032 vsバロック・ロバート

 その名前に反応したプラムが振り向く。


「え……ゴーシュって、あの……?」


 目をぐるぐるとさせ、プラムが混乱してしまうのも無理ない。

 ゴーシュは、プラムがかつて保護していた獣の民だった……。

 まだモンスターと呼ばれる前、つまり二百年前である。


 体感で言えば数ヶ月前だが。

 その時はプラムが腕で抱き上げられるほど小さかった。


 それが今では、ゴーシュの方がプラムを抱き上げることができる差になっている。


 純粋な成長……とも言えるが、普通に考えれば、二百年ともなれば寿命で死亡しているはず……しかし、人間と違う構造をしている以上、寿命が百年近くしかない、とも言い切れないわけだが……。


「事情があって、長生きってわけじゃないんだ……そんなことよりも、だよ」


 ゴーシュが二人の体をまとめて抱き上げる。


「爆破に巻き込まれる前に逃げよう」




「君のせいで計画が狂ってしまったよ、ブルーシリーズのゴーシュ君」

「やっと……。やっとこうして、対話ができますね、バロック・ロバートさん」


 都市のランドマークとなっている時計台の屋上、である。

 景色を眺めていたバロックの背後に、ゴーシュが着地した。


「対話かい? あり得ない。モンスターとする気はないね」

「レッドオプションとは交渉の席についたのに、ですか?」


 勘違いしたゴーシュの言葉に、バロックが背中で笑う。


「あれと対等な関係を結ぶつもりなどなかった。君が台無しにしたが、なにもしなければあれらを一網打尽に殺していたのだからね」


 そう、プラムの犠牲の上で、だ。


「……プラムを囮に使ったのは、彼女なら爆破に耐えられるから……と、あなたは言うでしょうが、違いますよね? あなたはプラムがレベル1に周回するように仕向けていた。……レッドオプションを殺すと同時に、厄介なプラムも始末しようとしたッ!」


 バロックがゆっくりと振り向いた。


「……やはりモンスターは面倒だ。そういう知識を持ち込んで欲しくないから壁で仕切っているにもかかわらず、どれだけ排斥しても隙間から湧いて出てくる……うざったい害虫だよ、まったく……」


 彼の手に、気付けば剣が握られていた。


「なぜそうも毛嫌いするのですか……っ! 都市の技術力向上にはモンスターが関わっているのでしょう!? 発展に貢献しているはずです! 友好を結べばさらに都市の発展が期待できるはずだ! なのに……っ、あなたが都市を支配したいというだけなら、あんたも口だけの、大悪党となにも変わらないッ!」


「私もね、友好を結ぶことで都市のためになるなら喜んで結んでいたさ。しかし、明らかにデメリットでしかないのだよ。仮に、共に暮らしたとしよう。電気を始めとした今や生活に欠かせない技術の大半がモンスターによってまかなわれている。さらに技術力が向上するというメリットも、なくはないがね……君たちはきっと反対するだろうさ」


 モンスターによっては食材として使われている。

 娯楽の道具として育てられていたり、実験に使われていたりもする。

 場合によっては目的に沿わない不都合と判断され、殺処分される場合もあるのだ。


「友好を結んでしまうと、処分についてはどうなんだと問題になる。それは面倒だ」

「そ、そんなのは……ッ、当たり前だ! 反対するに決まってるだろうッッ!?」

「ほらね」


 だからこそ、モンスターと徹底して対立している。

 人が生まれたその時から、それが当たり前になるように刷り込まれている敵であるという認識を今更、覆す気は毛頭ない。


「まあそれでも、君たちが私たちの生活を受け入れるのであれば、対話の席につくくらいは譲歩しようではないか」


 バロックの瞳を見ても、同情の感情が一切ない。

 罪悪感は当然なく、憐憫も、憎悪も。


 モンスターを、流れてきた順番に裁断していく加工素材としか見ていなかった。


「…………あなたは狂っているよ」

「上に立つ者はどこか頭のねじが外れていないとできないものだよ」


「あなたは全部が外れてる。人として、問題だらけの欠陥品だ」

「そうかね。それでも、それで都市が発展するなら私が欠陥品だろうが構わない」


 なにを言っても響かない。

 まだ小さな子供のモンスターを殺処分する時に思うことは? と聞いても、


「なにも感じない」

 としか返ってこないだろう。


 そういう人間性であり思考回路であるということが対話の上で認識させられた。


「満足かね、モンスター」


 覚悟を決めたゴーシュが、拳を握る。


「都市を守るために私が直々に手を下す必要がありそうだ。こんな手間になるなら夢魔も黒鼻外道も始末するのを遅らせておけば良かったか……まあいい。所詮はレッドオプションとブルーシリーズだ。多種族を取り入れたところで、ようするにトカゲであることに変わりない――」


「痛い目に遭うぞ……! あんたたちは都市を統率する上でカンストランカーとして意図的にレベルを止めているみたいだが、オレたちは関係ない。二周目のモンスターは広い世界に五万といることを思い知れッッ!!」


 モンスターの世界に強さの上限はない。

 周回を繰り返し、強い者はひたすらに強い。


 弱肉強食の世界であるため、殺しという最大限の経験値会得方法を存分に使える……そのためレベルが上がるのも早いのだ。


 才能という個人差は人間同様にあるが、それでも、戦いの場に身を置く機会の多さがまず違う。

 ゴーシュは天才というわけではないが、数々の修羅場をくぐり抜けてきたことで既に二周目であり……レベル64だ。


 レベル99で止まっているバロックなど敵ではない。


 身を屈め、四足歩行になったゴーシュが地面を這うように駆け出した。

 彼の眼球から迸る赤い光が残像のように道に残り、軌跡を作り出す。


 それが意図的に見せたフェイクだと知らずに、相手はそれを追って速過ぎて見えないゴーシュの位置を勘違いするだろう……大きく見せた隙を突いて、ゴーシュがバロックの首に噛みつく算段だった――はずが。


「自信満々なところ、悪いね」


 バロックがいつの間にか振っていた剣の刃には、びっしょりと血が付着していた。

 剣を振り、刃から滴る血を落とすバロックの後ろで、ゴーシュが力なく倒れる。


 背中の皮一枚で繋がっている上半身と下半身……あまりにも速い剣の技術でゴーシュも斬られたことに痛覚が追いついておらず、立てないことを不思議がっていた。


 その状態で動ける方が異常なくらいなのに……。


『ゴーシュっっ!!』


 カムクとプラムの声を合図に、冷静になったゴーシュが現実に追いついた。


 腹を開かれた。

 臓物がぼとぼとと、こぼれ落ちてしまう。


 彼の意識がゆっくりと沈んでいく――。


「私は君の言う通りカンストランカーだが……ただし、二周目のレベル99だがね」


 バロックが肩をすくめながら……ふと。

 聞こえた足音に視線を向けると、時計台の屋上には既に誰もいなかった。


「頭に血が上って反射的に殴りかかってくるかと思ったが、意外と冷静みたいだね」


 都市を一望できる高所から見下ろす。

 ……指でつまめるほど小さく見えた少年の背中を見つけ、バロックが宙を踏んだ。彼の体が重力に従い、落下する。



「はなっ、して……ッ、離してよッ、クーくんッッ!!」


 プラムを肩で担ぎ、カムクがひたすら走る。

 時計台から遠ざかる……、バロック・ロバートから、距離を取る。


 彼の背中を何度もばしばしと叩くプラムの文句も分かっている。

 瀕死のゴーシュをあの場に置いてきたことを責めているのだろう……分かっている。


 カムクだってできることならすぐにでもゴーシュを助けたい――だけど。


 バロック・ロバートがいる限り、ゴーシュに手を伸ばすことを彼が許すはずもない。


 ゴーシュを助ければモンスター側についたことを宣言したようなものだ。

 人間と対立する、なら考えたかもしれない……しかし、あの場でバロックと敵対すれば、間違いなく殺されていた。


 ……自分だけならばまだいい……でも、隣にはプラムがいた。

 ゴーシュよりも、自分よりも、優先すべきはプラムの安全だ。


「おま、あばっ、れる……なッ! あの場で、あいつと戦っても勝てないんだよッ! 分かれよッ! だからって、ゴーシュを見捨ててあいつの仲間になることはおれだって耐えられなかったっ! だから今、こうして逃げてるんだろうがッッ!」

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