第23話 0.25倍、0.5倍、いや人によっては100倍おいしくなる調味料


一週間ぐらいであろうか。もうはっきりとは覚えていない。

嵐のような年末年始の忙しさは気づくと終わっていた。

毎年ここイタヤ旅館では、この時期を過ぎると、

二日間ほど旅館を休むようにしているみたいだ。


今日はその休みの初日。習慣とは怖いものである。

朝起きたのはいつもの時間であり、外に出て、

竹箒を持って掃除している自分には笑ってしまった。


「今日も天気がいいな〜」


冬の澄んだ青空は好きである。

今日の予定は特に決まってはいないが、

このまま空を眺めて、ボケ〜とするのもありかもしれない。


「おじいちゃん、おはよう!」


玄関に戻ると、

いつもの板前の服装ではないおじいちゃんがソファに座っていた。


「今日はせっかくのお休みだから、行こうかね」


「どこに???」


「そら着いてからのお楽しみじゃ。ほら準備、準備」


数分後、女将もいつもの着物ではない服装で現れて、

ワタシにおじいちゃんと同じことを言ってきた。

準備と言っても大してするものもなく、服装だけを着替えて玄関に戻った。


「あれ? おじいちゃんは?」


「もうそろそろ来るよ」


プップッ!


少し控えめの車のクラクションの音が外から聞こえた。

外に出てみると、

もう何年も乗っているであろう古いセダンの車とおじいちゃんがいた。


「Theおじいちゃんカーの感じがあるね」


「ええ〜じゃろう。さあ行くかね〜」


どこに行くのであろうか。でもこの感じはどこか懐かしい。


「少し時間がかかるから、途中で休憩をしながら行くからね」


「は〜い。で、女将今日は・・・」


「今日は”おばあちゃん”でいいよ。外で”女将”って呼ばれたら恥ずかしいだろう」


「じゃあ、おばあちゃん。今日はどこに行くの?」


久しぶりに”おばあちゃん”と呼んだ。

”女将”と呼ぶことに慣れてしまい、どこか恥ずかしい気がする。


「タケが小さい頃行ったことある場所だよ」


懐かしい気持ちに間違いはなかった。

幼い頃に、この車でどこかに行った覚えがうっすらと記憶に残っている。


車の窓をほんの少し開ける。

その隙間から見える空がまたしてもきれいだ。

空を眺めながらボケ〜とするのが、車の中で達成できてしまった。


「・・・」


「・・・ケ」


「・・・タケ!」


ん?空が見える。でも先程とは違って窓は閉まっている。


「タケ。着いたよ」


空を見ていて寝てしまっていたようだ。

年末年始の疲れからくる眠りではなく、気持ちが良くてくる眠りの方だ。

おじいちゃんの、料理を作るような繊細な運転のおかげもあるだろう。


「ふぁ〜、ここどこ?」


この場所も、うっすら記憶がある。

目の前には少し古い建物があり、老舗の店舗であろうか。

そのような雰囲気がある。


「毎年ここで英気を養うんじゃ」


そう言ったおじいちゃんとおばあちゃんに付いていくようにして建物に入る。


「いらっしゃいませ!あら〜いつもありがとうございます。今年もよろしくお願い致しますね〜」


「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します〜」


2人に年齢が近いであろうおばあちゃんとワタシのおばあちゃんが挨拶を交わした後に、席に案内してもらった。


「ここが目的の場所?」


「そうじゃ。これを見たら思いだすじゃろ」


そこには数品しか書かれていないメニューがあった。


「・・・うなぎ???」


うっすらとした記憶が徐々によみがえってくる。

「おじいちゃんの車でうなぎを食べに行く」

これを確かに幼い頃に何度も経験している。


「これを3つお願いします」


「はい。少々お待ち下さいね〜」


しばらくすると宝箱が3つ机に並べられた。

その宝箱を開けるとギッシリと詰まったうなぎと白飯が現れた。


「じゃあ、いただくかね」


「いただきます!」


3人とも少し忙しなく宝箱に手を付ける。


「おいしいわね〜」


最初に口を開いたのは、いつもあまり感情を出さないおばあちゃんであった。


「うん!おいしいよ!おじいちゃん」


「うまいじゃろう。でも作ったのはわしじゃないぞ」


「おじいちゃんの料理も負けてないよ!」


「別に気を使わなくていいんじゃ〜」


最近思うことがある。

目の前のうなぎは確かにおいしい。

が、いつもみんなで旅館で食べている夕食もこれに負けずにおいしい。

「おいしい」は料理の味によって決まるかもしれないが、

「誰かといっしょに食べること」

これがおいしさを何倍にもしている気がしている。

これは人によって異なるかもしれないが、

ワタシにとっては何百倍もおいしくなる調味料のひとつである。



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