第23話 隠同心


 逃げた験者の遺体が上がった。


 京都町奉行から報せが入ったのは、松恋の店を訪ねた翌日だった。

 だがすでに。この件に関して土方は興味をなくしていた。

「任せる」と山南に丸投げしたのだ。

 仕方なく、沖田を連れて行こうと思ったが姿が見当たらない。

 仕方がなく、谷口という若い隊士を伴い山南は現場へ向かった。


 遺体は四条橋の下。鴨川の河原で見つかった。

 山南が現場に着くと、遠巻きに野次馬が囲んでいた。今どき遺体など珍しくもないだろう。それでも物見遊山で人は集まる。

 新撰組であることを告げると、侮蔑とも嘲笑ともつかぬ視線を受けながら、奉行所の同心は蓆にくるまれた遺体を指し示した。

 確認するとそれは確かに、あの験者の男だった。


「名は玄峰げんほうと言うらしいですよ」


 振り返ると、背の高い同心が柔和な笑顔で立っていた。


「呪いや祈祷を生業としていたようです」


 鼻筋の通った美丈夫だが、どうにもこの場に馴染んでいない。

 同心は加護かご石人いしんどと名乗った。

 玄峰は、金さえだせば呪いで人を殺すと、有名であったらしい。

 所謂、インチキ呪い師ですな――と、加護はいった。


「死因は?」

「背後から一太刀。辻斬りの仕業ですかね」

 加護は蓆を捲ると、十手で遺体をひっくり返し背中を向ける。

 確かに、右の肩から左の肋骨にかけて一太刀である。


「まぁ、この手の生業ですから仕方ありませんね」


 そう言って、加護は笑った――わけではなかった。地顔が恵比寿のように、にやけているのだ。

 ところで――と、加護は顔を突出し、


「山南殿は、このインチキ修験者を捕らえた方なのですよね」


 含むように囁いた。


「そうですが、なにが?」


 山南は距離を取るように身を引く。


「いえね。その現場に女の遺体も有ったじゃありませんか。それ、私も検分したのですがね――」


 地顔であるのだから、悪気はないのであろう。だがどうにも、このような話をするには、不釣り合いの顔である。

 なにか見ませんでしたか――と、加護は言った。


「いいえ。特に気がつきませんでしたが」


 直ぐに、柔志狼が持ち去った観音像が思い浮かんだ。


「なにか不審な点でも」

「いえね。女の腹の中がこう――」


 両手で毬のような形を作り。


「何かで押し広げられたように、不自然に隙間が出来てましてね」


 加護が小首を傾げた。


「まるで子袋から、赤子でも取り出したように見えたものですから」


 どう思います――と、加護が口元を歪めた。


「さて。私には何とも」


 山南は首を振った。


 「そうですか」


 暫し、山南を見つめた後、加護は頷いた。

 後の処理を加護に任せ、山南は帰ろうと立ち上がった。


「谷口君。帰りますよ」


 振り返ると若い隊士は、山南に背を向け野次馬の人だかりを見つめていた。


「どうしました」

「野次馬の中に斉藤さんがいたものですから」


 どこ行ったかな――――と、谷口はしきりと首を巡らせる。


「斉藤君が?」


 斉藤一――近藤の試衛館にも顔を出していた、江戸以来の知己である。だが訳あって、新撰組に合流したのは、遅れて京へ来てからだった。

 剣の腕前は新撰組でも一・二を争うだろう。沖田に勝るとも劣らぬ才である。だが、寡黙で付き合いの良い男ではない。


「見間違いではないのか」


 そんな斉藤が、このような所で野次馬に紛れているとは考えにくい。現に、山南には見当たらなかった。


「おかしいなぁ……」


 どうにも納得がいかないのか、大谷は首を傾げつつ辺りを見回す。


「帰りますよ」


 苦笑を浮かべた山南が歩き出そうとしたときだった。



 かごめかごめ。

 かごの中の鳥は。

 いついつであう。



 背後で童唄が聞こえた。

 はたと、山南が振り返ると、加護が子供のように口ずさんでいた。

 その、なんとも場違いな様子に、山南は暫し視線を奪われた。


「副長」


 どうしたんです――と、いつの間にか歩き出していた大谷が、口をへの字に曲げて、山南を促した。



 ――――夜明けの晩に。

 つるとかめがつうべった。



「いや。なんでもない」


 山南が向き直る。



 後ろの正面だあれ――


 加護の唄声が、山南の背中に響いた。


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