微細機械ナノマシンに自己複製機能を持たせることの潜在的な危険性は、これは開発より前の理論段階から常に意識されてきたものだった。

 そう、所謂“グレイ・グー”だよ。

 自己複製機能を暴走させた微細機械ナノマシンが際限なく増殖を続け、ついにはひとつの惑星をまるまる自身の複製からなる微細機械群塊ナノマシン・クラスタに変えてしまう……。

 予想どおり、というか、共同体コミュニティもナノテクの発展期におけるある時期に、こうした事態を招いてしまったことがあるのは、君も歴史ヒストリデータの移植インプラントを受けてよく知っていることだろう?

 現在いまでこそ対抗ウイルスやワクチンプログラムによる封じ込めが功を奏するようになったけれど、発生当時、その影響はずっと深刻で、壊滅的カタストロフィックなものだった。

 しかも自己複製時のエラーが積み重なった末の擬似的な進化の結果、超光速航行ハイパードライヴ機能すら発達させた微細機械群ナノマシン・クラスタは次なる獲物を求めて銀河を超えて飛散し、共同体コミュニティはその対処に躍起になった。

 ――ここまで語れば、私がなにを言いたいのか、君にもあたりが付いただろうね?

 そう、不運なことに、その一群が《たいよー》星系にまで到達してしまった、ということなんだ。

 当の《チキュー》にとってはまさしく降って湧いた災難だっただろうね。気づいたときには第8惑星《カイオーセイ》が突然、未知の技術テクノロジーによって齎された自律機械の群体に変容していたんだ。しかもそれは星間を渡り、第7惑星《テンノーセイ》をもみるみる侵し始める。

 彼らの社会ソサエティがどれほどの恐慌パニックに陥ったのか、想像するまでもないだろう。

 当然、共同体コミュニティもその状況を座視しているわけにはいかなかった。

 未発達な知的生命体との接触を厳に戒める共同体コミュニティ規則第1d条における“特例的事態エクセプショナル・シチュエイション”というやつさ。共同体コミュニティに参画していない知的生命体であっても、その種の存続が危ぶまれるような火急の危機に際しては、共同体コミュニティは緊急避難的に援助の手を差し伸べることができる――しかも、元をたどればこれは共同体コミュニティ自身が引き起こした災禍カラミティだからね。自らの不始末の責任はきちんと取らなければならない。

 そうして、《テンノーセイ》が悪性の微細機械ナノマシンに覆い尽くされたころ、《チキュー》近傍の宇宙空間に共同体コミュニティの派遣した大船団が突如としてワープ・アウトした。しかもその船団から“我々は《ヒト》を救うためにやってきたのだ”というメッセージが届く……。

 これを受けて、各国の代表者たちは侃々諤々かんかんがくがくの大論争を繰り広げることになったらしい――国家ステイト!――そう、このときの《チキュー》には、同じ種族を束ねる統一政体すら存在していなかったんだよ!――そう聞けば、君にもその混沌とした騒乱の雰囲気ムードがすこしばかり実感しやすくなるのではないかな?

 このときの、各国家間の勢力均衡パワー・バランスから来るいざこざや、果ては文化的・宗教的な立場スタンスに基づく確執の記録というのは歴史的史料としてなかなか面白い読物だけれど、結局として、大多数の《ヒト》は共同体コミュニティの手を取ることを択んだ。残る少数は?――突然現れた異星人エイリアンへの不信や、母星を棄てることへの忍びなさとか、理由は様々あっただろうけれど、《チキュー》と運命を共にすることを択んだ者もいかほどかいた、というのもまた事実だ。

 ともあれ、そうして慌ただしく《ヒト》は《チキュー》から退去することになった。

 輸送船団は大規模なもので、すべての《ヒト》が移住を決心してもあまりがあるぐらいの収容力キャパシティがあったし、標本サンプルとして《チキュー》の動植物をいくばくか保存する機能も備えていた。

 ――興味深いことには、《ヒト》の神話には“方舟アーク”の概念があるそうなんだ。

 神が地上のすべてを大水で洗い流し、世界を一からやり直そう、としたときに、ある善良な一家に“方舟アーク”を建造することを命じ、その家族、それと様々な動物を一つがいずつ乗り込ませて、洪水から生き延びさせた――という話。

 こうした説話類型は多くの知的生命体に共通して見られる原型アーキタイプのひとつとして知られているけれど、《ヒト》の世界宗教においてこの説話が広く受け入れられていた――そして、そうした物語を持つ《ヒト》が、共同体コミュニティの輸送船団という第二の“方舟アーク”に乗って新天地へと旅立つ、ということは、なにか運命づけられたデスティンドものだったようにも、私には感じられるよ。

 そうやって《ヒト》がたどり着いたのが、そう、《パルメ》というわけだ。

 まだ原生生物がそれほど発達していなくて、しかし、《チキュー》によく似た気候の《パルメ》を、共同体コミュニティは《ヒト》の入植地とした。その第二の故郷ふるさとでふたたび社会を築き、歩みを進めていった《ヒト》という種族の、《タツミ》氏は遠い末裔であるわけなんだ。

 ――さて、これまで読み進めてもらえれば、君はあることに思いが到っているはずだ。

 《ヒト》が共同体コミュニティの助けを借りて故郷をあとにしてからまもなく、《チキュー》は“グレイ・グー”に吞まれた。

 この偉大な建築物の実物オリジナルは、もうこの宇宙のどこにも存在していない。

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