第9話 2004年1月4日 春雷弥勒菩薩商店街

 画帖山の麓には大凡三つの盛り場がある。東ロマンス商店街、色彩呉服通り商店街、春雷弥勒菩薩商店街の何れも特色溢れる商店街だ。俺は相応の仲と化して来た鶴屋さんに、春雷弥勒菩薩商店街に導かれた。

 これ迄の経緯は、俺の細やかな自慢話とで交わるので、回想に入ってみる。


 あれは年末年始のSOS団の合宿で鶴屋家の山荘での、あ奴の堂にいった無茶振りから入る。1月3日に初詣三昧に有無言わせず皆で行こうであった。断る理由は何処にも無いが、その日の俺は鶴屋託詩さんと花苑里歌さんから、鶴屋紗矢香さんとの風雅彩色美術館初デートをセッティングされているのである。まあハルヒの常軌を逸した直観は今更だ、鶴屋さんとのほのぼのデートはずらせば良いだけだった。しかし鶴屋紗矢香は何者か、この合宿が終わったらスイスに行くので残念行けないよだ。ここは鶴屋家ならああそうかになったが、よく考えてみろだ、スイスも北半球だよ、何故にこの雪山山荘からまた雪山山荘に行かなくては行けないのだ。この有り得なさを納得させてしまうのが任命SOS団名誉顧問鶴屋紗矢香嬢である。一番食えない方がSOS団のピラミッドに鎮座してははそれも良かろうかだ。

 そして1月3日の初詣と風雅彩色美術館デートのダブルブッキングデーは、前日夕方の鶴屋さんの携帯で指示を貰った。鶴屋託詩さん経由で午後一にはハルにゃんを行き掛かりで託詩さん世代の同窓会に招集すると言うのだ。どうせ初詣を済ませてはしゃぐだけのSO団の新年会にもつれ込むだけなのだから、そこはハルヒも断る理由もあるまい。これを然りげ無く練り上げるのが鶴屋家なのかと、やれやれにしておく。

 至って計画通りに1月3日の午後14時、風雅彩色美術館で紗矢香さんと落ち合い俺の人生初めてのデートに入る。新年の催しは2004琳派回顧展。高校生の俺には何やらであるが、ベージュのロングワンピース紗矢香さんが丁寧にこの鋭利な筆致は武士の覚悟そのものだと説明を受けると、確かにどんな雲形定規を当てたか不思議な程の筆の流れに感嘆せざる得ない。富豪若しくは摂津の有力豪族とは品格があるものだと初っ端から沁み入る。こんな俺で良いのですかの惚けた顔をしてた筈だが、紗矢香さんの満面の笑みは奥深く、どうしても引き込まれる。ここは戯け無いのですね。

 そして内覧も無事終わり、館内の恋人のデートスポットの由縁たるそのストレート過ぎるスウィートラバーズレストランに入った。紗矢香さんはメニューすら見ず、今日は初デートですのであのセット下さいで、ウエイトレスさんが満面の笑みで後にした。果たして出てきたのはスウィートラバーズパフェの二種類。紗矢香さんはフルーツに俺はモンブランを選びただ綻んだ。どうにも多田一族の持って生まれた舌は上品そのものなのだろう、堪らず背もたれに仰け反ってしまった。そこからは本当の甘い関係になる。流石はルイさんレシピ美味しいよね、それならこちらも食べてよで、戯れあい分け合いながら完食した。おしゃまな鶴屋紗矢香さんのお姉さん的距離感で今日はこのまま終わりかと思いきや、不意に何か距離が縮まり、ああこの関係が将来も続くのかと夢想したが軽く看破されているようだ。紗矢香さんの絶え間ない微笑みはそのまま受け取って良いって事なのか。

 その後はたわいも無い会話も、鶴屋さんのあの普段の砕けた様子は微塵は一切なく。念の為にアリバイ工作で用意されていたスイスの旅行写真帳を見せられては、家中総出で結構苦労してはPhotoshopで作り上げたと。その完成度たるやあの古泉でも信じてしまう程の光源の一致で互いに爆笑に包まれた。そして。


「絢文さん、明日会うのが照れくさいですね」

「明日って何ですか、いや何か。1月4日はそう、ご当主が神事:御馬烈走登りがどうかと言ってたけど、そうか、いざハルヒの無様な、いやらしくない姿は見ないほうが良いですかね」

「やはりですね、ハルヒさんこれはまずいですわ。恐らくキョン君以外の私は勿論の事SOS団全団員に、絢文さんに神事:御馬烈走登りの一切知らせるなの連絡網が昨日のうちに出ている筈です」

「そんなのどうにか東中出身の輩からそれとなく聞いたにしますし、騎乗のハルヒは見ないと行けない気がします。ハルヒのど真面目見ないと、普段の突っ込みの根拠が無くなってしまいます」

「そこは絢文さんを御伽桟敷に招待しますよ。将来のハンサムさんをどうしても招待したくてスイスの渡航を中止したと私が庇えば済む事ですしね」

「それ何気に、恐らく凄い桟敷席になりますよね」 

「摂津の豪族所縁のごく身内ですよ。ただ身内である以上、そう言う御縁である事はお話し無いといけませんね。私は一向に構いませんよ」 

「いや、お話は確かに伺いましたけど、その俺は普通の高校生ですし、紹介するにしても枕詞が一切有りませんよ」

「絢文さん、何を今更ですよ。あの分からず屋の涼宮ハルヒさんの手綱をがっちり握っている手腕はすっかりその器との評価です。何より私が絢文さんをお慕い申していますので、道理は如何様にでも通しますよ」

「あの、すいません、その返答は上手く、今は出来ないかと」

「一向に構いません。その日を大切にお待ちしております。何より人間としての歩みとは目標があった方が、存分に楽しいものです」


 俺は喜んでハイと言うべきだっただろうが、そこまで甘えて良いのか、俺は本当に何かしらの器なのかと、柄にもない男気が淀んではぎこちない微笑みで終わった。まあその時の鶴屋紗矢香嬢の爆笑は堪え切れず出てしまったのは、それも素顔であろうから妙に安堵した。

 俺のファーストデートは、同世代の多分誰よりも濃く、懲りない男子だったら話をしまくる事だろうが、そうじゃ無いのであって。時折見せる紗矢香さんの素描が切なさを讃えるもので、俺はまず追いつかないと行けない気持ちが何よりだからだ。これが純愛と言うものかは10年後の俺が深く察してくれる筈だろう。



 そして今日1月4日。俺は何故か春雷弥勒菩薩商店街の室町時代由来の春雷尼の一刀彫りで作られた弥勒菩薩の祀られた伽藍堂より右二件隣の好位置の露店で、何故かホットシェイクの販売に勤しんでいる。

 まあ、その経緯も路傍の石如くの俺の人生では日常なのだから存分に受け入れてやるさ。

 鶴屋さんが神事:御馬烈走登りを見るなら、まず午前中の荘厳な騎馬行列から見るべきだろうと、ややゆったり見れる春雷弥勒菩薩商店街への手ほどきを受けた。街並みはカトリック教の造りが多く見られる画帖山麓でも、本願寺由来の門徒も手を携えて今日迄来たので折衷様式はあるらしい。人の流れはどうしてもカトリック街に流れてしまうが、玄人に成る程この春雷弥勒菩薩商店街の通りで声援を直に送るらしい。まあ徹底的に俺を除外するあ奴に俺の声が届くか分からないが、観衆の雰囲気を害さない程度に届けて見せるさ。


「ちょっとキョン君、何をやけになってるの、蓋をしたらホットシェイク溢れちゃうでしょう」

「まあまあ結奈、こちらから誘っておいて、怒鳴りつけるのもなんだぞ」

「これだ、アランはね、あなたは音楽以外こう温度が上がってこないものかしら、放っておいたら町内会の方と囲碁してるなんて、騎馬行列のお手伝いに来てるのに、普通はそっちでしょう」

「さあな、ルイさんの伝手は程々にしておかないと要求が高くなるから、それ位の息抜きは良いだろう、なあキョン君」


 これは安座間アラン・結奈夫妻。何となく春雷弥勒菩薩商店街の一角で体良く陣取っていたら丸め込まれた。

 まず安座間アランさんは、三ノ宮のイニシャル蕪村バーを経営しては迫水先生のSakomizu Quartettoのベース/キーボード担当で海外ツアーにも行った本格派ミュージシャンもそこは折り合い良く。迫水先生のプロデュース阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズの2000年の神戸編に参加しては白熱のバトル演奏を繰り広げた御仁である。俺を知ってるのは1998年の西宮第三小学校体育館篇に参加していた所以を知っていたからである。


「ほら、MCともなると阪神淡路大震災震災復興ピアノ町シリーズ全編知ってないと、来場の皆さんとも会話が弾まないでしょう。まああの熱血漢の小学生は、そうキョン君になってさ。キョン君、君凄く良いよね」

「そうそう、これもご縁でしょう。ちょっと、一人で寂しくぶらついてるなら手伝って至極当然。そうよね、お代は、そう、アランのFor Baker Projectのペアチケットで良いでしょう。はい了承と」パシと立派な前列関係席二枚を貰った。


 そんなちゃっちゃは安座間結奈さん。地方局の美人弁護士コメンテーターとして登場してるから、やや有名人。アランさんとの結婚を機に叔父の小回りの利くA&C法律事務所を引き継ぎ、まあ弁護士とは名ばかりに司法ぎりぎりのネゴシエーションを展開してはお笑いから凶悪迄の事件をいくつも解決する。そんなアンテナに引っ掛かる俺とはになるが、まあこれはこれだ。


「ああ、仕込み材料ちょっとギリギリだから、三ノ宮のアランのイニシャル蕪村バー迄取りに行ってくるから、あとは晟さんと宜しくね」

「宜しく、キョン君。時折顔が厳しくなる時があるけど、穏やかに行きましょうね」


 鹿糠晟さんは安座間結奈さんの女性アシスタントと言うよりアクション補佐。法を微かに越える明らかに理由有りな依頼を受けるA&C法律事務所もどうかしてるが、槍術で軽くで往なすシーンは年末の地元テレビ局の捕り物ダイジェストに幾度もで有り。まあ、この普段のおっとり感とはかけ離れているのがどう距離感を持って良いか逡巡するも、互いに名前で数度しか呼ばれた一致で距離は一気に縮まる。晟さんはあきらと呼ばれずに、大映画監督大村崑の崑に似てるのでいつもこんちゃんと呼ばれ定着。俺は八条絢文そのものが難解で終いには八丈島のキョン由来でキョン。何それ私より酷いの大爆笑も、何となくキョン君っぽいでどうしても落ち着いてしまう。


 穏やかに露店業務が進むも、俺がつい厳しくなるのは、SOS団まとめての方々だ。騎馬行列は一陣二陣三陣四陣五陣まであるらしく、現在四陣を終えての最後である五陣目のお迎え準備中。その間の同輩と来たらだ。既にハルヒに言い含められたであろうの事情は知りつつ、昨日の確認電話で神事:御馬烈走登り行かないかではご丁寧に既に用事が入ってるとかで、ハルヒにすっかり頭が上がらずやれやれのどうしてもかも、今日の往来ではきっちり全員に会いましたよ、悪びれもせずさ。

 古泉はクラスメイトと同行、どうなってるんだよも。親愛なるクラスメイトとの新年行事は大切ですよと理路整然に。

 和装の朝比奈さんは、案内役の同じく和装で髪を高く結い上げた鶴屋さんと仲良く手を振られては、まあ小言言いたくても言えなかったもどかしさ。いやお二人共に眼福ものでしたから、くどいのはよそう。

 国木田は目一杯に入ったのずだ袋を背負っては取っ捕まえた。お前は何をしてるも。クリスマス集会で会った女子ボランティアの露店の手伝い、お古着が売れてるから倉庫から輸送中と。いそいそ駆け抜けて行っては、どこも繁盛してるかしかない。

 そして奴だよ谷口。本宮サクラさん最後尾の三陣中の騎馬に跨がっては何を格好つけて手を振りやがる。何してるんだよと堪らず怒鳴ったが。俺の晴れ舞台だと返しやがるのは、それは当事者ならばありふれた用事どころじゃないだろう。言えよ、言えばそりゃあ来るだろうさ。余りにも水臭いだろう

 長門のクリスマス集会で会った女子ボランティアの付き合いは、まあ良い。

 あとは東中出身の生徒も多く窺い、視線が合ってはホットシェイク 三種:ストロベリー・ピーチ・ココアナッツが250円のお手軽さで売れに売れて行く。まあ仕込みの材料も早まるでしょうよ。

 そして佐々木もか、新家族三人仲良くわちゃわちゃしては会話が弾む。巨匠映画監督佐々木導照さんがキョン君良い目してるね、今度映画出てみないと誘われるも。北高祭の映画「朝比奈ミクルの冒険」では俺はすっかり裏方ですから良いですは、かなり酷い木枯らしが舞った。幾度もの上映で世の中の評価はそんなものだ。

 そして、歓声が再び雪崩の様に響き近づいては。晟さんが微笑みながら。


「キョン君、最後の陣が来たわよ。ルイさん、サクラさんと来たら、いよいよね、ふふ」


 ふふも何も、多田一族の女傑がそのままの騎馬行列なら、来るよなハルヒもか。

 五陣目は先鋒の花房昌道さんに微笑まれ、中頃の畠山順希さんにキョン君ありがとうで吠えられては、ただ勇壮が輪を掛ける。

 晟さんのこれ迄の指南からは、中断の時期もあれど格式にある神事:御馬烈走登りなんだなと禁じ得ない。

 神事:御馬烈走登りへのお披露目と騎馬行列はその年々があれど今年の77名より数名動くか。そこから12人が選ばれ、あの画帖山頂上への勾配のきつい采女石階段を人馬一体となって上がると言うもの。

 騎馬行列は画帖山麓より発し武家屋敷群と商人街の何れもえらく曲がりくねった道を隈無く巡る華々しさ。厩舎は麓裏手にあって、まま画帖山に訪れると人馬とすれ違うのは、既出のこう言う文化があればらしい。

 ここまでの騎馬行列で女子が多いのは、昭和から次第にご当主も発し、同様の美人が揃い各家より輩出された故にの今日であるとか。また軒並み女子の髪飾り手絡が多いのは、可憐ご当主の鮮やかさに倣ってより各家の仕来りと年々の冒険があればこそで、そこも見どころらしい。肝心の衣装は、多田一族の衣装はあの紫の単色揃いから、副色として涼宮家山吹色/天宮家真紅色/本宮家瓶覗き色が鮮やかに添える。多田一族以外の武家は古来よりの二色で判別。民はより自由に家紋と紋様を重ねそれが格式になるらしい。ここ迄の煌びやかで勇壮な騎馬行列での出費は高級外車1台相当かも、そこは支度金と手解きが漏れ無く支援され、怠り無く神事に臨むとするらしい。日本観光一覧に掲載されないのがえらく不思議だが、そこは単なるお祭りではなく神事だから人でごった返す訳に行かないでしょうと。画帖山に縁のある晟さんのご高説はごもっともだった。

 そして騎馬が最後尾になったところで、一際大将たる存在感を放ち、家風の紫の羽織の袖に黄金の朱雀を纏っては、いつもの山吹色リボンいや手絡で凛々しいポニーテールを結び、閉鎖空間に往来し過ぎて実質13才より遥か上の成年女子かの涼宮ハルヒが、勇ましく手綱を添える。締まらざる得ないよなこの騎馬行列なら。

 俺は露店の前に堪らず飛び出し、投げ掛けた。


「ハルヒ、リラックスしろ、らしくないぞ」

「お黙りなさい、キョン、口が多いのは嫌われますよ」


 その一瞥は多田一族の目元の涼やかさそのものだった。ハルヒもそうなるのかで口を噤んでしまったが、違うだろ。ハルヒはそうじゃないだろう。もっとこう破天荒だろうよ。

 晟さんも露店の前に出てきては、ぽつりと。


「キョン君、女子だって、一つ一つ階段登って大人になるものよ。ハルヒさんのこの後は神事:御馬烈走登りに恐らく選ばれる事でしょうから、それはピリピリしちゃうものよ、ここは優しくね」

「でも、ハルヒは7回参加して最初の1回しか成功してないのですよね、そんな重圧なのに、俺は何か発奮する事を言えないのですかね」

「そんなの、恋愛感情抜きで、ハルヒ好きだぞで良いんじゃない。女子って努力してる事を無性に褒めて貰いたいものなのよ」

「そこはちょっと、好きは、今まであ奴に突っ込みまくりですから、逆に力抜けちゃうかなと、あとは私的都合で絶対言えません」

「何か思ったより、次期ご当主様は面倒なのね。まあそれも神事:御馬烈走登りを直に見たら、思いの丈出るから、キョン君、なすがままにしなさいな」

 ハルヒは振り返る事もせず、悠々と騎馬行列の殿に付いては適時に手を振ってゆく。次期ご当主らしくあるが、どうしても背伸び感が目に付くのは普段の涼宮ハルヒの破天荒を思い出す故なのかともと。



 最後の五陣目の騎馬行列が通り過ぎてからは、春雷弥勒菩薩商店街は今年も格別であったと挨拶と談話が促され、昼飯は如何しようかで店舗の飲食店に居並ぶ列も見え始めてきた。その頃にはアランさんと結奈さんも戻り、夕方迄ホットシェイクは盤石で行くわよだ。午後は采女石階段でいよいよ神事:御馬烈走登りに観衆が集中するのではないかも。そこはご当主の奨励の儀が終えると、各ご当地に散っては騎馬労いがあって、そこでもわーわーきゃーの大盛り上がり。この春雷弥勒菩薩商店街でも13名を輩出しているから、そこから選出されて無事頂上迄上りきれると良いわね。まあ神事も商いに即してはそつがないと言うべきなのだろうか。

 それではお先にとばかり、アランさんと結奈さんが並びの十割蕎麦披露セットの美味しい祝展屋に向かった。

 今日はすっかりペアの晟さんからは。


「キョン君大丈夫、今日はきちんと奢りだから。結奈さんから付け届けは貰ってるわよ」

「改めてありがとうございます。しかし画帖山界隈に来ると、何から何迄お世話になりますね」

「それだけ、太平洋戦争と戦争後の内陸は苦労して来たって事よ。まあ道場に通うとそことなくお話は聞くもの。それでキョン君、アランさんの2月のFor Baker Projectには誰と行くの。軒先の流れから、鶴屋さんに、朝比奈さんも、佐々木さんは何となく無しの雰囲気として、まあ無難にハルヒさんかしらね」

「ハルヒは無いですかね、朝比奈さん誘ってみようかなと。朝比奈さんのあのフューチャービート爆走は、Sakomizu Quartettoのドラマー若山希望さんから弟子にならないかで、為すがままに畿内ワークショップに通い始めてる様ですからね」


 不意にタイトスカートと白い襟立てスーツの見知ってる人影が進み来る。


「そうそう、師匠のワークショップはかなりのスパルタなそうよ。未来の音楽はどれも変則拍子の曲が多いのに、マージービートを基本に教わっては懐メロ志向になってもね。みくる帰還したらどうしたのになっちゃうわよね、ねえ」

「大人朝比奈さん、そう言う禁則事項に触れて良いのですか」

「構わないわよ、現代のここ最近の帯域は定型不可侵領域があって入れない事が度々なのよ、探索である程度揺らさないと本来の時間軸に戻ってくれないみたいよ」

「それ、何処までご存知か分からないですけど、当分来ない方が良いですよ、色々面倒ですから」

「それ、みくるにも回覧されてきた完璧すぎるの架空のライブCD関連でしょう、それも是非詳しく聞きたいものよね」

「俺は言えませんからね」

「それも厄介だけど、もっと厄介な事は、良いかしら、二度も12月18日に跳躍して、キョン君は深く抉られ即死の筈なのに、君の体の構造は一体どうなってるのかしらね。そう大丈夫気にしないで、ちょっとスキャンするだけだから、20秒は大人しくしててね」左の瞳が青くなっては全身スキャンが始まる。

「キョン君、これは敵なんでしょう、行くわ、」


 晟、速やかに露店の背後に穂先の無い短槍を繰り出しては、既に大人朝比奈さんの間合いに入り込み、その先端はもう大人朝比奈さんの鳩尾に迫ろうかの時。穂先の無い短槍先の柄が見る見る木っ端微塵の木片が舞う。

 晟、透かさず引いては穂先の無い短槍を反転させ下段の構えに入る。


「念動力者、なのね、」

「ああ晟さんよね、そこは未来人で結構よ。でも、おかしいな。キョン君どうしたの、防壁張ってるのか、ディザリング動いて見れないわよ」


 この展開まずい、一気に帳場だ。大人朝比奈さんが消えてくれればだが、もう晟さんは捕縛する気だし、穂先の無い短槍の炸裂音で観衆が近づきつつある。頼む何とかしてくれ、長門。

 その間際、大人朝比奈さんの左側にピンクのクラックキューブが瞬く間に展開するも、堪らず可視化された大人朝比奈さんの結界が辛うじて弾く。

 何の心霊現象がざわめき始める観衆。

 それから間も無く、大人朝比奈さんの右側にグレーのクラックキューブが同様に展開しては、両クラックキューブが結界を覆おうかの劣勢に、両手を大きく伸ばした大人朝比奈さんがいよいよ両方の瞳が青く輝き必死に抵抗しては拮抗かのその瞬間、両中指のプラチナの指輪が円環に大きく浮かび高速回転しては何かの鈍い音が確かに響き、直後に両円環が弾け砕け散り、均衡は大人朝比奈さん劣勢に崩れ去る。

 瞬き。目の前に爆発とは思えない、PCのOSが吹き飛んだ様なノイズがこの空間全面に浮かび、目は確かに開いているのに漆黒の闇が直後に広がった。ただそれも時間の概念が全くなく、1秒と言えばそうか1分と言えばそれもで有り、光の光景が徐々に戻ってきた。


「…それでキョン君、アランさんの2月のFor Baker Projectには誰と行くの」

「それ、長門にしておきます。俺ちょっとお向かいさんに挨拶に行ってきます」


 俺は、露店の後ろに立て掛けてあった穂先の無い短槍をどうしても手に取り、ズンと真向かいにある、クレープの露店に滑り込んだ。詳細を聞かずにおけまい。


「いらっしゃいませ」

「客じゃ無いよ、長門よ、何があった。俺は仔細を覚えているが、どうタイムシフトした。これはどう言う事だ」

「大人朝比奈による未来人の越権行為を、情報統合思念体経由で弾劾したところ帳消しにした。現象としては未来人の結界武器FODD事フェンス・オブ・ディフェンス・デバイス類を、プレアデス3型恒星間光速輸送艦アレイシスワンセブンのバックアップを受けてシンクラビアディメンションで浸食して瓦解するつもりだった。しかし大人朝比奈は譲渡権限がN7クラスで有るのか手強く拮抗した。そこにもう一つの船団からの援護も有り、挟撃しては現代からは締め出せた。キョン君の露店の左15mにずっと立っていた黒髪の少女がそれに該当する、尚もう移動したので捕まえて聞き出す事は出来ない」

「その黒髪の少女って、あれだろう、健気にずっと谷口を待ってた彼女だろ、それが何がどうなって」

「谷口さんに聞けば分かる筈だけど、男女の出会いとは摩訶不思議な縁で有り、状況の参考にはとても出来ない」

「そこ迄言うなら、まあ良い、それでこれは一体全体どう言うタイムシフトなんだ」

「情報統合思念体と未来人との和議で状況収束から4分57秒23ミリ前の過去に時間を巻き戻した。事象後の記憶があるのは一警告として残して置くために、キョン君と私と黒髪の少女と大人朝比奈に留めておいた」

「それと、あの指輪の展開って何だ。左中指は未来の俺が送ったらしいが、そんな物騒な代物を果たして壊して良かったのか」

「回転展開の際に浮かんだ指輪事フェンス・オブ・ディフェンス・デバイスのその内側に掘られた刻印には確かに、右には朝比奈みなと&小日向アレクサンダー、左には朝比奈みなと&八丈幹泰のイニシャルが有り、大人朝比奈の話には齟齬が見受けられる。ただ付け加えるなら有線結界武器にマリッジ的な要素は全く無い。キョン君は何一つ気にする事は無い」

「気にするなの配慮は有難いが、苗字は俺でも別人だし、朝比奈さんもどうしても別人か。全く謎が深まるな。そもそも、大人朝比奈さんは、何故俺に興味を持つんだ、監視対象はハルヒだろう」

「議事録参照。キョン君はデフラグそのもので、それを垣間見た所で、掛かる事案に付随しなければ引き出せる情報は空虚そのもの。情報統合思念体と未来人との和議はその二次結論から不干渉に至り、現在の時間軸再編に至る。そして無かった事にしてくれる様に友好的賛同を求めたい」 

「おい、せざる得ないだろ、勇猛な晟さんにこうでしたと言おうものなら、ご当主にも報告せざる得なく逆鱗に触れては今日の神事は即座に取りやめだ。行列だけ見ておしまいなんて、そうじゃ無いんだろう神事:御馬烈走登りはさ」

「キョン君、ここは気を取り直して、このブルーベリーミックスクレープ:タイプ3.14159 26535 83を召し上がり下さい」


 長門から、ブルーベリーミックスクレープの包みを丁寧に受け取った。流石の長門も円周率12桁でしくじったのだから、熾烈な挟撃であった事は察するさ。それでも凌ぎ逃げおおせた大人朝比奈さんも余程の修羅場を潜り抜けてきた現場担当である事は分かった。知る程にSOS団とはさも強烈な面子と分かったが、いや分からん。昼食前だが俺は長門お手製のブルーベリーミックスクレープをやけ食いと言わず存分に味わった。お代わりが欲しい所だが、それはまた中食の時に、この軒先で午前同様に並んだ列もまたであろうから、きっちり並んで350円払うさ。



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