第16話

 リアムはとても難しい顔になってしまった。

 それから意を決した様に肯いてから口を開く。


「”神の愛し児”に後天的になるのは絶対に不可能だ。これは生まれ持ったもので、変更不可だからな」


 絶望的な言葉に、一気に意識が遠くなり、真っ暗闇に包まれているかのように何も見えなくなる。


「ミウ、大丈夫か? 私の言葉は聞こえるか?」


 心配そうなリアムの声に、なんとか意識をこっちに取り戻し、彼の顔をただただ見詰めた。


「……ミウ、君の場合神の加護を受けるのも無理だ。だが、言語だけならばどうにかなるかもしれない」


 リアムの言葉が頭にゆっくりと浸透する。

 まるで暗闇に光でも差し込んだ様な心地で、彼に縋る様に問い掛ける。


「……本当ですか? あの、どうやったら、良いんでしょうか?」


 リアムはちょっと表情を和らげる。


「そうだな……ちょっと呼ぶが、心配はいらない。怖くないから」


 それだけ言うと、彼が何かの名前らしきものを取り立てて大声でもなく、目の前に居る様に普通に呼んだ。


「ウィル」


 その途端、風が坂巻、何かとても巨大なモノが姿を現す。


「グルルルル」


 そう声を上げた存在は、大型バス位はありそうな、巨大な角の生えた狼だった。


「ウィル、彼女はミウ。ミウ、この子はウィル。私の『ソキウス』だ」


 ウィルの傍らに佇む巨大な狼、だよね、多分狼。

 その狼はウィルという名前らしいと認識できたけど、ちょっと大分頭が働いていない。

 衝撃的過ぎて、認識能力が多大に欠如して、飽和状態。

 プカプカと海でも浮かんで何も考えていないみたいにフヤフヤな頭は、大きいなあなんて能天気にお花畑を彷徨っている。



 その巨大な狼が私の方に顔を近付け、鼻でフンフンと私の匂いを嗅いで納得したのか、元の顔の位置に戻ってリアムを見る。


「――――大丈夫か、ミウ? その、驚かせてすまない。だが危険は無いんだ。先程も言ったが、私の『ソキウス』だから」


 頭を振って、腕を抓って正気に返る。

 息を吐いて吸ってを繰り返し、頬をパチンと叩いて、終了。

 よし、何とか帰ってきた!


「あの、さっきから言っている『ソキウス』ってなんですか?」


 私が言った言葉に、合点が要った様な顔になるリアム。


「ああ、そうだな。世界が違うのなら『ソキウス』を知らないのも当然か。すまない、説明する」


 そう言ってから、巨大な狼を見て、


「すまない、ウィル。今回のタープ内にはお前は大きすぎて入らない。自分で雨除けと濡れるのを防いでから伏せてくれると助かる」


 その言葉を聞いたウィル? そう、ウィルという名前らしい巨大な狼は軽く鳴いて了承の言葉とした様だった。

 見ていたら、濡れた地面の上に伏せの状態になった訳だけど、濡れちゃわないかと心配になっていたら、リアムが苦笑した。


「大丈夫だ。ウェルは自分で雨除けも出来るし、濡れた地面に直接付かない様にも出来る。だからずぶ濡れになったり汚れる心配はない」


 それを聞いて安心した私に、リアムは楽し気に笑って


「ミウは優しいな。ありがとう、ウィルの心配をしてくれて。先ず言いたいのは、人間は『ソキウス』になったりは出来ないという事だ。普通動物や魔獣がなるもので、人間をする術は無い。それで説明すると『ソキウス』というのは契約した相手を守護し、言う事を聞いてくれる存在だ。勿論ただ唯々諾々と言う事を聞いてくれる訳ではなくて、間違っていると『ソキウス』が判断したら止めてくれたりするな。つまりは相棒といった所だろう。シビュラ大陸では一般的で、誰でも持っていると聞く。エトルリア大陸では持っているのは少数派だな。私はたまたま運良く伝手があってね、それで入手できた」


 誇らしげに告げるリアムの言葉を聞き、改めて巨大な狼を見る。



 頭に巨大な四つの角。

 まるで大悪魔の頭にありそうな豪勢な代物で、それだけでも格好良い。



 そして驚きなのが、額にある三つ目の瞳。

 時々開いたり閉じたりしていて、不思議でしかない。

 しかもその三つ目の瞳は縦長で、普通の瞳が横向きなのと比べて何だか素敵に見える気がする。

 それに赤い三つの瞳は神秘的な感じが凄いと思う。



 体毛は紫? あ、でも青紫かも。

 艶々と青紫に不思議と光っていて綺麗な狼にしては長いだろう毛は、それだけで見事な芸術品みたいに煌めいている。

 長い毛だけど、長毛種だっけ? アフガンハウンドほどには長くなくてほど良い感じ。

 あれだ、見た事のあるのだとベルジアン・グローネンダールな感じ。



 鋭い、猫科の肉食獣さながらの、凶暴な、爪。

 でももしかしたら肉食の恐竜の鉤爪かもしれない。

 うん、やっぱり映画で見た肉食の恐竜の鉤爪位鋭く鋭利な様に見える。

 あれなら爪だけでも立派な攻撃手段かもと思わず震えてしまう。



 総合評価。

 とても強いんだろうなあ。



 そんな事を暢気に考えていると、彼が苦笑しながら


「ウィルの種類は大角三つ目狼だ。ただ種族としての特別な呼び名もあって、主にこちらでウィルは呼ばれるな。一応ウィルは種族としては強い方で珍しいんだ。だから特別な名前が付いているともいえるな」


 私はリアムとウィルを交互に見て素直に納得。


「強そうですもんね。格好良いし」


 私が言って肯いていると、嬉しそうにリアムは笑って


「ありがとう、ミウ。この子の事もウィルと呼んでもらって構わない。ああ、それで種族名だが、”嵐王狼”という。体毛の色は様々だが、四つの角と三つ目が種族の特徴だな」


 ランオウロウ……?

 あ、そうか、嵐で王様な王で、狼って事ね。



 って、王とか付いてるんですけど……

 もの凄く強いんじゃ……

 珍しいってリアムも言ってたよね……



 本当に大っきくて、格好良くて、綺麗で、凄いなあとしか感想が出てこない私の貧弱な脳味噌が悲しくなりながら、ただウィルに見蕩れるしかなかった。

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