第6話

 朝食を終えると一行は山頂へ向けて歩き出した。今日は日が登りきる前までに山頂につかなければならない。一番幼いトーヤが後れを取らないよう、先頭を歩くタンガスに手を引かれている。その後ろでキディアとダルニスは並んで歩いていた。


「キディア、昨日は悪かった」


ダルニスは正面を見据え黙々と歩いているキディアに言った。


「なんのことだ?」


キディアはなにを言われたのか分からないという様子で問い返す。


「私はキディアがいないと生きてはいけない。キディアだけじゃなく、タンガスもトーヤも」


ダルニスの本心からの言葉に、キディアは嬉しそうにはにかんだ。


「そう言ってくれて嬉しいよ。ダルニスはいつも俺のことを助けてくれるから、力になりたいってずっと思ってたんだ」


キディアの言葉にダルニスはなんとも言えない気持ちになった。

 ダルニスにとってキディアは守らなければいけない存在だった。自分の方が年上なのだし、このメルイトへ先にやってきた。だから守らなければいけないと、ずっとそう思っていた。しかし、キディアもダルニスと同じように成長しているのだ。キディアには今、タンガスと同じように狩りができるほどの体力と知恵がある。身長や力だけでなく、キディアの方が優れていることがたくさんあるのだ。


「頼りにしてるよ」


キディアはもう子供ではない。ダルニスにはそれが嬉しいことであり、寂しいことでもあるように思えた。


 精霊から子を授かるためにはドゼル山の頂上で精霊に言霊を送らなければならない。おそらく子を授かろうとする者が一人で言霊を送ることもできるのだろうが、普通はメルイトの者が何人か集まって行う。ハンクスがトーヤを授かったとき、ダルニスもキディアもまだ幼かった。だから儀式には参加できなかったが、近くでその姿を見ていた。


「なんて言うかは分かってるな?」


山頂へ向かう途中、休憩をしている時にタンガスが言った。


この世に光がある限り

その光の下に存在し得るドゼルの精霊よ

どうか私共にお力をお貸しください

私共は誓います

この世に光がある限り

命の存在を愛おしむことを

どうか私共に命をお授けください


ダルニスは昨日、日が落ちてから何度も復唱して覚えた言葉を思い出す。


「大丈夫、覚えてる」


タンガスはダルニスの返答を聞くと静かに「そうか」と言い、ダルニスの隣にいるキディアにも視線を向けた。


「俺も大丈夫だ」


キディアはまっすぐに正面を見据えたまま言った。ふと振り向くと、トーヤは地面に転がっている石を拾っては投げる遊びをしている。


「そろそろ出発しよう」


その声に反応したトーヤがこちらへ走ってくる。ダルニスはトーヤに向けて手を差し出した。あの日、ハンクスがトーヤの命を授かった日の自分をトーヤに重ねながら。トーヤは少し照れ臭そうにダルニスの手を取る。山頂まではもう少しだ。


「行くか」


タンガスが立ち上がるとキディアもそれに続いた。そして四人で歩き出した。


 ドゼル山の頂上は見晴らしの良い円形の広場のようになっている。草木の生えていないその場所は、まるで碗のように中央に向かってくぼんでいて、その一番低くなっている場所に大きな岩がある。一行は急な斜面を登り切りその場所に出ると、一斉に大きく息を吸い込んだ。


「トーヤはここで待ってて」


ダルニスはトーヤに向き直り言った。トーヤは少し不安げな表情を見せたが、すぐに凛々しい顔になり


「わかった」


と言った。ダルニスはその返事に安心して繋いでいた手を離し、タンガスとキディアを見た。二人もトーヤの返事に安心したように微笑んで、行こうと言うようにダルニスを視線で促した。背後にいるトーヤを気にしつつ、中央にある岩に近づく。幼い頃は近付けなかったその場所は、なんの変哲もない山の頂上だった。


「もうすぐ日が真上に昇るな」


タンガスは空を見上げながら言った。ダルニスとキディアも天を仰ぐ。そこには眩しいくらいの光が輝いていた。

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