第2話

 みんながハンド・メルト・マイトの次の言葉を待った。


 長い沈黙が流れたあと、彼は言った。


「……だが、他に考えのあるやつがいるなら、先に言ってもかまわないぜ」

「もう今完全に考え聞く気で待ってたから。言ってよ、先生」


 ラック・ザ・リバースマンがそう言うと、彼は無言のままウィンクをしてニヒルに微笑んだ。


「どうせ何も考えてなかったんでしょ?」


 ザ・パーフェクトがどんな時も肌身離さず持っている手足の長い人形をいじりながら視線も上げずにそう呟く。


「フッ……。お前がそう思うのなら、ひょっとしたらそうかもしれない。だが、俺はやる時はやる男。そう思ってる限り、真実は永遠に闇の中だぜ」


 ハンド・メルト・マイトは目を細めて天を仰ぐ。

 そのまま頭を振りながら目を閉じて壁にもたれかかった。


「バニーさん、なにかある?」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが尋ねる。


 見ると、ハート・ビート・バニーが腰のあたりに小さく手を挙げていた。


「いえ、違うんです、これは。あの、そういうのじゃなくて……」

「何かあるのね、言って」

「え、でも。本当に私の考えなんて大したものじゃなくて……」

「いいから。教えてよ」

「いえ、いいんです。あの、いいです。やっぱり」


 ハート・ビート・バニーが首を振りながら腰から徐々に後退して行くのを見て、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの眉間にシワが走った。


 言えばいいのに、とは思うが、なかなか言い出せないのがハート・ビート・バニーだ。


 彼女は慎重派でダメでもいいからやってみるなんてことはしない。

 ダメな状況、危ういタイミング、困難な場所こそ自分の出番だと考えてるラック・ザ・リバースマンにとっては、その丁寧すぎる部分がもったいなく感じる。


 たとえ途方もないバカげたアイデアでも、自分にとってはやる価値はある。

 リスクが高ければ高いほど能力が活きるからだ。


「お願い、聞かせてよ。ボクはバニーの考え聞きたいよ」


 ラック・ザ・リバースマンはハート・ビート・バニーに駆け寄り手を取って言った。


 彼女は目を見開いて大きく息を吸い込む。

 いつも泣き出しそうな顔だが口を開いた時にちらりと尖った八重歯が見える。

 彼女の性格とは不釣り合いなはずなのに、なぜか目がいってしまう。


「あだ名をつけるのはどうかなと思ったんです。というのは、他のチームの報告書を読んでいると、凶悪な事件には犯人にすごい二つ名がついていたりします。ですから、あの犯罪者たちがすごいあだ名であればあるほど、報告書から受ける印象は評価が上がると思ったんですけど。すみません」

「いいよそれ! 最高だよ。すごいよバニー!」

「いえ、すみません」


「面白いじゃん、それ」


 ザ・パーフェクトが飛び跳ねて立ち上がる。

 腰に紐で結ばれている人形が遅れてピョンと宙を舞う。

 普段はやる気なさそうに半分閉じている目がキラキラと輝いていた。


「やれやれ。どうやら、俺の考えの出番はなさそうだぜ」


 ハンド・メルト・マイトが両掌を広げて肩をすくめる。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールも眉間のシワを消して頷いてる。


「ハイハイ! じゃ、狂乱のマッドフランケンってのはどう?」


 ノリノリでザ・パーフェクトが最初のあだ名を出した。

 動かなくてよくなると彼女は俄然やる気を出す。


「すごいよ、パフェ。いきなりいいの出たね」

「フッ……。狂乱とマッドがかかってる、つまり倍恐ろしいってことか。そいつをいただきだぜ」


 ハンド・メルト・マイトが指をパチリと鳴らした。


 ザ・パーフェクトは満足気に頷く。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが再び鏡を使い通路の先を見た。


「あの犯人、フランケンって感じじゃないわ。痩せてるし」

「あの、フランケンシュタインは怪物を作った博士の名前ですから。痩せてる方があってると思います」

「そうなの?」

「そうです。元々イギリスの女性作家が書いた小説なんですけど……」


 ハート・ビート・バニーはそこまで話したところで、全員の視線が集まってることに気づいて急に黙り込んでしまった。

 彼女はやや恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのだ。


「あくまで一つの案だがもう一人は、悦楽のハッピードラキュラってのでどうだ?」


 ハンド・メルト・マイトがそう言った。


 みんな明らかに微妙な表情を浮かべてる。

 誰も何も言わず、視線だけが交錯する。

 女性陣三人の視線がラック・ザ・リバースマンに集まる。

 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが小さく咳払いをして目で訴えかけてきた。

 なにか言いなさいよと促されている気がする。


「先生、漫才コンビじゃないんだから、無理に合わせなくてもいいさ」

「なるほどな。考えようによっては漫才コンビとも言えるが、さすがにそいつは皮肉が効きすぎたようだぜ」


 そう言いながらハンド・メルト・マイトは手を大きく振り上げてから顎をさすった。


「三人殺しのジョー」


 ザ・パーフェクトがハンド・メルト・マイトの動きを真似ながらそう言った。


「すごいね。よく出るねそんないいやつ」


 ラック・ザ・リバースマンの賞賛に彼女は心持ち顎を持ち上げて鼻の穴が広がる。

 内心相当自信があったのだろう。


「まぁね。ざっとこんなもんだから。いいよ、使っても」


 ザ・パーフェクトは身体をくねらせながらハンド・メルト・マイトのすぐ脇に寄った。

 長身のハンド・メルト・マイトに比べてザ・パーフェクトはチーム内でも一番背が低い。

 顔は胸のあたりまでしか届いていなかったが、人形を掲げて長身のハンド・メルト・マイトを覗き込むよう動かす。


 この安い挑発にハンド・メルト・マイトは簡単に乗った。

 前髪を勢い良く上げると指を銃の形に構えてラック・ザ・リバースマンに狙いをつける。


「俺に言わせれば、四人殺しのジョーの方が、より恐ろしいぜ?」

「先生、確かに数が多いほうが恐ろしいかもしれないけど」

「五人、いや、ここは思い切って百人殺しのカルマでどうだ?」

「百人殺してたらボクらがあだ名付ける前に、指名手配になってるね。先生」

「実際には殺してない。半殺しだ。百人半殺しのカルマでどうだ!」


「それなら約分して五十人殺しになりますね」


 ハート・ビート・バニーがフォローをするように言った。


 ザ・パーフェクトが無言で鼻の下を伸ばし、ほぼ白目の状態でハンド・メルト・マイトの目の前で人形を踊らせる。


 いつもクールなハンド・メルト・マイトは、神の名を呟いて天を仰いだ。


「じゃ、狂乱のマッドフランケンと十人殺しのカルマでいきましょう」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが手を叩いた。


 その言葉に、ザ・パーフェクトは唇を尖らせ、ハンド・メルト・マイトは腕を大きく広げて腰を直角に曲げる大仰な礼をした。

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