第8話 「見つけ次第、勇者連合会に報告を!」と書かれている。▼




【アルファの町】


 勇者『佐藤』は町に入れないでいた。

 入ろうとすると、見えない壁に阻まれる。佐藤は叩いてみたり、蹴ってみたり、下位の魔法を使ってみても、その見えない壁はびくともしない。


「……入れない……結界か……魔王め、姑息なまねを……!」


 道の真ん中でそうしていると、中から町の人が佐藤を見つけた。


「すみません、ここで魔王を見たという目撃情報があったんですが、入れなくて――――」

「ひいっ! 勇者!」


 町の人間は佐藤を見るなり、逃げるように身をひるがえし逃げて行ってしまった。


「…………」


 今までの勇者の所業を考えれば、勇者におびえるのは無理もないことだ。

 しかし、自分が勇者登記をしたばかりで間もなく、少し前までは町民であり、同じように勇者におびえていたのに……そう思うと佐藤は複雑な思いであった。

 誰でも良心を捨てて、魔王打倒を目指せば勇者となるのに、こんなにも勇者という職業は誰にも歓迎されていない。


 佐藤はその結界に穴がないかどうか、結界に沿って歩き始める。

 結界に手をついて佐藤は歩く。


 ――なにか、町に入れるヒントのようなものはないのか?


 そうしてしばらくすると、町の人々が佐藤を見つけて走ってくるのが見えた。

 なんだ、助けに来てくれたのか。ありがたい――――と、佐藤は考えた矢先、


「凝りもせず、また勇者が来た! いたぞ!」

「ここはもう、魔王様が統治されてるのよ!」

「出ていけ! 二度と来るな!」


 そう町の人からは自分を追い払おうとする声が上がる。

 その言葉にショックを受けるよりも、“魔王が統治している”と聞いて、佐藤は目を見開いた。


「魔王が統治とはどういうことですか? 今、魔王が各村や町を魔族に襲わせているんですよ!」

「魔王様がそんなことするわけないだろ!」

「そうよ! 勇者連合会が勇者に町を襲わせているんだろう!? ふざけるな!」


 町民は結界の中から佐藤に向けて石を投げる。

 佐藤は必死にガードしながら「やめてください」と懇願する。


「今、魔王城に近い町は襲われているんです! 魔王を探しています! どこにいったんですか!?」

「魔王様ならゼータの町に向かわれた! とっとと失せろ!」


 ――ゼータの町!?


 自分が勇者登録をした町に魔王が向かっていると知って、佐藤はギリッ……と歯を食いしばる。

 佐藤は来た道を戻ることにした。

 この町に来る道中、すれ違うことはなかった。魔王の一行がいるとあらば、すぐに気づくだろう。

 魔族を引き連れ、大軍をなしているに違いない。


「くっ……」


 佐藤は走った。

 初期装備を買うのにすべて金は使ってしまったため、馬を買う金はない。だから徒歩で町まできた。徒歩で戻るには3日はかかる。


 ――頼む……無事でいてくれ……


 佐藤は懸命に走ってゼータの町へを向かった。




 ◆◆◆




【ゼータの町 メギド】


 町は水路の整備がされており、町の中を川がいくつも流れている。

 比較的にアルファの町よりも栄えている。栄えていると言っても「比較すると」という意味だ。

 ここには有名な壷師がいるらしい。各町村に見事な壺を作って売っているとか。壺など勇者が片端から破壊するものだから、見事な壺など私は見たことがない。

 壺などというものは私からすれば使い道がないが、美しいものならその実態が壺だろうが瓶だろうが構わないというわけだ。

 しかし、町に入っても誰も見当たらない。まるで誰もいないかのようだった。


「誰もいないな……結構栄えているって聞いてきたんだが……」

「本当ですね。ここには何度も来たことがありますけど、たくさん人がいたはずです」

「…………」

「メギド、どうしたんだ?」

「いや……」


 民家の壁に貼られている1枚の紙に私は目を奪われていた。


「なんだ? これ」


 そこには「見つけ次第、勇者連合会に報告を!」と書かれており、なにやら下手な人物像の絵が描かれていた。

 その下に「魔王メギド」と大々的に書かれている。


「………………」

「勇者の連中、メギドが勇者を倒して回ってることをもう察知したのか」

「………………」

「ん? どうしたメギド、なんだかいつもより元気がないぞ」

「……おい、お前はこの手配書に違和感を覚えないのか?」

「は? あぁ……情報が回るのが早いとは思うが……」


 私はほかの壁に貼ってあった同じ手配書をすべて炎の魔法で焼き払った。

「ゴォオオオッ!」と炎が勢いよく立ち上る音が静かな町に響く。

 そして乱暴に目の前の手配書を破るように手に取った。


「お、おい。そんな怒るなよ。俺たちがしてることは勇者連合会に喧嘩売ってるようなもんなんだから仕方な――――」

「そんなことではない。よく見ろ! なんだこの不細工な肖像画は。私に失礼だとは思わないのか? 私はこの世で最も美しい魔王だぞ? 無機物ですら私の美しさに敬服するというのに、なんだこれは。許せんな。これを描いた者、描かせたものはペンを二度と持てないようにしてやろう」

「そっち!?」

「確かにこれは上手とは言えませんね……」


 ボオッ!


 ふざけた手配書は炎に焼かれて灰塵と化した。


「酒場とかいう無職のたまり場に行くぞ。腹が立って仕方がない」

「そんな怒るなよ、髪とか角とかは特徴をとらえてた――――」


「ボンッ」と小爆発をタカシの前で起こすと、タカシは驚いた拍子に落馬する。


「いってぇ……なにすんだよ!?」

「あの絵の、どこに私の特徴をとらえていたと……?」


 殺気を放ちながらタカシに尋ねると、タカシは「冗談ですよ、冗談。ハハハ」と青ざめた表情で私に身振り手振りで誤魔化そうとした。


「……他に言うことは?」

「すみませんでした」

「ふん……まぁ、お前の目は光の屈折がおかしいことなど、とうに解っていたことだ。さっさと行くぞ」

「お、おい、置いていくな!」


 馬を歩かせ、注意深くあたりを見渡しながら移動すると“ある事”に気付く。

 町の住民たちは家の中や、店の中に身をひそめながらこちらの様子をじっと窺っているようだった。


 ――この町の住民はどうやららしい。魔王と聞けば恐れおののいて逃げ惑うもの……とはいえ、逃げようとしている様子はないが


 3頭の馬のひづめの不ぞろいな音だけが不気味に響く。


「なんだか、不気味ですね……視線は感じるのに、誰も声をかけてこようとしません」

「私に恐れおののいているのだ。当然だ」

「町の人間にとっては魔王よりも勇者の方が脅威のはずだけどな。魔王が来たら俺の村とか、アルファの町みたいに喜びそうなものだけど」

「私を見て恐れおののかない方がおかしい。私は幼い頃より、魔王というのは恐怖の象徴として語り継がれていると聞いて育ったぞ」

「…………まぁ、昔はそうだったのかもしれないけどな。今は勇者と戦う魔族のほうがありがたがられてるよ」

「まったく理解できんな」


 そうこうしている間に、川の道を沿って行った場所にある酒場に到着した。アルファの町の酒場よりも大きい。木でできた粗末な作りの入口は、アルファの町のものと大して変わらなかった。


 ――入口というものに気を遣えないようでは、どこまで行っても二流、三流だな


 まず、門というものを豪奢に作りこんでこそ、威厳というものが保たれるのだ。こんな子供の日曜工作のような扉では、入る気にもならない。


「急に吹き飛ばすなよ。民間人がいるかもしれないからな」

「ふん。堂々と正面から入るに決まっている」

「だ、大丈夫なんですか、まおうさま? 中からおそってくるかも……」

「問題ない」


 私が正面から入ると、何人かが私めがけて剣を振り下ろす。


 ピタッ……


 その剣は私の指と指の間で止まる。

 私を貫こうしたら安物の剣も私の手でピタリと動きを止めた。

 入る前からどこに何がいて、どんな姿勢をとり、何を持っているかなど、この私にはお見通しだ。

 薄汚い虫どもが私にたかろうとしていることなど、わざわざ魔法を使わずともわかる。


「なっ……!」

「こんな安物の剣で私を殺そうとするなど、失礼だとは思わないのか?」


 私に剣を向けた勇者と思われる人間たちは全部で4人。

 全員が剣を引こうとするが私が力を入れると「バキンッ」と音を立ててすべての剣が折れて崩れ去る。


「これでどうだ!?」


 1人が魔法を発動すると、マッチの火かと思われるような火球が飛んでくる。

 酒場の中にはこいつらしかいない。ならば多少荒っぽいことをしても問題ないだろう。

 水の魔法を私が手加減をして発動させるが、それは私をとりまく大渦となって勇者というどうしようもない無職4人を飲み込んで荒れ狂う。

 酒場の壁にそのまま叩きつけると、全員が口から水を吐きながら激しくせき込んだ。


「ごほっ……ごほっ……がはっ……!」

「おい、とんでもなく不細工な似顔絵の下に私の名前を書いた、救うことなど到底適わないほどの愚か者はどいつだ?」

「へっ……不細工だって? ご本人様、そっくりじゃねぇか……」

「……その減らず口、永遠にきけなくしてやろう」


 私は手をかざし、呪いの魔法を形成する。

 呪いの魔法にはいろいろある。

 勇者の額に名前を刻む嫌がらせ程度の呪いから、死ぬまで苦しみ続ける悪趣味なものまで様々。


「メギド、やりすぎだ!」


 急にタカシは私と勇者の間に割って入った。両手を左右に広げ、勇者をかばおうとする姿勢を見せる。


「どけ」

「永遠に口をきけなくするって……殺すのはやりすぎだ。落ち着けって」

「誰も殺すなどとは言っていないだろう」

「え?」

「早合点をするな。だからお前は虫以下の頭脳なのだ」


 私は美しくない魔法は使わない。

 私が呪いの魔法を、せき込んでいる勇者どもにかけると、呪印が喉元に焼き付く。


「これでもう二度と、その汚らわしい口は利けない」

「……? これは、なんでございますの? !? な、なんでわたくし、こんな言葉遣いに……!? !!?」

「な、なんだ?」


 タカシは薄汚い無職どもを見て、その口々に発せられるを耳にする。

 断っておくが、全員むさくるしく、美しさの欠片もない男たちだ。

 その男たちが声を振り絞って上品な声で、上品な言葉を紡ぐ様は滑稽と言わずしてなんというのだろう。


「あははははは、変な言葉遣いです。ははははは!」


 メルは指をさして勇者たちを笑いものにした。


「魔王様!? その美しいお顔であらせられる魔王様!? これは、一体どうなっておいでなのですか!!?」

「私は口汚い者は嫌いだ。一生その言葉遣いで生きるがいい、『ふくちゃん』とやら」


 勇者のセカンドネームが額に浮かび上がっている。どれも自分で選択的につけるならろくでもない名前だ。

『ふくちゃん』『ナマコクリーム』『コットン20%』『クラウン』。


「なんでナマコクリームなんだよ!? どこから出てきたんだよ! それにコットン以外の80%はなんなんだよ!? クラウンって道化師の方か!? カタカナじゃわかんねぇよ! ふくちゃんは特にコメントねぇよ! 普通だよ!!」


 タカシは勇者の名前に総ツッコミを入れる。

 もはや憤慨しているようにも見えた。しかし、それはそうだろう。私だって憤慨している。

 こんなふざけた名前の勇者が魔王打倒などということを考えているのなら、ふざけている以外の何かではない。

 憤慨して当然だ。


「あ、あなた様のおひたいに、お名前が浮かび上がっておいでですよ!?」

「それはあなた様にもあらせられてます!?」

「なんですか、この恐ろしくご丁寧な口調は!?」


 ひとしきり狼狽した後、無職どもは私に縋りつこうとしてくる。

 トン……と、ちょうどいい位置にいたに私は乗った。


「うわっ……ちょっ……急に乗るな……!」

「汚い手で私に触ろうとするな。手を1000000回くらい洗ってこい」

「そんな洗ったら手なくなるから!」


 その間も勇者たちは口々に「呪いを解いてください」という旨の主張をしていた。


「勇者とかいう無職をやめて、就職活動をしろ」

「お美しい魔王様!? お願いします!! 魔王様の麗しいお顔を辱めたのはこの『ナマコクリーム』です。わたくしはもっとお美しく書かせていただけます! ですから呪いを解いてくださいませ!!」


 私は『ナマコクリーム』の方を向き、手に呪いの魔法を更にかけた。

 すると手の部分にも呪印が刻まれる。


「これで二度とペンを握れなくなったな。何かと不便をするだろうが、切り落とされないだけマシと思え」


『ナマコクリーム』は近くにあったペンをつかもうとするが、どうしても手が滑ってしまい、ペンを持つことができない。

 ペンを両手でなんとか持とうと試みているようだが、指の自由が利かずに落としてしまっていた。


「!? !!?」

「これに懲りたら、勇者などという無職は卒業して、まともな職につくがいい。まぁ、ペンが持てないようなら署名も何もできないがな」


 元勇者たちは床に伏してうなだれていた。特に『ナマコクリーム』はあきらめきれずに何度も何度もペンを持とうと画策している。

 あまりにも無様なその様子に私は満足した。


「なぜこんな口調に……もうこれでは生活できないでございます……」

「お額にもこのようなお名前が……もっと普通の名前にしておけばよかったです……」


 口々に元勇者たちは落胆の声を上げ、撃沈していた。

 ペンを持てないのではなく、剣を持てない呪いにした方が良かっただろうかと考える。しかし、面倒だったため再度元勇者たちの方を振り返ることはなかった。

 この私がわざわざ振り返るなどということを、なぜこんな卑賎ひせんな輩の為にしなければならないのだ。


 ――圧倒的な力の差を見せつけられて、まだ勇者を続けようなどという者がいるなら、愚かとしか言いようがないがな


 そこまで考えたが、私は考えを改めた。

 勇者などという無職に堕ちた挙句に、人様の家に無断で上がり込んで悪逆の限りをつくしている者が賢いわけがない。


 外に出ると静まり返っていた町の住民が、顔をドアからのぞかせているのが見えた。


「私は魔王メギド。小汚い勇者はもういない。安心して出てくるがいい」


 そう言い放つも、町の住民たちは恐怖におののいた様子で扉を閉めてしまった。

 この様子から、私は大体何が起こっているのか予想できた。


「なんだよ、この町の連中は。勇者が倒されたってのに嬉しくないのか?」

「なんだかみんな怖がってるみたいです……」


 その不穏な空気の町の中を、私たちは再び馬に乗って進むことにした。

 有名だという壺師を探して……。



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