第45話

「『我もお主の守り方は正しいと思う。取り得る最善じゃろう。ソレを選択できる輩もほぼおらんが、確かに守護の中でも強固で特出しておる。知らぬモノもおるじゃろう。じゃが知っておればいかに有効かも分かろうよ。我もそれなりに長く生きている部類。知識はある。故にその守りを知っている。良く知っている故……その守りには一つだけ、そう一つだけ欠点があるのじゃ』」


 瑞貴の顔色が初めて変わった。


「『良いか。あの守りは人間外からも悪意ある人間からも隠してくれよう。守ってもくれよう。じゃが……異能を持った人間、人の器に入った人外には効かんのじゃ』」


 竜は心底案じる様に、愕然となっている瑞貴を見る。

 これは知っていただろうと竜は思う。

 だが問題はそこではないのだ。

 それでも瑞貴がこの守りを選択したのは正しい。

 確かに正しいのだ。

 ……重大な瑕疵に目を瞑れば。


 そして瑞貴も……可能性に今思い至ったのだろう。


「『お主は色々犠牲にした結果、知識も捧げた。その中におそらくはあったはず。この守りの弱点。お主の様に人の器に入った輩には効かん。またある一定以上の異能を持ち合わせた人間にも効果は無い。じゃがそれでも、確かにあの守りは有効ではある。アレに守られている者が、異能の人間や人の器に入った人外を受け入れなければ良い。それだけでソレ等にも効果が及ぶ。お主もそれ故にこの守りを選択したんじゃろう』」


 そこで言葉を切った竜は、沈痛な表情になってしまう。

 瑞貴の表情で、彼が完全に気が付いた事が分かってしまったから。


 彼は彼女が受け入れさえしなければという点に目を瞑っていた。

 それを抜かせばあれ程有効かつ強力な守りは無い。


 実際受け入れなければどうという事は無いのだ。

 ――――彼女が既に受け入れている存在が誑かされていなければ……


 一度受け入れてしまった相手を唆し、手駒にしてしまえば後は簡単。

 呪も陥れる事も……汚染し穢すことも自由自在だ。


 瑞貴には手駒に成り得る相手に心当たりがあるのだろう。

 異能力を持った人間か人の器に入った人外か。

 どちらかでも一人居さえするのなら。

 であれば……あのド畜生にとっては手遊びの類。


 彼女が受け入れている、信用している、大切に思っている相手を手駒にして、瑞貴から彼女を引き離し、その手駒を側に配置するのだ。

 そして常に側に居る様に仕組めばいい。

 少しずつ少しずつ侵食し、彼女が気が付いた時には依存して離れられなくなるように操作すればいいだけ。

 思考も体も溺れさせればいいのだ。

 それで守りは完全に崩される。


 だが対抗する手段が無いではない。

 それを知るからこそ竜は言葉を無くしている瑞貴へと確認を取る。


「『お主、守っておる相手にとっての間違いなく特別じゃろうな?』」


 色々先程意地悪を言いはしたが、瑞貴が守っている相手も、彼の事を少なくとも大切に思っているのだろうと思った。

 流石に疎んじているという事は無い……と信じたい。


 そうでなければ、少しでもその他大勢より大切でなければ……勝算は無い。

 どうしようもないのだ。

 ――――だというのに……


「分からない……彼女にとってただの知り合いというだけかも……せめて幼馴染と思っていて欲しいが、幼馴染だからと言って好意があるか、親近感、信頼感があるかと考えると……言われた通りに疎んじている、離れたがっている可能性の方が高い……確信がある気がする」


 呆然と表情を無くして声に温度も無く、心ここにあらずで告げる瑞貴の姿。

 それを見て竜は非常に頭が痛い。

 あれ程傲慢な事を言っておいて、どうして突然そうなるのか。

 好かれている自信がこれっっぽっちも無いのだ。

 疎まれている確信があるのにも関わらず、気がするという言い方をしている時点で直視していない。

 自分の感覚で客観視した結果なのだろうが……それを受け入れられないのだろう。

 けれど確かに、愛されるという事を全て諦めている気配をヒシヒシと感じる。

 ――――自己評価が低すぎないだろうか……?

 それにも関わらず、手放す気が微塵も感じられないのには素直にドン引きだ。


 ……面倒くさい。この男非常に面倒くさい……


 竜の端的な言葉が全てを表している気がした。

 狂っているのは確かなのに、どうやらその彼女の事では愉快な感じになるらしい。

 ……愉快どころではなく狂気の沙汰だ。

 愛されることは心から諦めているのに、決して手放さない。

 ――――彼女の心が自分以外に向いても気にしないけれど、何処にも行かせないで縛り付けるのだろう。


 そう心のメモに書き込んでから、竜は素直な疑問を口にした。

 瑞貴の能力の一つが予想できるからこそ分からなかったのだ。

 答え次第では……更に心のメモが増えるだろう。

 ――――笑えないだろう重さが加わるのが目に見えるようだった。


「『お主……人の心なぞ自由自在、隅から隅まであっという間に視れるじゃろうに。なんじゃ? 守っとる存在の心は視とらんのか?』」

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