ジンカクシャ

 五時間目の授業が終わると,ぼくは荷物を片付けている三浦くんのところへ向かった。三浦くんは机の横のフックにかけていた通学用の帽子を手にかけてこれから帰ろうというところだった。



「三浦くん,ぼくは一緒に帰りたいと思っているところなんだ。君はどう思っているところ?」


自分でもなんだかへんてこな話をしていると思った。どれだけ頭が良くて天才になると期待されていても,あまり話したことのない人に「一緒に帰ろう」ということは緊張するのだと感じることが出来たから,ぼくはまた一つ賢くなったのだろう。


「コウシくん。ぼくはこれから帰ろうと思っていて,一人のつもりだったけど一緒に帰ろうと言ってくれる人がいてとても嬉しいところだよ。」


三浦くんもなんだかへんてこな話し方をした。でも,ぼくみたいに緊張した雰囲気ではなく,よくできたへんてこな話し方をするロボットみたいな話かたに合わせてくれたのだ。とっさにこんなことが出来るのも三浦くんがジンカクシャたるゆえんだろう。こうして,ぼくと三浦くんは一緒に帰ることになった。


 「三浦くん,どうしたらジンカクシャになれるんだい?」


ぼくは三浦くんに聞いた。ぼくは十分に三浦くんのことを観察した。そして,参考にするべきところもたくさん見つけたが,ぼくは三浦くんの心持ちというものが一番大切で学ぶべきではないのかと考えたのだ。良い行動だけを真似したり,人に認めらえられたいから善い行いをするというのは,中川くんとあまり変わったことではなく褒められたものではないと思ったのだ。

 三浦くんはぼくの顔を見て,それから前を向いて歩き始めた。セミが鳴かなくなってからずいぶんと涼しくなった通学路は,よく赤とんぼとシオカラトンボが飛んでいる。赤とんぼが二匹くっついて重そうに,少し不自由そうに飛んでいるのを見ると,ぼくは大変幸せな気持ちになる。そうやって地球はまわっているのだということをぼくは知っているからだ。ちょうど,対になった赤とんぼが目の前でふらふらと飛んでいた。ぼくと三浦くんはそれを眺め,視界から消えてどこかへ飛んでいくまで同じ場所に立っていた。


「ぼくにはその質問に答えられそうにないよ。コウシくん,ぼくにジンカクシャって何なのか教えてくれないかい?」

「ジンカクシャっていうのは,三浦くんのことだよ。」

「つまり,どうしたらぼくになれるかっていうこと? それなら,ぼくはコウシくんなれる方法をぜひ聞かせてほしいと思う。どうか教えてほしい。コウシくんはとっても頭が良くて,よくいろいろなことに気付いているからね。どうしたらぼくはコウシくんのようになれるんだい?」

「なるほど,それは非常に答えにくい質問だね。」


 三浦くんはぼくほどに言葉を知らないのかもしれないが,ぼくよりもずいぶん立派なものだと思った。もう分かれ道だというところで,後ろから「おい。」と声をかけられた。

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