落とし物を届けたら双子の美少女がやってきました

taqno(タクノ)

出会い編

第1話 落とし物のお礼に、美人の双子がやってきた

「あれ、ハンカチが落ちてる……」


 俺、進藤亮しんどうりょうは下駄箱で靴を履き替えてから教室に向かう途中で廊下にハンカチが落ちているのを発見した。


 ずいぶんと可愛らしいピンクのハンカチだ。これの持ち主は確実に女子だな。もし男子だったら引く。

 落とし物を見つけた以上持ち主に渡さないといけない。たかがハンカチだけど、無かったら困るだろうし。


 どこかに持ち主の名前でも書いてないかな。


「あった。えっと……朝倉?」


 朝倉というと一年で噂になっている女子が思い浮かぶ。

 入学からまだ一ヶ月しか経ってないのに既に十人以上の男子から告白されたとかなんとか。


 疑わしい話だけど、廊下を歩く朝倉さんをチラリと見かけた時はその噂が本当らしいと確信した。

 読者モデルをやってるって話も耳にしたけど、彼女の容姿なら納得のいく話だ。


 それほどの美少女が同じ学年にいるのは夢がある話だが、陰キャの俺には縁の無い話だと思っていた。


「まさかあの朝倉さんのハンカチか、これ」


 とりあえず職員室に行き、担任の元へ行こう。



「おうどうした進藤。こんな朝っぱらからめずらしいじゃないか」


「先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか」


「俺に分かることなら何でも聞け。で、なんだ? 宿題の答えなら教えないぞ」


 誰がそんなことを教師に直接聞くのだろう。普通そういうのは友達から聞くもんじゃないのか?

 いや俺に宿題を教えてくれるような友達はいないんだけどさ……。


「確か一年に朝倉さんっていましたよね。一年……」


 ここで俺の言葉は止まってしまった。というのも朝倉さんのクラスをしらなかったからだ。


 よく思い出せ……! 同じクラスの情報通ぶったやつが自慢げに俺に教えてきたはずだ。

 確か朝倉さんは一年の……四組だか六組だとか言ってたはずだ。あれ、どっちだっけ?


 まあいいか。とりあえずどっちかを聞いてみて間違ってたらもう一方を聞けばいいや。


「一年四組にいましたよね、朝倉さん。落とし物拾ったんで四組の先生に渡したいんですけど」


「ああ、確かいたはずだ。四組の担任はほら、そこの先生だ」


 俺は向かいの机の先生に朝倉さんのハンカチを拾った旨を伝えて、職員室を後にした。

 ふう、朝からいいことをしたから気分が良い。一日一善、小さな事でも他人のためになるようなことをしていればいつか自分に返ってくるからな。

 今日はきっといいことがあるはずだ。あるといいな。


 ん? 担任に渡すより本人に渡した方が早いんじゃないかって?

 馬鹿言っちゃいけない。俺のような陰キャが他のクラスの、それも話したこともない女子を相手に出来るわけがない。

 ハンカチ落ちてたよと言って届けても『え、なにこいつ。何で私のハンカチ持ってるの? キモっ』とか思われるのがオチだ。


 結果的に本人の手に渡るんだから、これでいいじゃないか。意気地無しとか言ってはいけない。



 ◆◆◆◆◆



「腹減ったなー」


「今日は午前中体育だったからいつもよりお腹すくよね」


「進藤、今日もコンビニ弁当なん?」


「うん、健康的にはダメって分かってるんだけどな」


 昼休み、いつものようにクラスの冴えない男子で集まって弁当を食べていた。

 友達の少ない陰キャにとって、同類というのは貴重な仲間なのだ。教室の隅で慎ましく過ごす俺たちは無害そのものだろう。


 ただ単に影が薄いとも言うが。


 もそもそと冷めた弁当のからあげを口に運んでいると、ふと教室の外が騒がしいことに気付いた。

 いったいどうしたんだろう。何か事件でもあったのか? いやそれだともっと騒がれてないとおかしいか。



「すみませーん! このクラスに進藤君っていますかー?」


 凜とした声がうちの教室に響き渡る。

 見てみると学校一と言っても過言ではない美少女、朝倉さんがうちの教室へと入ってきた。


 なるほど廊下のざわめきは彼女のせいか。そりゃ朝倉さんが他のクラスに尋ねに来たら騒ぎにもなるよな。


 ……って進藤? このクラスで進藤と言ったら俺しかいない。


「あ、君が進藤君かー。朝はありがとねっ! ハンカチ拾ってくれたんでしょ?」


 整った顔と、嘘みたいに大きな瞳が俺に向けられる。


 うわ……顔ちっちゃ……。目でか……。まるで人形みたいだ……。


「や、やっぱり朝倉さんのだったんだ。間違ってたらどうしようかと……」


「うん、本当助かったよ。あのハンカチお気に入りだったみたいでさー。見つかった後、すっごく喜んでたよ」


 あれ? 何か引っかかる言い方だな。まるで他の人の話をしているみたいだ。


「え、朝倉さんのハンカチだったんだよね?」


「そうだよ? 後でお礼言いに来るって」


「……???」


 お礼なら今貰ったはずだが? 彼女はひょっとして不思議ちゃんなのだろうか。


「あ、そろそろ行かなきゃ。またね進藤君!」


「う、うん……また」



 思わずまたねと言ってしまったけど、これはもしかして朝倉さんと知り合いになったってことだろうか。

 嬉しいと言えば嬉しいけど、陰キャの俺には少々荷が重いというか何というか……。



「おい進藤! テメェあの朝倉さんとどういう関係だコラ-!」


 金髪のリア充男子が俺に詰め寄ってきた。


「話したままの関係だよっ!?」


 こんな感じで、普段は話したこともないような男子たちから怒りを向けられてしまうから、出来ればお近づきになりたくないなーというか。


 いや朝倉さんはいい人だと思うけど。でも被害を考えたらちょっと怖いかも。


 こうして俺は他の大勢の男子の恨みを買うことになってしまったのだった。



 ◆◆◆◆◆



「はぁ……酷い目にあった」


 あれから休み時間が来る度にリア充どもから襟を掴まれて質問攻めにあった。おかげで制服が少しよれてしまったじゃないか。

 いやそこは気にするところじゃないか。まさか昨日まで平和に暮らしていた学校生活が、こうも一変するとは。

 落とし物を届けただけで男子の恨みを買うなんて、とんだ災難だ。

 いやはや何が起こるか分かったもんじゃないな。まぁ朝倉さんのハンカチを拾ったこと自体は後悔していないけど。


 あのまま俺が拾わなかったら朝倉さんも困っていたはずだ。

 困っている人を助けるような人になれと父さんに小さい頃から言われてたし、間違ったことはしていない。


 けどこれから毎日こんな生活が続くのは困るなぁ。

 人の噂もなんとかって言うし、早いところ収まってくれるのを待つしか無いか。


「あの……」


 さて、放課後は何をして過ごすかな。昨日はゲーセンに行ったし、今日は本屋にでも寄るか。


「あ、あの……!」


「ん?」


 後ろからか細い声で呼ばれていることに気付く。振り向くとそこには朝倉さんがいた。


「朝倉さん……。あの、俺に何か?」


 そういえば昼休みに『後でお礼言いに来る』とか言っていたな。もしかしたら、改めてお礼を言いに来たのだろうか。


「えっと……朝は……その……」


「ごめん、ちょっと聞こえないんだけど……」


「ひゃう! ご、ごめんなさい……」


「いや、怒ってるわけじゃないから……」


 喉の調子でも悪いんだろうか。昼休みの明るい声が嘘のように小さくなっている。


「朝……ハ、ハンカチ……」


「ああ、それならいいよ。昼休みにお礼は言ってもらったし、気にしないで」


「それは……えっと……違うくて……」


「?」


 朝倉さんの様子がどうにもおかしい。

 普段の彼女とはまるで別人のように大人しい。というか、言い方は悪いけど……暗い?


 いや別に俺も朝倉さんのことに詳しいわけじゃないから、一人のときはこんな感じなのかもしれないけど。


 それにしても本当に別人なのではないかと思ってしまうほど、昼に会った彼女と様子が変わっていた。


「あの……お昼に会ったのは……妹の由香ゆかです……」


「い、妹!?」


 ってことは、この人は朝倉さんのお姉さん!? 朝倉さん本人にしか見えない。


美佳みかは姉の美佳……です」


 えっと……つまり俺が知ってる朝倉さんは妹のユカで、ハンカチの持ち主が姉のミカ。

 今目の前にいるこの子ということだろうか。


「妹さんとすごいそっくりだね。双子だったり?」


「う、うん……ミカは四組でユカちゃんは六組……」


「ああそういうことか」


 そういえばクラスの事情通こと丸井が言っていたような。


 確か『学年一可愛い子が四組と六組にいるぞ! 朝倉さん姉妹だ!』とか言ってた気がする。

 それで朝、朝倉さんのクラスは四組と六組のどっちか迷ってしまったのか。


 それにしても双子とはいえよく似てるなぁ。言われなかったら気付けなかった。


「あの……本当にありがとう、ございましゅっ!」


 噛んでる……。


「本当に気にしなくて良いよ。でもそんなに大事なハンカチだったんだ」


「うん……これ、ユカちゃんにもらった大事なプレゼントだから……」


「朝倉さんたち、仲が良いんだ」


「と、とっても……いい、です」


 そう言って、朝倉さん――ミカはにっこりと笑った。

 その笑顔を見て俺の胸が少し鼓動を早めた気がしたけど、きっと気のせいだろう。


「じゃ、じゃあ……進藤君また……ね?」


「う、うん。また……。また……?」


 こうして学年一かわいい姉妹と知り合いになってしまった。

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