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キクイチ

いざない

 思春期真っ盛りの学生、ヒラタ=キョウヤは、学業成績も運動神経もよく、クラス委員まで務め、身長も高い方。容姿も良い方で、女子ウケもよく、何度か告白されたこともある。


 そんな優良物件男子にも悩みがあった。


 彼は、いつも孤独を感じていた。


 周囲からは、人当たりがよく誰からも好かれているように思われがちだが、親友とよべる相手は一人もいなかったのだ。


 夏祭りやクリスマス、年末年始などの季節のイベントやら、プールに遊びにゆく時に誘ってくれる程度の友人はいた。


 しかし、いつも〝おまけ〟としてのお誘いだった。

 気がつくと集団の中で、ポツンとひとりでいるのだ。

 キョウヤは、それがとても息苦しかった。

 

 それならば、彼女を作ろうと思っても、意中の女子はいるのだが、ほとんど面識もなく、告白できずに、遠くから眺めてばかりだった。しかも、その女子が気になりすぎて、他の女子から告白されても受け入れられないでいた。変なところで一途な性格だったのだ。



 そんな時だ、クラスメートのサワフジ=サユリに不思議な提案を持ちかけられたのは。



 キョウヤは、ある夏の日、知人に誘われ市営のプールに遊びに行った。

 いつも通り、一人になり、プールサイドで日光浴をしていた時だった。


 プールから上がる一人の女性をなんとなく見たら、その女性的な健康美にハッとしたのだ。そして、顔と見ると目があってしまった。


 その女の子はクラスで隣の席になって、よく会話をするようになった、クラスメートのサワフジ=サユリだった。


 サユリはキョウヤと同じく、バスケットボール部に所属している。

 身長は平均的な女子そのものだが、勝気な性格で、主力選手として活躍しているスポーツ万能女子だ。


 ちなみに、キョウヤの意中の相手はサユリの親友で同じバスケ部のウエダ=シノブだった。シノブは穏やかな雰囲気を持ちつつも芯が強い印象の女子だった。


 サユリは、プールから上がると、水着のヒップを直してから、口を開く。


「ヒラタじゃん。相変わらずボッチしてるの?」


 サユリはキョウヤがボッチなのを見抜いている数少ない人間だ。

 彼女は、クラスで会話する時も、いつも痛いところを的確についてくる。


「……それが何か? 悪い?」


「悪いよ。

 今、私の体を見てたでしょ?」


「偶然目に入っただけだよ」


「で、感想は?」


「別にいいだろ?」


「ダメ、ちゃんと感想言ってみて」


「……健康的で、綺麗だなって思った」


「ほぅ……、確かにエロい目では見てなかったね。許してやろう」


 サユリはキョウヤの隣に腰を下ろし、一緒に寝転ぶ。


 キョウヤが言う。

「友達と一緒なんだろ? こんなところにいていいのかよ?」


「一人だよ。悪い? 毎週通ってるの。

 ヒラタが見えたから、ここまで泳いできたの」


「で、僕になにか用事?」

 キョウヤはちょっとドキドキした。


「男子だねぇ。いま妄想してドキドキしちゃった?」


「うるさいな。勘違いさせるような言動をするからだよ。

 男子にそうやって近づいてきたら、誰だって勘違いするよ」


「バカだよね、男子って。そう思わない?」


「まぁ、異論はないかも」


 サユリの声のトーンが変わった。

「……羨ましいって思った?」


「え? なにが?」


「私のこと。ときどき羨ましそうに私のこと見てるよね?」


「え? 何言ってるの?」


「誤魔化さなくていいってば。私にはバレバレだから。

 正直に言わないと、シノブに、私のことエロい目で見てたってばらすからね」


「……わかったよ。そうだよ。羨ましいって思うことがよくあるよ」


「ヒラタは、私みたいな女子に産まれたかったの?」


「ちがうよ! 変なこと言うなよ。僕も怒る時はおこるからね?」


「じゃぁ、何が羨ましかったの?」


「……才能……かな」


「才能? ヒラタってさ文武両道じゃん。それでも私に憧れちゃうの?

 バスケだって不動のレギュラーだし。めちゃくちゃ上手じゃん。

 私よりうまいでしょ?」


「僕は、かなり努力してバスケで今の位置にいるつもりだけど、サワフジはどんなスポーツでも万能にこなすでしょ?

 体育の成績はバスケで鍛えた体力でカバーできてるから、みんなは騙されちゃっているけど、僕さ、実は、小学生の時から長年やってきたバスケ以外はまるでダメなんだよね。

 嫌になるくらい不器用なんだよ。運動も人間関係もさ。

 それに引き換え、サワフジは器用だよね。何やっても上手にこなす。

 しかも、僕と違って勝負強い。

 プレッシャー感じたことないんじゃないかってくらい、いつも堂々としてるしね。

 そう言う意味で、嫉妬を超えて、憧れちゃうのかもね」


「もしかして私、告られてる?」


「……ち、ちがうよ! 僕の劣等感を告白しただけ」


「まぁ、そっか。ヒラタはシノブ一筋だしね。

 しかし、学園カースト上位にいるヒラタにも悩みがあるんだね。

 そんなに私のことがうらやましく見えてたんだ。

 でもさ、バスケで 1 on 1 したら絶対、私負けるよね?」


「そりゃ、身長差あるし、筋力だって違うしね。それ以外のスキルは、サワフジの方が上だと思うよ。センスが違うと思う。特にシュートの成功率が段違いじゃん」


「シュートか。ゴール下の動きならヒラタの方がうまいけどね。

 たしかにスリーポイントは私の方がうまいかも」


「苦手なところは諦めて、ゴール下だけ徹底的に努力したからね」


「諦めちゃうからダメなんじゃない?」


「才能ある人に何言われても説得力がないよ」


「そんなことないって。でも、なんと言うかさ、ヒラタって女々しいよね」


「……悪かったね。用事は済んだ?」


「ごめんごめん。傷つけるつもりはなかった。

 うまく言えないんだけど、話してると、時々、女子と話してる感じになるの」


「……それ、どう言う意味? めっちゃ傷つくのだけど」


「うーん。なんか、諦めが早いなって。受動的なところあるよね。傷つきやすいし」


「……まぁ、そうかも。でも、そんなに女々しい?」


「うん。他の女子達からは、ヒラタって他の男子と違ってやさしいって好印象だけどさ。私には違って見えるんだよね」


「どう言う風に?」


「無理して男子やらされてるって感じ何するの。

 普通でいさせてもらえないのかなぁってかわいそうに見える時がある」


「それで? 何が言いたいわけ?」


「私さ、ヒラタみてて、思うんだよね。

 ヒラタって女子のが向いてるなぁって、むしろ私の方が男子に向いてるってさ。

 時々変わってあげたいときあるもの」


「さすがに、我慢の限界。他に移動するね」

 キョウヤは立ち上がろうとする。


「男子達とうまくやれないんだよね?

 他の男子のこと子供っぽく見えてるんじゃない?」


 キョウヤは動きを止める。


「そうだけど、それがなにか?」

 確かにそうだった。子供っぽくで下品で短絡的なところが苦手だった。


「女子とならうまくやれる気がしない?」


「男子が女子の輪にはいれるわけないよね?

 それこそ虐めの対象になるよね?」

 キョウヤは再び立ち上がろうとする。


「私さ、今、行き詰まってるんだ……」

 サユリが切実そうに告白をはじめる。

 キョウヤは少し考えてから、立ち上がるのを止め、寝転んだ。


「どうかしたの?」


「女子の文化に馴染めないの」


「ウエダとは仲良しじゃん。他の女子ともうまくやれている様におもえるけど?」


「ヒラタと同じ。私も無理してる。

 シノブは別格だけど、女子同士の付き合いって本当に面倒なの。

 男子にはわからない様に表向きはいい感じに装ってるだけ。

 上を目指そうとする女子ってさ、陰湿ないじめを受けるのよ。

 足並み揃えないとだめなの、本当にめんどい。

 挑戦すらしないで、自分の限界決めてすぐ諦めちゃう受動的な子が多いし。

 それを盛り上げようとすると、爪弾きにされちゃうから多変なのよ。

 私の場合はシノブがいてくれてるから今までなんとかなってきたけど、

 これから、上位狙いたいって思っても他の女子は協力なんかしてくれないしね」


「ウエダだけじゃだめなの?」


「シノブは限界まで頑張ってくれてるけど、これ以上迷惑かけたくないのよ。

 かなり無理させちゃってるし。

 私は、ヒラタが羨ましくて仕方なかったんだよ。

 チームメンバーに恵まれてるし、一人で浮いてても男子は気にせず付き合ってくれるしね。

 もし、私がヒラタだったら、もっとうまくやれる自信あるよ。

 今のヒラタは宝の持ち腐れだよ。

 私の代わりに女子してて欲しいって本気で思ってる」


「無茶苦茶言うなよ。僕のせいかよ」


「ちがうけど、もしさ、女子になれば、ヒラタの恋が成就するかもだよ?」


「はぁ? 何言ってるの? もう、いい加減にしてくれ」


「シノブってさ、恋愛対象がが女子なの」


「……え?」


「絶対内緒にしてね」


「……わかった、誰にも話さない」


「いまのシノブの彼女ってさ、私なんだ。

 もしさ、ヒラタが私になったらシノブの彼女になれるんだよ?」


「なんか、僕とサワフジが入れ替われるみたいな話になってない?」


「うん。入れ替われるよ。

 入れ替わって欲しい。

 ヒラタは私になった方が絶対に悩みがなくなって、しあわせになれる。

 だからさ、私をヒラタにならせて」


「……帰るね。聞かなかったことにするから」

 

「まって、本当なの。入れ替われるの。信じて!

 羨ましいのでしょ? 私のこと。

 私の体も人生も全部あげるから……ね?」


「どうやるの?」


「入れ替わってくれるの?」


「本当に入れ替われるのなら、それでいいよ。

 どうせ僕をからかっているのだろうけどさ」


「男に二言はないよね?

 てか、入れ替わったら女になるけど」


「いいよ、やれるものならやってみてよ」 


 サユリは嬉しそうに、飛び起きると、言う


「ちょっとここでまっててね。

 約束したからね。

 破ったら学校でボロクソに変な噂流すから」


 そう言うと、ロッカールームに入って行った。



 ……



 キョウヤが日光浴に戻って寝転がっていると 

 サユリが棒のついた飴玉を1本もってきた。

 サユリの口には、別の飴玉が入っていた。


 サユリが、キョウヤに飴玉を1本さしだす。

「おまたせ、〝サワフジ〟。これ舐めて」


「なにこれ?」


「とりあえず、味が変わるまで舐めてみて。

 最初は美味しいけど酷い味になるからすぐわかる。

 絶対に歯で砕かないでね。

 舐めて溶かしてねいい?」


「わかった……」

 キョウヤは飴玉を口に放り込む。

 確かに美味しい。


 サユリはもう一本を舐めながら、隣に寝転んだ。


 しばらくするとサユリが言う。

「うげ、まず……」

 サユリが飴玉を取り出す。


「うぁ、まず……」

 キョウヤも飴玉を取り出す。

 サユリが、キョウヤから飴玉を奪いサユリの口に入れ、サユリが舐めていた飴をキョウヤの口に突っ込んだ。

 

 キョウヤが驚く。

「おま、これ、関節キス」


 サユリがニヤニヤして言う。

「ドキドキした?」  


「でも普通に美味しいな」


「うん、普通に美味しい」


 そして、二人はいつの間にか眠ってしまった。

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