#√「聖痕──Like Snow Angel──」

(0)サトー

 ここに、一つの骸が在る。

 その肉は腐り落ち、顕になった白骨は月光の下淡く光っていた。

 筋を失ったその身体が再び動き出すことはもはや無く。

 そうであるが故に、『それ』は放置されていた。

 ──誰からも必要とされず。誰にも触れられず。

 そうであるが故に『それ』は誰をも求めず、こうして俺の前に己の惨めな姿を晒している。


 殺せ、と。


 垂れ落ちた唇が、無言でそう命じていた。

 殺してくれ、と。

 死に臨んでなお死に切れず、魂亡き現在ですらここに在り続けている骸が、初めて俺という存在に出逢い、訴え掛けて来る。

 ──お前は必要無い。お前が私を必要としないように、私もまたお前を必要とはしない。お前はただ、私を殺すだけで良い。私という、無意味で無価値な存在そのものを消し去ってくれれば、それで──。

 『それ』の望みは、ただそれだけだった。

 存在の抹殺。俺に出来る、唯一と言っても良い技術。成すべきことは、ただそれだけ。

 ならば、話は簡単だ。

 殺人者にとって、それを成すこと以上に簡単なことは無い。


「消えて、無くなれ」


 『それ』の額に触れる。人骨の感触。冷たい体温。それを感じたのは、ほんの一瞬だけだった。


 たちまち砂のように崩れ落ちる身体。

 路地裏を吹く風に巻き上げられ、かつて骸だった物は虚空へと舞い上がっていく。

 まるで粉雪のように、白い輝きを放ちながら。


 死して初めて、『それ』は在るべき姿に為れたのだろうか。


 ──そう言えば。

 今日という日は、聖なる人の誕生日でもあったのだ。


 翳した右手に、天使が舞い降りる。

 骸のように冷たく、人の骨のように真白いそれは。

 掌に融け、やがて消えた。


「メリー・クリスマス」

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