第18話 ~襲い来る影~ザルドローグの呪術師

 ザルドローグに滞在すること6日、遂に呪術師デュークとの対面が叶う日が来た。


 レイと別行動になってから、サリュナとトーヴァンは一緒に図書館に行ってみたものの、めぼしい資料は見つからなかった上、どこへ行ってもサリュナは時にやんわりと、時に露骨に避けられているのを感じざるを得なかった。


 改めてこの街でレイがいてくれる事がどれだけありがたかったのかを再認識させられた。


「あっ、サリュナさん、トーヴァンさん!! こっちこっち!!」


 指定の時間より少し早めに着いたはずだが、店の前には既にレイが待っていた。


 いかにも裏通りの怪しげな店である。

 しっかりとした作りの天幕だが、外から見る限り中はそんなに広くなさそうだ。


「そろそろ時間かしら?」


 サリュナは紹介状を見直そうと荷物から取り出した。


 すると、紹介状がうっすらと光を帯び、表面には数字が現れた。カウントダウンされてゆくその数字は、どうやら指定時刻までの残り時間のようだ。

 数字はどんどん減っていき。


 5...4...3...2...1...


 !


 0になったその時、独りでに天幕の布が少し引かれた。


 突然のことに戸惑いつつ、一行はあらわになった入口へと向かう。


 中に入ると外から見た通り、あまり広くはない空間。そして…


「何もない??」


 トーヴァンが呟く。

 そう、何も無かった。ただ、中央の床が少し隆起していて、それはまるで石棺の蓋のようだ。


「この蓋みたいなの、動かないかな?」


 そう言ってサリュナが近付くと。


 …


 スーッと、音もなく蓋がスライドした。


「なるほど、地下室、か。」


 現れた階段は、最初はまっすぐだが途中から螺旋状になっているようで、ここから地下室の様子は伺えない。


「よし、僕が先に行こう。2人とも、足元に気をつけて!」


 ――コツ、コツ、コツ……


 魔法の明かりで照らされた石造りの階段を下る3人の足音だけが響く。


 どのくらい降りたろうか。


 急に視界が開けた。


 薄暗い照明に、所狭しと置かれた呪具と思しき物。

 その奥に周囲よりは少し明るい程度のスポットライトに照らされた机……と人影が。


 尖った耳、突き出た鼻梁、口から覗く牙……閉じられた双眸がゆっくりと開かれ、強い眼差しがサリュナを射る。


「ようこそ、牙狼穴ウルブズ・ケイブへ。」


 狼頭の獣人男性は、そう言うと3人に座るように促す。

 用意された椅子に座りながら、サリュナは聞いた。


「貴方が、デュークさん、ですか?」


「いかにも。貴殿がサリュナだな。遠方からよくぞ来た。さぞ辛かったであろう。」


 重厚な声に、確かに感じられる優しさ。

 そんな思いやりに触れて緊張がとけ、今まで耐えてきた辛さや抑えてきた感情の蓋が開いてしまい、涙がこぼれる。


 子供のように声を出して泣き始めたサリュナに、狼狽えるトーヴァンとレイ。


 トーヴァンは思わずサリュナを抱きしめ。泣きじゃくるサリュナを優しく宥めるように撫で続けた。

 デュークは何も言わず、ただ静かに待っている。


 ひとしきり泣いたサリュナの嗚咽が落ち着いてたその時、デュークが再び口を開いた。


「さて、今回の要件を聞こう。」


「はい……実は……」


 夫カルハジェルの突然の異変、自らの変貌、そしてファルエストの呪術師ギルドマスターの見立て。


 言えることは全て話した。


 デュークは質問を挟みつつ、サリュナの話を聞いた。


 一通り話を聞き終えたその時。


 ――ミシッ……メリメリ……


 不審な物音が聞こえたかと思うと、2つの黒い影がサリュナ目掛けて襲いかかろうとした。


 デュークが魔力の籠った声を放つ。


ね!」


 たった2文字の言葉が発する強烈な退魔の力に黒い影は霧散する。


「凄い…!!」


「ふむ。」


 何かを察したのかデュークは思案顔になり、


「貴殿にこれを渡しておく」


 そう言うと、銀製の指輪リングのようなものをサリュナに渡した。


「呪術師ギルドの見立て通り、確かに術者は絶命したようだが……嫌な予感がする。何か見落としているのか……ともかく、これを肌身離さず持っておけ。指輪のように指にはめればいい。もし何かあった時、強く願えば、応えてくれるだろう。それから……」


 奥の方をゴソゴソと漁り、古ぼけた1枚の羊皮紙を取り出すと、トーヴァンに渡す。


 よく見るとそれは楽譜だった。

 短く、単純ではあるが、不思議な印象の曲だ。

 歌詞もあるようだが、これまた不思議な言葉で意味は分からない。


「貴殿は詩人と見受けた。何かあったらこの歌を歌え。いつでも歌えるように練習しておくのだ。」


「は、はい!」


「サリュナ殿への悪意はまだ、消えていない。気をつけろ。もしまた襲われた時はこの歌とその指輪を有効活用したまえ。それと、サリュナ殿。」


「はい。」


「今の夫は諦めよ。」


 ?!


 あまりのことに言葉を失うサリュナ。

 デュークはさらに続ける。


「貴殿が今の己を、今の姿を認められるようになったら呪いなど消える。今のまま、いや今の姿でも本当の貴殿自身を愛してくれる男を探すのだ。」


「そんな……!! カルハジェルはどんな姿でもきっと私を……」


「ならば直接その姿で会いにゆくが良い。真にその男がサリュナ殿を愛してくれるのであれば、それに越したことはない」


 !!


 ――この姿で……カルハジェルに、会う?


 カルハジェルの事は信じている。信じているが。やはり怖い。万が一、拒絶されてしまったら。


「もし、今の夫――カルハジェルと言ったか――に会うのなら、一刻も早く戻った方がいい。手遅れになる前に、な。これは私の勘だ。信じる信じないは任せるが、私の勘はよく当たる」


 そう言われてハッとする。


 何となく胸騒ぎがする。早く帰らなければ。

 ともかく明日の朝、キャラバンと共にこの街を去ろう。


 一行はデュークに礼と別れを告げ、牙狼穴を後にした。


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