7.無慈悲


「それ以上近付くんじゃねえぇっ! こいつをぶっ殺されてえのかあぁっ!?」


「た、助けてえぇ……!」


 いるいる、例の人質を取って暴れてる悪党とやらが。


 俺たちは早速依頼をこなすためにメイヤ村を訪れていた。小振りな武具屋の店先で、甲冑を着こんだ恰幅のいい男が斧を掲げながら叫んでいて、その横にはロープで縛られた状態で座り込む女性の姿があった。


「おいお前ら、俺は本気だからな!? 俺の近くにきやがったら、目の前でこの女の首を刎ね飛ばしてやるっ!」


「ひいぃっ……!」


 甲冑の男は血眼で斧をブンブンと振り回し、俺たちを含め、周りにいるやつらに威嚇している。俺は悪党の皮を被ってるとはいえ、中身は至って普通寄りだから見てて本当に腹が立つ。あのままじゃ精神的にもきついだろうし、早く助けてやらないと……。


「ディルの旦那、ありゃかなりやべえっすよ。ちょっとでも近付けば、本当に人質を殺しちまってもおかしくねえかと……」


「ああ、そうだな……」


 確かにラルフの言う通り尋常じゃない暴れ方で、大きな斧を棒きれのように軽々と片手で振り回していることから、一歩でも間違えれば大惨事につながりそうだ。


「うぅ、人質さん、かわいそー!」


「早く解放してあげたいですわ……」


「だねー」


「ああ、なるべく早く人質を助けないと――」


「「「――えっ?」」」


「……」


 俺はリゼ、ルリア、レニーの三人から訝し気な視線をぶつけられてはっとなる。そうだったそうだった、みんなの声に引き摺られた結果とはいえ、また俺が悪党だっていう設定を忘れてしまっていた。ここをどう乗り切ればいいのか……。


「あれですかい、旦那」


「ん、どうした、ラルフ?」


「ここで人質を殺されたら、悪党としての面目が丸潰れになっちまうってことっすよね?」


「そ、そうだ。やつが人質を殺すことで、悪党として俺より目立つのは我慢ならんからな。殺すなら俺が人質ごと始末してやる……」


「「「「おおっ……」」」」


 ニヤリと笑みを浮かべた俺に対し、畏怖と尊敬の入り混じった視線が集まるのを感じる。これでいい、これでいいんだ……。


 だが、俺の召喚術はあくまでもガチャ脱力系だから、舐められないためにももっと脅しておいたほうがいいかもしれない。そうすれば、結果がしょぼかったとしてもバイアスがかかって強力に見えるかもしれないし。


「ラルフ、リゼ、ルリア、レニー……お前たちに一つ言っておきたいことがある。俺の召喚術の巻き添えになって死ぬかもしれないが、いいか……?」


「「「「え……?」」」」


「正直、味方でも命の保証はできない。それくらい強力だからだ……」


「「「「ごくりっ……」」」」


 俺の寂しげかつ愉悦的な微笑みに、みんな震えあがってる様子だったがまもなくきりっとした顔立ちに変わった。なんだ?


「悪評高きディルの旦那を新たなリーダーとして迎え入れたときから、死ぬ覚悟はできておりやす……」


「リゼ、死ぬの怖くないもん……」


「逝くときは一緒ですわ」


「玉砕よ!」


「ラルフ、リゼ、ルリア、レニー……ありが――」


「「「「――ありが……?」」」」


 違う、ここで言うのはお礼じゃない。俺は悪党なんだ。ありが、ありが……。


「ありが……蟻が一匹すら消えてなくなるくらい、無慈悲な召喚術を決めてみせるぜ……」


「「「「おおっ……!」」」」


 ふう、なんとかごまかせた。偶然ではあったが、これだけ念入りに脅してやれば俺の召喚術にも箔がつくというものだろう。


 さらに俺は悪党に向かって白目を剥き、クレイジーさもおまけで付け足してやった。その影響なのか、なんだか体が熱くなってくる。最初は演技でしかなかったが、本当に悪人のようになった気分だ。さあて、そろそろおっぱじめるとしようか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る