そして真っすぐな枝を両手で挟み、高速で板に押し付ける様にゴリゴリするとあっさり火が付いてくれた。


「しっかし、すげぇあがってるな」


小川付近での一連の行動で、身体能力が相当上がっていると実感できた。

魚を捕まえるときの腕の動き、それに枝をこする時の手の速度が以前では考えられないレベルになっている。

間違いなく、それはレベルアップによる影響だ。


枝に刺した魚を焚火で炙り、同時に濡れた下半身も乾かした。

魚に火がしっかり通った――多分――所で齧り付く。


「うーん、味は今一だな」


まあ味付け無しで食べているのだからしょうがない。

空腹は最高の調味料と言うが、やはり塩味には敵わない様だ。


「さて、行くか」


骨ごと魚の全てを喰らい付くした俺は、火を消し川に沿って下って行く。

下手に森の中をうろつくよりは、この方が人里に辿り着く可能性が少しは高い筈だ。

最悪見つからなくても、暫くは魚を取って生きながらえる事が出来るのも大きい。

欠点を上げるとすれば、水を求めてやって来る魔物と遭遇する可能性がある事だろう。


だがまあ、不意打ちさえ喰らわなければどうにでもなる筈。

ポケットには拾った石を詰めてある。

魔物は見つけ次第これで撃退だ。


「お!」


川に沿って進むこと数時間。

丁度日が沈みだした当りで、川べりに道具が置いてある事に気づいた。

自然物ではない。

間違いなく人工物――桶と洗濯物だった。

この辺りに人がいるのは間違いないだろう。


だが――


「この時間帯に桶と洗濯物だけが川の傍にある……か。どう考えても、何かから逃げ出して放棄した後だよな」


周囲に人の気配はない。

冷静に考えれば魔物か、もしくは山賊なんかに襲われて慌てて逃げ出したと考えるのが自然だ。

まさか日も沈みかけたこの時間帯に洗濯物を洗っていて、大人数で連れションの為この場をたまたま離れていると言う事は無いだろう。


「なんか落ちてるな」


洗濯物へと近寄ると、そこから少し離れたけもの道の様な場所に何かが落ちているのが見えた。

近寄って拾ってみると、それは手ぬぐいだった。


「逃げる際に落としたって考えるのが無難か」


だとしたらこの道を進めば村なり集落なりがある筈だ。

まあ偶々風で別の場所から飛ばされて来た可能性もあるが、他に手掛かりもないのでそこを進む事にしてみる。

もし見つからなかったなら、その時は戻ってくれば良いだけだしな。


この判断は、結果的に言うと正解だった。

程なくして開けた場所へと出た俺の前に、柵に囲まれた村が姿を現す。


「……」


だが柵は所々潰され、近くに見える建物も壁などが壊されていた。

賊がこんな無意味な破壊活動を行うとは思えない。

そう考えると、魔物に襲われたと考えて間違いないだろう。


俺は周囲を見渡すが、誰かが動く気配は感じられなかった。

夕闇の中、こそこそと気配を殺して村に近寄り、穴の開いた柵から中に入る。

建物の影から周囲を伺う様に進むと、広場が見えて来た。


目を凝らして見ると、そこには大きな篝火が立ち。

その周囲で魔物達が騒いでいるのが見える。


目につく魔物は緑の小さい奴――たぶんゴブリン。

それと不細工で大きなデブ――オーガ?

最後に巨大な2足歩行の狼の化け物――人狼ワーフルフの姿が見えた。


奴らは木に刺さった何かの肉をそいでは口に運び、騒いでいる。

いや、何かではないか。

焚火の周囲には縛られた人間達がいる事から、それが何かは考えるまでも無かった。


「――っ!?」


ワーウルフが手にした杭――破損させた柵か?――を男の首に突き刺した。

そしてそのまま串焼きにするかの様に焚火に掛ける。

胸糞の悪いシーンを見せつけられてしまった。


「見捨てる訳にも、いかないよな」


流石にこんな状況を見せられたら、異世界人だからって理由で見捨てて逃げる気にはなれない。


ポケットから石頃を取り出す。

全部で15発。


今見えている魔物達はゴブリン7にオーガ2、それにワーウルフ1だ。

ハズしまったりしなけらば、倒す事は出来るはずだ。

他にも魔物がいる可能性もあるが、今の俺の身体能力なら、最悪逃げながら石ころを当てる事だって不可能ではない筈。


俺は建物の影から影に素早く動き、焚火へと近づいた。

魔物達までの距離はもう10メートルも無いだろう。

だが気づかれてはいない様だ。

これもまた【空気】のお陰なのかもしれない。


「ふぅ……」


俺は意を決し、物陰から石ころを軽く投げた。

それは狙い通りゴブリンの一匹にヒットする。

しかも他の魔物達は気づいた様子はない。

ゆっくり投げて正解だった。


さらに立て続けに石ころを投げる。

7匹いたゴブリン達を全て無力化する事に成功。

オークやワーウルフは喰う事に夢中で、騒がしかったゴブリンが黙ったにもかかわらず異変に気付いていない。


ナイス単細胞だ。


これならいけると判断した俺は物陰から飛び出し、石を勢いよく3連投する。

ワーウルフだけは俺に反応するが、もう遅い。

見事に3匹に石ころがぶつかり、動きを止める。


これで制圧完了だ。


「た!助けてくれ!」


俺に気づいた村人が懇願してくる。

「ちょっと静かにしててくれ」とだけ言って周囲を見渡した。


先ずは安全確保が先だ。

縄を解いている最中、背後からばっさりやられてしまったのでは堪らないからな。

勿論、動きを封じた魔物達にエアデコピンで硬直維持する事も忘れない。


「大丈夫そうだな」


見た感じ、他には魔物は居ない様だ。

俺は焚火の近くに落ちている太めの杭?を一本拾い、フルスイングする。

狙いは勿論魔物の脳みそ。


「よし」


永久コンボが全て途切れ、魔物達がその場に崩れ落ちた。

俺の攻撃はスキルを受けている奴ら全てに同時にダメージを与える事が出来るので――個別も可能――一発で全滅だ。


「他に魔物はいるか?」


「い、いえ。此処にいる奴らで全部だと思います」


大丈夫そうだ。

ゴブリンが手にしていた鉈で村人達の縄を切って周る。


「……」


抱き合って生存を喜ぶ者。

その場で泣き崩れる者。

怪我の痛みで苦しんでいる奴や、先程ワーウルフに焼かれた遺体に取りすがって泣く女性。


助ける事が出来たのはいいが、どう見てもハッピーエンドとは行かない雰囲気だ。

まあ俺は正義の味方でも神様でもないのだからしょうがない。


「助けていただき、ありがとうございます」


腰の曲がった老人が此方へとやって来た。

顔には大きな青痣があり、右目が大きく晴れて開いてはいない。

その表情は険しい――と言うか、明らかに俺に対して敵意を持っているような感じだった。


「ですが……ですがどうしてもっと、早く来て下さらなかったのですか!」


老人が左目を見開いて突然大声で叫ぶ。


「もっと早く来て魔物を退治してくれていれば!こんな事には!」


「えぇ……」


そんな無茶を言われても困る。

俺が村を見つけてからまだ10分ぐらいしかたっていない。

それなのにもっと早く助けろとか、無理ゲー過ぎるだろ。


「そうだ!ふざけんな!」


「息子を返せ!」


「父さんを返してよ!」


村人が声を上げ、怒りや憎しみの籠った形相で俺を睨む。

どうなってんだこの村は?

アイリーン女王といい、この世界の奴らはこんなのばっかなのか?


「高い税を取ってるくせに!役立たず!」


女性が石を投げてきた。

焼かれた遺体に取りすがっていた女性だ。

大した速度ではないので俺はそれを片手で受け止めたが、それをきっかけに助けた村人が石を拾って俺に投げ始める。


そんな村人達の行動に唖然としながらも、俺は飛んでくる石を避け続けた。

逃げ出すのが一番手っ取り早かったが、出来れば情報が欲しい。

永久コンボで制圧も考え始めた時、最初に声を掛けて来た老人が周りを止める。


「よさんか!」


「け、けどよ」


「国の兵士に手を出せば只では済まん。堪えろ」


ん?国の兵士?

俺は首を捻る。


「村の者達が失礼しました。多くの者が家族を失って、取り乱してしまっていたのです。どうか許していただきたい」


口調は丁寧ではあるが、その表情は険しい。

国の兵士がどうこう言っている辺り、ひょっとしたら俺を国の人間と勘違いしているのかもしれない。


「あー、一ついいかな」


「なんでしょう」


「いや俺、国の人間じゃないんだけど」


「……へ?」


俺の言葉に、長老が間抜けな表情を浮かべる。


「兵士どころか、俺はそもそも只の村人だし。その証拠に――」


「ステータス」と呟き、右手にキューブを出した。

俺の色は、一般職を示す茶色だ。

この色の持ち主が国の兵士って事は無いだろう。


「俺達と同じ色の……」


それを見て、村人の1人が力なく呟いた。


「では、貴方はファーレン王国の兵士ではないと?」


長老の言葉に、俺は頷いて返事を返した。

国の兵士を名乗っていた方が、情報収集はしやすかったかなと思わなくもないが。バレると面倒な事になりそうなのと、周囲からの憎しみの眼差しを受け止め続ける気にはなれないので、まあこれで良いだろう。


取り敢えず旅人のふりをして――いるのか?――村の人達から色々と話を聞かせて貰うとしよう。

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