第48話

「大人になったら……家族になってくれると約束した」


 頬を赤らめて心底嬉しそうな――――今までに見た事が無い程デレッデレの表情で恥ずかしそうに瑞貴が告げるものだから、竜は何かを吐きそうになった。

 ザラザラとした砂糖的な代物だ。

 実態は無いが確実に何かがせり上がってくる気がして仕様がない。


 それをどうにか押し流し、これならば大丈夫と竜は安堵した。

 どうやら彼の執着対象を救う一助になりそうだ。


「『であればお主の彼女を守る事が出来るじゃろう。方法を伝える故何を対価とするか考えるが良かろう』」


 瑞貴は竜の言葉を聴き、しばし考え口を開いた。


「最も効果が高い対価は?」


 竜としては教えるべきか一瞬悩んだ。

 瑞貴ならば教えたモノを即座に選択しそうだと既に確信めいたものが湧き上がる。


 とはいえ確かに効果的なのだ。

 対案と共に選択肢の一つとして出せばいいだろうと、竜は無理矢理自らに言い聞かせて瑞貴の質問へと回答する。


「『それは当然心臓であろうよ。”心”を冠する臓器じゃからな。なにより想いが籠っている事が大事であるのなら、この臓器以外にはあり得まい。とはいえ心臓が無くては人は――――』」


 竜が対案を口にしようとした瞬間、瑞貴は何のてらいも無く掌に心臓を乗せていた。


「これで良いのか?」


 微塵も揺るがぬ身体と口調に竜は本当に頭が痛い。

 何故、何の迷いも躊躇もなく、心臓を差し出しているのだ。

 次案を出そうとした己が馬鹿だった。


「『つかぬことを訊くがの、それはお主自らの心臓か?』」


 なけなしのやる気を出して訊いてみた。

 そうだろうなとは思っても、間違いは許されないのだから確認だ。

 瑞貴の為ではなく、彼の大切な存在の為だけにどうにか頑張ろうと竜は思う。


「当然だ」


 傲慢にさえ聞こえる声音と態度にため息を吐きたくなるのを堪え、更に確認。


「『現在お主の体内には心臓は無いのじゃな?』」


 瑞貴は不思議そうな表情になって口を開く。


「そうだが……」


 竜は密に嘆息しつつ、瑞貴の大切な彼女との絆を強める要素があるのは良い事なのかどうか悩みながら、それでも教えておこうとやる気を振り絞る。


「『ならば、お主の大切な存在と再会するまで心臓無しで問題無く生存可能か?』」


 竜が何故これを訊いたのかという理由を知ったら、気力で再会するまで生き延びるだろうなあと妙な確信を得てしまいながら、それでも頑張る。

 結果的に瑞貴だけが得をする気がするけれど、それでも頑張る。

 おそらく、瑞貴の大切な彼女にとっても良い事だ。

 多分、きっと。


 無理矢理言い聞かせているなどこれっぽっちも思わないらしい瑞貴は、首を傾げながらも答えてくれた。


「ああ。何も問題は無い。それがどうかしたのか?」


 明日の天気でも言う様な瑞貴に遠い目になりながら、竜はどうにか気力を絞り出す。

 兎に角、瑞貴はどうでも良い。

 ド畜生に目を付けられただろう彼女の為だと言い聞かせる。

 ――――間違いなく瑞貴と離れた方が彼女は幸せだろうなあという天啓は流した。


「『もしお主の大切な彼女が、心臓を再生なり復元なり創り出すなり出来るのであればじゃが、再会した時に心臓を治してもらえ。そうすれば対価で使った関係上、お主と彼女に離れられない鎖が魂に絡まる。しかもお主が対価で捧げたのだからお主主導での。鎖を外すも強化するも自由に出来るのじゃ』」


 瑞貴の表情は今まで見た事が無い程明るく輝いた。

 それを見た竜の表情は今までに見た事が無い程に暗く沈んだ。


「――――そうか。心臓を瑠那に創ってもらった方が良いな。瑠那の創った心臓なら愛着も湧くだろう」


 瑞貴の瞳がキラキラと輝きながらも鎖云々は訊きませんでしたかのような態度と声音に、竜は何だか自分が開けてはいけない玉手箱でも開けたかなと、彼女に本当に申し訳なくなった。

 だから償いも兼ねてド畜生から彼女を守らなければと、肝心要の方法を伝える。


「『どうして心臓が無くてもピンピンしておるのかは訊かぬがな、どうせお主の力によるものじゃろうし。能力をド畜生に知られるのも問題じゃからの。それでじゃ、お主と、彼女が持っているだろうお主からの贈り物の間に鎖を思い描け。消して外れぬ鎖。それをお主の心臓で創るイメージを。更にその鎖で彼女の心臓を雁字搦めにするイメージ。鎖は常にお主から伸びており、彼女の心、心臓をグルグル巻きにし、誰にも触れられぬようなイメージをせよ。明確であれば明確である方が良い。鎖も強固で頑丈であればあるほど……彼女は守られよう』」


 代わりに彼女は瑞貴から逃げられなくなる。

 どこにいてもたとえ死んで転生しても。

 瑞貴が鎖を解かない限り、彼女は永遠に瑞貴のモノだ。


 心臓でなければそれ程の強制力も無いのだが、ド畜生から守るにはやはりこれ位でないと危険極まりない。

 瑞貴に対して彼女に心臓を治してもらえと言ったのも、どうせならばもう二度と誰かに彼女が干渉を受けないようにするには最適だったから。


 今まで見てきて竜は思ったのだ。

 瑞貴はどうせ彼女を絶対逃がさない。

 であるならば、せめて誰からも守られるようにと。


 お節介なのは承知だし、彼女にとっては悪夢かもしれない。

 それでも。

 それでもだ。

 ド畜生が目を付ける様な存在であれば、おそらく他の糞ったれどもにも狙われる可能性が高い。

 ならば大切にしているらしい瑞貴の方がマシだろう。


 竜はそう判断したのだ。

 したのだが――――恍惚と言って良いだろう瑞貴の表情を見て若干どころではなく後悔し始めていた。

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