FHエージェントがやべぇ一般人に狙われる話

XX

第1話 センパイとの出会い

「下村、ちょっといいか?」


「何ですか先輩?」


昼休みに僕が中庭で読書をしていると。

田中先輩が声を掛けてきた。


田中奏太たなかかなた。H高校の剣道部の主将してる人。現在三年生。

見た目は筋肉質で、ガタイもいい。顔は四角で構成されてる感じで、あまりシャープではない印象。でもまぁ、酷くブサイクって感じでもない。

一年のとき、徹子にコクろうと考えて、事前に僕に「下村って佛野ふつのと付き合ってるのか?」と聞いてきた過去がある。

付き合ってませんよと返答すると、勇気を振り絞って告白に挑んだが、「恋の練習相手なら良いですが、正式な恋人にはなれません」と返答され、玉砕した。

だが諦めきれず、その後「佛野ふつのを説得してくれ」と僕に言ってきて、それについては拒否したのだが。


「お前、佛野の価値観おかしいと思わないのか!?」


と失恋の痛手で狂っていた先輩に食って掛かられ。


「思いません」


「あいつはあいつの信念があって、ああなんです」


「僕はあいつの友人やってますので、その信念は否定できませんね」


「申し訳ないですが、説得したいならおひとりでお願いします」


矢継ぎ早にそうキッパリ返答したら、さすがに諦めた。

と、思っていたんだけど。


まさか1年ぶりに、再燃したのか?


と、失礼ながら思ってしまった。

だが。


「お前、ウチの剣道部に興味は無いか?」


……ちょっと、予想と違っていた。




「……何故、僕なんですか?」


「いや、下村、お前、経験者だろ?」


歩き方、姿勢見たら分かる。

剣道やってる人間の動きだ、と。


……正確に言うと剣術だ。

僕が「やってた」のは。


師匠は父親。

ウチの家は、代々戦国時代から続いている古流剣術を伝えてて。

僕は一応跡取りだったから、父親に徹底的に仕込まれた。


ウチの流派は、刀と、手裏剣をメインに戦い、1人で多人数相手に戦って、敵を倒しつつ生き延びることを主眼に置いている。


当時は、結構辛かった。

父親は「お前は将来官僚になり、かつウチの流派も継ぐんだ」と、朝から晩まで剣術の稽古と勉強漬け。

成績落ちると怒鳴られたし、技の型の覚えが悪いとやっぱり怒鳴られた。


僕がノイマンシンドロームを発症したのは、そういう無茶ぶり環境が原因かもしれない。

覚醒してからは、何も問題なくこなせるようになり、僕の父親は戸惑っていた。

あきらかに変だ。俺の息子はおかしい、と。


……今、僕の家どうなってるのかな。

FHが手を回して、僕の痕跡を消してるんだろうか?

下村文人しもむらあやとなんて息子は居なかった。僕の父親はそう思っているのかな?


……跡取り。

姉二人の婿のどっちかになるのだろうか?


僕には姉が二人居て。

ウチの家の面倒なことは全て僕に押し付けて、姉たちは青春を謳歌していた。

記憶の中では、彼氏も何人か作っていたような気がする。


覚醒前はそんな姉たちに嫉妬して「何で僕ばかり」と憎んでいたものだが、今はただ、どうなっているんだろうか?と心配なだけだ。


……その気になれば調べられるけど、僕は調べていない。

どうしようもないことだ。もうあの家には戻れないのだし。

だったら、調べるだけ無駄で、実害の方が大きい。

調べるだけ、損だ。


「下村?」


……と。

田中先輩の声で思考の奥から引き戻された。


「経験者なのは認めますが……」


「やっぱり!」


先輩は嬉しそうだった。


「で、何で今頃勧誘なんです?」


そこがそもそもの疑問だ。

今は新入部員を集める時期ではないはず。


すると、先輩はバツが悪そうな顔で


「……実は、部員がだいぶ辞めてしまって」


何故?




「はぁ」


つまり、だ。


僕は先輩の話を聞いて、内容をまとめた。


「僕に、その新入部員を負かして欲しいと、そういうわけですね?」


「……そういうこと。お前なら、勝てるんじゃないかと踏んだんだ」


お前、何でもできる印象あるからさ、と先輩は続けた。


「しかし、後輩に手も足も出ないからって、何も辞めることはないのでは」


先輩の話はこうだった。

剣道部の新入部員が恐ろしく強く、そいつに負けた部員が自信を無くして部を次々と辞めていってるらしい。

この分では、大会に出ることすら不可能な状態になりかねないらしく、誰かにその新入部員を負かしてもらえないものだろうか?

そういう、恥ずかしい話だが、他力本願的な願いを持ち、そして白羽の矢を立てたのが僕だったようだ。


聞いて思ったことは「メンタル弱すぎないですか?先輩?」


そんな豆腐メンタルで世の中渡っていけるのか?


「……まぁ、色々あるんだよ……」


先輩は、遠い目をしていた。




「あら、部長サン。新入部員ですか?」


放課後。剣道場に連れていかれて。

先輩に、あいつだ、と示されて。

女子だったのだが。

納得が行った。


なるほどね。


彼女は問題児のようだ。


多分見た目は悪くないんじゃないだろうか?(僕は女の顔はセルメンバー以外はよく見ないので)

剣道をやるためか。

髪は女子としてはかなり短く刈っており、肩のあたりで切りそろえている徹子よりさらに短い。

男装しても通用するレベルの長さだ。

体型はスレンダー。スポーツ少女の見本、って感じだったが。


「まぁ、どうせすぐ辞めるんでしょ?才能無さそうだし」


白い道着姿で。

さっきまで竹刀の素振りをしていたんだが。

僕を見て、ハハッ、と笑う。

雰囲気で一発で分かった。

傲慢なのだ。


多分、この調子で、敗者を徹底的に罵倒して。

それでも手も足も出ないから、心が折れて辞めて行ったんだろう。

他の部員たちは。


うん、ちょっと豆腐メンタルと言ってしまうのは軽率だったかもしれない。

きっと、それは相当辛いはずだ。


「僕は下村文人しもむらあやと。2年だ」


「……キミ、名前は?」


松田美代まつだみよ。1年ですよ」


名前だけは素直に名乗った。

覚える価値が無い、だから名乗らない、なんて言われることも覚悟してたのだが。


「キミ、態度が悪いね」


「そうですか?」


僕の言葉を一笑に付した。

まぁ、そう来るよな。

この子がどうしてこういう人間性を獲得するの至ったのか、多少興味はあるが、見極めたいとは特に思わないし。

言うべきことだけ言うことにしよう。


「私より弱い人に先輩面されるのって、イミフじゃないですかぁ」


だから、居場所がなくなるように、徹底的にやっつけて、心を折ってあげたんですよ。


「なるほど」


僕は頷いた。


「でも、剣道というものは、そういう態度を許さないんじゃないのかな?」


「私は剣道を全肯定してるわけじゃありませんので」


正しいと思えないことは無視します。

笑って言った。


「大体、運動部ってイジメ多いですよね」


それだって、運動部の精神性から外れると思いません?でも大半スルーでしょ?

何で、私の態度だけ叩かれるんですかね?それって、苦し紛れの言いがかりじゃ無いですかね?


……うん。ちょっと取り付く島もないね。

重症だ。


彼女の言い分からすると、彼女に態度を改めてもらうには、やっぱ、一回完全に剣道で彼女を倒す以外無さそうだ。


「分かった」


先輩、道着貸していただけますか?できれば防具も。

そう、田中先輩にお願いした。


先輩は「道着は洗濯してるけど、防具は水拭きくらいしかしてないぞ。それでもいいのか?」

そう言ったが。


「構いません。というか、それぐらい知ってますよ先輩」


と、僕は答える。

僕が経験者だって気づいてたんじゃ無かったのか、と思ったが。

意外と、先輩は潔癖症なだけかもしれないな。


剣道の防具は普通、水拭きして陰干しするくらいで、洗剤つけて洗浄をかけたりしないから、面や小手がとんでもない状態になるのが常。

自分以外の防具なんて着けられない。他人のを借りるなんてありえない。

そういう感覚が染みついていたら、そういう言葉も出るだろう。




田中先輩は身長は僕と同じくらいだが、肉の量は先輩が上なので、紺色の先輩の道着は若干ブカブカだった。

でもま、動きに支障が出るほどではない。

袴の丈は問題無いしな。


さっきも言ったが、防具も借りた。

見たところ、手入れはよくされているみたいだ。


しかし。


剣道の防具を着けるの、久しぶりだ。

中二で事件起こしてFHに入るまで、僕は学校では剣道部に所属していたんだが。

そのときに、はじめて防具というものを着けて。


あぁ、このスポーツは地獄かもしれない。


そう思ったのを覚えている。


実家で父親に剣術の稽古をつけられるときは、木刀を使っていたから。

それが、ウチの流派の普通だ、と。


防具も無論つけない。

ひたすら型。たまに仕合形式の実践稽古。


ノイマン発症前は痣を作るのが日常だった。


発症してからは全然貰わなくなったから、そういうことも無くなったが。


……さて。

手拭いを頭に巻き、面付を終えて。

小手を嵌めた僕は立ち上がった。


仮にも部員を次々に自信喪失に追い込んで、辞めさせていった子だ。

油断しないで挑まなきゃな。


田中先輩が頼ってくれたわけだし。

期待にはなるべく応えたい。


僕は問題児と向き合い、竹刀を合わせた。


そして勝負が始まると、問題児は後退し、間合いを離した。


……おや?


攻撃的なことを言っていたわりには、消極的な行動。

疑問が湧いたが、間合いを離されると攻撃できないので僕は間合いを詰める。


そのときだった。


それに合わせるように、踏み込んできたのだ。

こっちはまだ間合いを詰め切っておらず、明らかに、普通に考えれば間合いの外だったのに。


問題はその距離。


一回の踏み込みで、軽く見ても2メートル以上は間合いを詰めてきた。

どういう脚力をしているんだ、この子は!


驚いた。

驚いたが。


……生憎、僕は相棒の動きを視認できる程度には目が良いのと、こういう事態で何もできなくなるようなことは無いようにしていたので。

普通に、対処した。


問題児の超遠間からの踏み込みによる面打ちを竹刀で受け。返す刀で胴を打った。


パァン!といい音がした。


……問題児は驚いていた。

返り討ちに遭うとは思ってなかったんだろう。


……まぁ、無理もないよな。

あんなに踏み込み出来るの、はっきり言って異常だし。


無論、武器はこれだけじゃないんだろうけど、自慢の武器で、ここから自分は敵なしだと思ってたとしても不思議じゃない。

それをあっさり破られたんだから、ショックもでかいだろう。



★★★



私が剣道をはじめた切っ掛けは、近所のお兄ちゃんがやっていたからだ。

私はお兄ちゃんに懐いていたので、一緒に遊ぶ感覚で、道場に入門した。


どうも、私という人間は、剣道と相性が良かったらしい。


特に足運び、踏み込みが良い、って道場の先生は言ってくれた。


でも、お兄ちゃんは


お世辞にも強いとは言えなくて。

昇級試験にもなかなか通らず。


いつも、同門の男の子に馬鹿にされていた。


そして。

私が小学校高学年になった頃、お兄ちゃんは剣道を辞めた。


お兄ちゃんが道場を辞めた後


「才能無い奴はもっと早くに辞めれば良かったんだ」


「無駄な時間だっての」


「あいついたら試合必ず負けるもんな」


男の子たちがそう言って嗤ってるのを聞き。

私はそれが許せなくて。


男の子たちに勝負を挑み


全員、完膚なきまでに倒してやった。


その後


「女に負けて恥ずかしくないの?」


「才能無いのアンタたちじゃない?」


「どうせ伸びないから辞めれば?」


容赦なく罵倒した。

男の子たちは怒りに燃えたが、結局私からは一本も取れず。

結局、その月の最後に、その子たちも道場を辞めた。


彼らが道場を辞めて行ったとき。

言いようのない高揚感と、達成感。

それが私の中を満たした。


それから。

私の中で、男の子の剣士の心を折って剣道を辞めさせるのは、悦びになっていった。

体育会系の男なんて、どんどん自信なくしてスポーツ辞めて行けばいいんだ!

どうせお兄ちゃんをいじめたやつらみたいに、汚いやつらなんだから。


道場の先生は私の考えていることに問題を感じていたみたいだったが、関係ない。

そのまま私は勝ち続け、相手が男の子なら自信を失うように必ず罵倒した。

そして今日まで来たんだけど。


今日、あのとき以来はじめて負けた。


信じられなかった。


この、踏み込みの長さを武器に、超遠間からの一撃。


これに対処できた剣士は、初見では居なかったから。

私の必殺技だったんだ。


「……なかなかすごい踏み込みだとは思うけど、残念だったね」


私を倒した、下村とかいうセンパイは、落ち着き払った声でそう言う。

残心を示すみたいに。

私の胴を打った後、駆け抜けて振り返り、正眼に竹刀を構えつつ。


顔は、面をつけたままだったからよく見えなかった。


「……どうして」


「どうして、って。僕がキミ以上に強かった。それだけ」


私を見下すでもなく、勝ち誇るでもなく。

ただ淡々と、事実を言い。


そして。


「……ひとつ、忠告。自分が完全だとか、最強だとか、そう思った瞬間、人の成長は止まる」


言いつつ、蹲踞の姿勢をとって納刀した。


「キミはそんなすごい踏み込みを持っているんだから、成長を止めるのはもったいない」


下村センパイは、そう言ってその場を退いた。

私は、動けなかった。

心臓が高鳴っている。


「下村、ウチの剣道部に正式入部を考えてくれないか!?」


「そこまでは約束してませんよね?あくまで今回限りの助っ人って話をしたはずですが?」


「そこをなんとか!」


「なんともなりません。諦めてください」


防具を外すセンパイと、部長さんが何か言い争っていたが、私は動くことができなかった。

自分も納刀し、防具を外すことを忘れてしまった。


私を打ち負かし、なのに嘲らず、そればかりか、褒めてくれた……


とても優しくて……そして強い。


……なんて素敵なんだろう。

ひょっとしたら、運命の人かもしれない……


下村文人……私の中に、彼の名前が刻み込まれてしまったのだ。

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