終末以降のアリス

高山小石

プロローグ

「あー、ちょっと休憩」

 自宅二階の部屋でPCに向かっていたヒロシは伸びをした。

 見上げた視界に入ったかけ時計が夕方4時半をさしている。

「げ、もうこんな時間か」

 再就職先を探してハローワークなサイトをぐるぐるしているだけで貴重な休日が終わってしまいそうだ。

 どの会社も良さそうで、同じくらい胡散臭い。

「そもそもソフト会社でブラックじゃない会社なんか、ないのかもなー」

 だいたいあれだけ頑張って入社したのに辞めたいと思うなんて、と苦い気持ちになる。

 部屋を閉め切っていたけれども、日が落ちかけたからかうすら寒くなってきた。

 どこから入るのかキンモクセイの香りが部屋の中まで漂ってきている。

「あったかいものでも飲もう」

 目元をマッサージしながら階段を降りていると、階段横の和室から声がもれ聞こえてきた。仏壇がある部屋なので、じぃちゃんに挨拶に来たお客さんかとヒロシは予想する。

 ヒロシの祖父はこの夏に病気で儚くなった。

 しばらくぽつぽつと弔問客が来ていたが、今頃くるなんて、遠方からのお客かもしれない。

 今年の夏も暑かったから、きっと客自身も体の具合を悪くして、すぐには来られなかったのだろう。

 なにしろ祖父の知り合いならば高齢だ。

 耳も遠いだろうし、会話の妨げにならないように足音に気をつけ始めたところで、がらりとふすまが開いた。

「ちょうど良かったわ。ヒロシ、あんた車出してあげてよ。なんだか具合悪そうなのよ」

 それは大変だと慌てて部屋に入ると、ヒロシが予想していたよりも若い客がいた。

「大丈夫ですから。お気になさらないでください」

 中学生になりたてくらいの少女が、青い顔をして客用座布団に両手をついて座り込んでいる。

 着ている服がなんとも古くさい。

 昭和の初めみたいなデザインのレトロなワンピース、青白い肌とつややかな黒髪ボブカット、服と同じ柄のリボンカチューシャ。白いレースの靴下なんて、まさに古いドラマに出てくるお嬢様といった様子だ。

「いや、大丈夫じゃないだろ。どうしたの? 貧血? 持病? 救急車呼ぼうか?」

「あの、少し休めば大丈夫なんです。今日は久しぶりに歩いたので、疲れてしまっただけですから」

「ちょっと寝ていけばって言ったんだけどねぇ」

「申し訳ありません。さすがにそれは」

「……家まで車で送るよ」

「そうしてあげて」

 少女は恐縮していたがヒロシの母親の説得もあり、最終的には少女の家の最寄り駅までヒロシが車で送ることになった。

 家まで送らないのは「家族には具合を悪くしたことを内緒にしたいのです」と少女に言われたからだ。

 ヒロシは目的地をナビにセットしてステアリングを握る。

「安全運転を心がけるから安心して。辛かったら寝ていいからね」

「お手数をおかけします」

 助手席にぐったりと沈み込んだ少女は、運転席のヒロシにきれいに頭を下げる。

 少女らしくない仕草や言葉遣いがレトロな服装と妙にハマっていて、タイムスリップしてきた過去人だと言われても納得してしまいそうだ。

 過去人だとしたら、未来であるこの現実は、きっと不思議な世界に感じるだろうなというところまで考えていたヒロシは、不思議な世界つながりで、つい口にしていた。

「アリス」

「はい」

「え?」

「あ、おじいさまから聞いていたのではないのですか? 私、施設の皆さんからはアリスって呼ばれていたんです」

「へぇ。それは知らなかったよ。じぃちゃんが施設に入ってからはあんまり話す機会がなくて」

 ヒロシの祖父は末期癌だった。

 とある終末医療施設を気に入った祖父の希望で、最期はそこで穏やかに過ごしていたらしい。 

 らしいというのは、その頃のヒロシは家に寝に帰ることができたらいいなくらい馬車馬のように働いていて、母親ともろくに顔を合わすこともできなかったからだ。

「おじいさまはご自分もお辛いはずでしたのに、とても良くしてくださいました」

 きっとこの少女は誰かの見舞客だったんだろうな、とヒロシは思った。

 高齢者が多い中で孫のような少女の存在は、男孫しかいない祖父にとっても癒やしだったのだろう。

「本当なら、もっと早くに来たかったのですが、遅くなってしまいました」

「とんでもない。来てくれただけでじぃちゃんは喜んでるよ」

 助手席でほんのりと微笑んでいるような気配に、家にいた時よりも回復してきたようだとヒロシはほっとする。 

 この調子なら、少女の家の最寄り駅に着く頃にはもっと元気になっているだろう。

「あの、運転中に質問をしてもよろしいですか?」

「どうぞ」

SOUVENIRスーベニアをご存じですか?」

「MMORPGのSOUVENIRだよね? もちろん知ってるよ」

 いわゆるオンラインRPG(MMORPG:Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:大規模多人数同時参加型オンラインRPG)であるSOUVENIRは、他のMMORPGと同じように、自分の分身であるキャラクターを作って操作し、魔物を倒したり生産したりしてレベルを上げながらストーリーを進めていくものだ。

 他と違うのは、エリアの随所に世界各国の名所が再現されていて、画面を見ているだけでも旅行気分を味わえるところと、名所にちなんだ『謎』が隠されていることだった。

 謎を解いたところで本筋にはまったく関係ないので、解く必要はない。

 それでもアップデートのたびに増える名所を訪れ『謎』を解くのを楽しみにしているプレイヤーは多い。

「『紅葉こうようの謎』は解かれましたか?」

「あー、ごめん。俺自身はゲームしてないから『謎』には詳しくないんだ」

 SOUVENIRをプレイしたこともないヒロシがどうしてゲームの存在を知っているのかというと、以前ちょっとしたニュースになったことと、家電メーカーASAKURAのCMにSOUVENIRの美しいゲーム画面が使われているからだった。

 現実と見まがうような背景と印象深いBGMは、家電CMのおかげで、ゲームをしない人たちにもすっかりおなじみになっている。

「そうですか……」

 声だけでもしょんぼりとしたのがわかり、ヒロシは慌てて付け足した。

「あのさ、俺はゲームしてないけど、俺の友達がMMORPGマニアかってくらい好きなんだ。だから、そいつに聞いたらわかるかもしれない」

「本当ですか?」

「うん」

「もしよろしかったら、そのお友達の方を紹介していただけないでしょうか?」

「いいよ。アリスちゃんが知りたいのは『こうようの謎』なんだよね?」

「はい」

「じゃあ、あいつに『こうようの謎』を知ってるか聞いてみて、知ってると答えたら紹介するよ。それでいいかな?」

「ありがとうございます!」

「あぁ、うん。まだ知ってるかはわからないからね?」

「ええ。でも、本当に助かります」

 なんでこんな少女がMMORPGの謎を解きたいんだ? まぁそれも含めて久しぶりにあいつと連絡をとろう、とヒロシは心の中でうんうんと頷いた。

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